第16話 真相
十年前——
俺とリュウは、場所も知らないのに裏山の〈入ってはいけない場所〉へ行こうと裏山へ入った。
そして、迷子になった。
木々の隙間から見える空が、夕焼けに変わっていく様子を見て焦りながら当てもなく歩き続ける。
すると突然、拓けた場所に出た。
小さいがあまり朽ち果てていない祠と、狭い村でも見たことがない女の子しかない場所。
山の中で迷子になっていた俺は、とりあえず人に会えたことが嬉しくて、その女の子に話しかけた。
「どうしたの?君も迷子?俺達も今迷子でさ……一人で怖かったよね」
「なんだ。山の中に不快な気配を感じると思って連れ込んだら……千枝の孫か。あいつ――毎回私の邪魔をして……」
会話が成り立たなかったが、ばあちゃんの名前を知っているということは村の誰かの親戚かもしれない。
そう思った俺は、女の子の言った言葉の意味を理解しようともせず話しかけ続けた。
「俺のばあちゃんのこと知ってるの?君のこと、村で見たことないけど誰かの親戚?」
「知っているよ。昔から。親戚かと言われれば、村の者全員が親戚みたいなものだな」
そう言ってフフっと笑った女の子を見て、リュウも山の中での迷子の恐怖が薄れたのか俺の後ろから出てきた。
「俺は直哉!みんなナオって呼んでる。で、こっちがリュウ」
「ボ…オ、オレも本当は龍巳って名前なんだけど——みんなリュウって呼んでるし君もリュウって呼んで」
「ナオにリュウ…そうか、覚えた」
「君はなんて名前なの?」
「名前……名前か——特に名前はない。皆、様々な名前で呼んできた。好きなように呼べばいい」
あだ名が無いということだろうか?本名くらい教えてくれてもいいのに。
見上げた空は、見たこともないくらいに真っ赤で、その紅い光に照らされた着物の少女は子供ながらにも本当に美しく見えた。
「ん~ じゃあ、空が綺麗な紅色だしみくってのはどう?美しいに紅って書いてみく!」
「相変わらず安直だな~ナオは……でも、良い名前だと思う。君にすごく似合ってるよ」
「美紅か——ふふ、じゃあそう呼んでくれ」
三人で笑いながら他愛もない話をして、先ほどまでの不安や恐怖は無くなっていった。
時を忘れて話していたが、自分たちが絶賛迷子中ということを思い出して空を見上げるとまだそれほど暗くなっていない。真っ赤な空だった。そんなに時間は経っていなかったようだ。
「話してないで帰り道探さなきゃ……美紅もはやく行こう。暗くなったら歩けなくなっちゃうよ」
「私の心配をしているのか?さっき出会ったばかりなのに?」
「君以外誰がいるの?俺達もう友達だろ!一緒に帰り道探そうぜ」
そう言った俺達を見て、驚いたように目を丸くしたとおもったら腹を抱えて笑い出した。
え?笑うところ?と俺とリュウは目を見合わせて困惑していると、
「そうか、友達か。じゃあ友達のために帰り道を教えてやる。もう腹もいっぱいだしな。楽しみは次回にとっておく、というのをしてみるとしよう」
そう言って、女の子は指をさし、そこをまっすぐ進んで下って行けばすぐに麓に着くと教えてくれた。
「美紅は?一緒に行かないの?」
「後からいく。そう、後から——必ずまた会える。約束だよ」
「うん!約束!絶対、また会えたら遊ぼうな!」
そう言って、俺達を見送った。女の子を一人残していくのは心配だったが、笑顔で手を振って見送っているのを見て、まだ何か残ってやることでもあるのかと思い二人で手を振り返して言われた通りの道を進んでいった。
そして、すんなりと入ってきた場所へと出られたのだ——
俺は、思い出したあの日のことを三人に話した。
「全部繋がったな」
「はい……ナオが何故引っ越しているのに魅入られたのかも——トネコ様の言葉の意味も……」
そう、すべてが繋がった。この場所での十年前の会話こそが始まりだったのだ。
そして、俺が帰ってきたその日に見た夢は、十年前のあの日の断片的な記憶だった。
