第19話 目を背けていた現実

 俺は、目を背けていたんだと思う。

 度重なる、自然なようで不自然な事柄に。

 全て目を背けて、目に見えるものだけを受け入れていたんだ。

 この三日の出来事が全て走馬灯のように脳内にフラッシュバックしてきた。


 息が荒くなる。

 震えが止まらない。

 嫌な汗が、全身から噴き出してくる。

 背中が、局地的に豪雨でも降ったのかと思うほどビショビショになっているのが自分でもわかる。


 でも、確かめずにはいられない。俺は、ゆっくりとだが一歩ずつ前へ進んだ。

 木々の合間から見える太陽は、真上へと差し掛かっていた。


 コンビニに行ったのに中に入らず待っていた

 ——違う。コンビニに用が無かっただけだ。俺と話したくてついてきたんだよ。


『本当に息子が帰ってきたみたいで嬉しかった』

 ——違う。おばさんは、俺のことも息子のように思っていてくれただけだ。


『突然龍巳が来てびっくりしたけど』

 ——違う。連絡しないでいきなり押しかけたから驚いただけだ。


『これ以上犠牲者を出さないために』

 ——違う。過去の犠牲者たちのことを言っていたんだ。


『オレの家はダメ』

 ——違う。ケイの下宿先の方が結界があるから安全だからだ。


 霊体であるトネコ様を殴れた

 ——違う。不意打ちだったからキマッただけだ。そう言っていた。


『二人とも真面目ねえ~!』

 ——違う。ケイが人数に入っていなかったんだ。訪れた俺達の人数だけを指していたんだ。


『オレはもう大丈夫』

 ——違う。対処方法があったと言っていた。村の血筋だったから回避できた後も姿が見えて、声が聞こえただけだ。


 お下がりであるはずの御守りが綺麗な状態で渡されたにも関わらず千切れた

 ——違う。一度守ったから効力が薄れていて、俺だけでも連れ去ろうと必死になったから千切れたんだ。


『ナオ〝は〟助かるんですよね?』

 ——違う。俺の心配を優先してくれただけだ。他に意味は無い。


 約束したのは二人なのに、一緒にいても俺だけに執着していた

 ——違う。一度捕らえられなかったから、俺だけでもと必死になっていたんだ。


 一昨日から、ずっと同じ服を着ている

 ——違う。似ている服を持っているだけだ。昨日は家に帰らなかったし仕方がない。


『ナオ。すまない。謝っても……もう取り返しはつかないのだけれど――』


 ——違う。

 違う違う違う違う。

 全部俺の勘違いだ。思い込みだ。

 だって、俺はずっと一緒にいて、話して、しゃべって、触れ合っていた。

 直接話していたのがケイとジョニーさんとトネコ様——美紅だけなのはたまたまだ。


 俺は、頭の中を駆け巡る走馬灯のようなここ数日の記憶でふらつきながら、ケイとリュウが向かった先へ進んでいった。一歩一歩、ゆっくりと。


 ドクンッ


 ——心臓の音が煩い


 ドクンッ


 ——全身が心臓にでもなったのかと思うほどだ


 ケイがうずくまって肩を震わせている。泣いているのか?リュウは、それを後ろから眺めていた。

 俺の足音に気付いたのか、リュウが振り返った。

「ナオ——」

 真偽を確かめたくて、近づいた。


 ——人が、倒れている。

 ケイは、その人に縋りながら泣きじゃくっていた。


 リュウが、二人いた。

 ——倒れているリュウと、俺の方を見ているリュウ


「その人、すっげえリュウに似てるな…」

「うん」


「リュウって、一人っ子だったけどさ——親戚に同年代のやついたっけ……」

「いないよ」


「その人の服さ、リュウが着てる服とすげえ似てるな…」

「そうだね」


「まあ、世の中には同じ顔の人が三人いるっていうしな。服装の好みも似てるのかも——」

「ナオ」


 俺は、自分の行き着いた考えを否定するために、現実かもしれない現実を受け入れたくなくて、必死に言い訳を考えていた。


「これ、正真正銘 オレの身体なんだ」


 嫌だ

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 認めたくない。受け入れたくない。今だってこうして話している、姿が見えている。嘘だと言ってくれ。


「お前が来る前日に龍巳は連れ去られてんだよ。コンビニに行くときにうっかり御守りを家に忘れてな」

「ずっと…千枝の力で邪魔されていたが——その瞬間を見逃さず……私の領域へ連れ去った。そして逃げられないように無理矢理…身体から、魂を切り離した——リュウ、ナオ……本当に、本当にすまない……」