「おそらく、その時のトネコ様は十年前の最後の犠牲者——贄を食べた直後だったんだろう」
だから腹いっぱいだと言ったのだ。ケイは、多分だけど、と前置きして話し始めた。
最初は、千枝さんの孫ということで二人共食べるつもりだったはず。だから自分の領域であるこの場所に二人を連れ込んだ。でも途中で気が変わった。何故かはわからないけど、二人を見逃した。
そして最後の——「必ずまた会える」「約束」というのが今年のことを指しているのだろうと。
「トネコ様の完全な姿ってのはやっぱり、その女の子の姿なんだろうな。黒くてデカいのはただの思念体みたいなもんなんだよ。十年に一度現れる、十年の子と書いてトネコ様なんだろ」
ジョニーさんもすべてに納得がいったらしい。
俺が村に住んでいないのに魅入られたのではなく、住んでいる時に既に魅入られていたのだと。
リュウは、「それでも……なんとかなりますよね? ナオは、助かるんですよね?」と俺のことを思って狼狽えている。
十年間待ち続けた贄だ。なんとしてでも食べに来るだろう。今まで祖母に邪魔されて食べられなかった人達の分まで必死に来る。そうジョニーさんは言った。
「でも、そのために俺様がここにいる。絶対に思い通りにはさせねえ」
そう言い切ったジョニーさんは物凄くカッコよかった。俺のためだけにこんなにも必死になってくれる人たちがいる、それだけで嬉しくて堪らなかったが、これは今後の村のためにもなることだ。
村の人達が狂っているというのも、ジョニーさん曰くトネコ様の力が関係しているらしい。
ケイとリュウが調べた過去の犠牲者の中に、俺の血縁者はいなかったと聞いた。それは、ばあちゃんが守っていたからだそうだ。ばあちゃんの同年代の……身近な人にも犠牲者は一人もいなかった。十年前、完全体のトネコ様が毎回邪魔をして……と言っていたのはそういうことだろうと。
ジョニーさんは、そう言いながらポケットを探り始めた。何か準備でもし始めるのだろうか。
「なあ、誰か火ィ持ってねえ?」
「あ——俺持ってます。マッチとかじゃなくて普通のオイルライターなんですけど……」
「おーそれで十分だ。サンキュ」
そう言ったジョニーさんは煙草に火をつける。どっかに落としてきたみたいでさ~と笑いながらライターを返してきた。煙草吸いたかっただけかよ——と思いつつ、俺もついでに吸うことにする。
煙を口から吐きながら、ジョニーさんは祠を指した。
「そこの祠の中に、トネコ様の御本尊……本体が入ってる」
と普通に言って来た。えっ!と三人して驚き、みんなで少し後ずさると、笑われた。
中見てみろ、という言葉に従い、三人で恐る恐る格子状の扉の隙間から中を覗くと、細めの……文字のような何かが書いてある古い布のようなもので包まれている箱型のものが納められていた。重さはわからないが、見た感じでは持てそうな大きさだ。
「これ、中身は何なんですか?」
「いや~……想像だけど、えげつねえことすんな~って感じ」
リュウの質問にジョニーさんは顔を少ししかめながら答えた。えげつないこととは何だろうか。ジョニーさんが言うということは相当なものなのだろうと推測できるが、その箱を見たケイも何やら顔色が悪くなっていた。
「僕でもこれがやばいものってわかるよ……中から出てる気配がおかしい。こんなの初めて見た……」
「俺は何も感じないんだけど——このトネコ様の本体ってのを壊せばトネコ様は消えるんですか?」
「中に入ってるものの硬さにもよるが……その箱と中身によって儀式の基礎が成り立ってるみたいだし一先ずはその箱を壊せばクリアだ」
箱を壊す……そう言われたものの、俺達は特にこれといって壊せるような道具を持っていない。地面に叩きつけたり、踏みつけて壊すことになるが——そんな簡単に壊せるものなのだろか?
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