 ジョニーさん達がこちらに来ていた。

 喰わずに置いておいたのは俺と同時に喰いたかったから とか お前と違って村に住んでいる者だから繋がりを作る順序が必要なかった とか聞こえてくるが、全て耳を通り抜けていき、俺は受け入れられなくて、ただリュウの身体という倒れている人と、リュウを茫然と眺めていた。


「でもさ、俺、見えてるし喋ってるし触れるし、霊感なんて無い俺がそんなのあり得ないでしょ?みんなして俺を騙してるんだろ?」

「本当だよ。ナオ。本当に、オレはナオが来る前日に連れ去られた。ケイに渡された御守り――普段は肌身離さず持ち歩いてたんだけど、そのときだけ忘れちゃってさ。自転車だし、すぐ帰るからいいだろって。オレの姿が——ナオにも普通に見えて触れるのはナオのばあちゃんのおかげ」


 リュウは、連れ去られた時のこと、連れ去られてしまった後のことを話し始めた。


 俺が来る前日の昼、コンビニに買い物に行くため、財布とスマホだけ持って自転車で出かけたリュウ。

 途中で御守りを家に忘れたことに気付くが、御守り———ジョニーさんが言うには、これはリュウのために作ったものだったそうで、俺が持っているときとでは効力がまったく違うらしい———を持っていたことで一度もトネコ様を見たことがないし、少しくらいなら大丈夫だろう、と慢心・油断していた。

 コンビニの帰り道、突然地面から黒い影のようなモノが湧き出してきて全身を飲み込まれ——気付いたらここにいて、自分の身体が地面に倒れているのが見えた。

 そして、目の前にいた黒い姿のトネコ様が喋る。


「約束だもの。迎えに来たよ、リュウ。あとは、明日来るナオ——ふふ、楽しみ」


 そう言われ、放置された。約束が何のことだか思い出せなかったけど、ナオという単語のみ聞き取れて、明日来るということを知っている。なんとかしなくちゃって焦った。

 とりあえず家に向かおうと思ったけど此処がどこかわからない。

 山の中ということは村の付近だろうとは思うけど……そう思っていると、誰かの声が脳内に突然聞こえてきて——気付いたら自分の部屋にいたらしい。


 夢でも見ていたのか?と思ったけど、家族に自分の姿も声も聞こえないみたいで、夜になるにつれて、オレが帰ってこないこと、自転車が道端に荷物と共に転がっていたことが村人から伝わったようで、オレがトネコ様に連れ去られたと家族は判断したらしい。

 途方に暮れて、机の上に置いてあった御守りにそっと触れると、ばあちゃんが現れた。


「リュウくん……守ってあげられなくてごめんねえ……」

「ナオの——ばあちゃん……そっか、オレ、本当に死んだんだ——ううん、でも、ばあちゃんが謝ることじゃないし……嘆いてても仕方ないよな……」


 そう言って自分で自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けた。ばあちゃんは、ずっと慰めながら謝っていたという。


「あれがトネコ様だっていうんなら——ナオが危ない。明日来ることを何故か知ってた」

 ハッと思い出し、ばあちゃんにどうすればいいか聞いた。オレでもなにかできないか。そしたら、ばあちゃんが「本当に良い子だねえ」って頭撫でてくれて——力を貸すと。

 そのおかげで、ナオにだけはオレの姿が生きている人間と同じように見えるし触れるようになった。


 そう言って、リュウは言葉を紡ぐのをやめた。

 ジョニーさんがいっていた。ばあちゃんは今、いるとも言えるし、いないと言えばいない、と。

 それが、リュウのことだったんだ。リュウを介して、ばあちゃんは力を貸してくれている。リュウを介さなくても、守ってくれていた。沸々と、自分の中で現実を受け入れ始めているのがわかった。

 リュウの倒れた身体に触れる。まるで、眠っているようで、いつ目を覚ましてもおかしくない。でも、呼吸はしていなかった。


「リュウが…リュウがこの身体に重なれば生き返ったり——美紅が、身体と魂を切り離したって時と逆のことをしたら……生き返りますよね?」


 俺は、震える声で、後ろにいる二人に問いかけた。

 頼む。頼む。頼む頼む頼む頼む

 期待している通りの答えをしてくれ。安心させてくれ。


「死者は蘇らない。それくらいわかってんだろ」


 ジョニーさんの一言でバッサリと切り捨てられた。悲しみが一気に込み上げてきて、人目を憚らず泣きじゃくった。縋りついて、ひたすらに。いつまでも。

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