第13話 霊媒師の合流

 部屋中に鳴り響く目覚まし時計の音で目を覚ました。目を覚ましたといってもまだ眠いので目は閉じたままだ。

 目覚まし時計の音を煩わしく思いながら、微睡みの中に居続けていると隣で起き上がる気配がした。位置的にリュウだろう。あれからリュウは眠れたのだろうか?

 鳴り続ける目覚まし時計を止めて、部屋から出て行った。トイレか?

 一方、ケイはウ~ンと言ってまだ起きていないようだった。


 ナオ、ナオ と呼ばれながら体を揺すられ、ようやく目を開けた。いつの間にかまた寝ていたらしい。カーテンが開けられていて、朝日が差し込んでいる。寝起きには眩しい。ケイも既に起きていた。

「おはよ……もしかして俺が一番最後?」

「おはよ、あれから眠れた?もうオレ達は朝飯食べたから、ナオもさっさと食べな。もうすぐ約束の時間だ」

 時計を見ると、もう8時前だった。約束している時間は8時半だ。急いで支度をして、部屋まで持ってきてくれていた朝食を食べた。


「いや、目覚ましで一応目は覚めたんだけどさ、眠くて目閉じたままでいたらまた寝ちゃって――ケイもまだ寝てるみたいだったし、いっか~って。目覚まし時計止めたの、リュウだよな?止めたあと部屋から出てったみたいだったけど」

「あ、うん。結局あの後あんまり寝れなくてさ。誰も起きないし、煩いから仕方なくオレが止めたんだよ。そのあと、時間あったし顔洗ったあと家の周り確認してきた。その時点ではトネコ様いなかったよ」


 俺が睡眠に勤しんでいる間にそんなことをしてくれていたのか。食べながら、親友の勇気ある行動に感激していた。

 ここの下宿の外——建物外は結界が張られていないため、いつトネコ様が現れるかわからない。なので件の霊媒師との約束、待ち合わせ場所もこの下宿になっている。

 時間になると、ピンポーンというチャイム音が鳴った。ケイが窓から玄関の方を確認して、「着いたみたい」というのでみんなで出迎えにいった。


「うっす、久しぶりだな恵。元気か?」

「お久しぶりです!わざわざここまで来てくれてありがとうございます!二人共、こちらが織——」

「ジョニー・デップだ。気軽にジョニデと呼んでくれ」


 ケイの紹介に被せるようにジョニー・デップと自己紹介してきた男は、どう見ても日本人だった。

 どう考えても偽名だろ、という顔をする俺とリュウに加え、え?という顔で自称ジョニー・デップを見るケイ。

 呼び方なんて今はどうでもいいだろ、という自称ジョニー・デップを俺達はジョニーさんと呼ぶことにした。ジョニデと呼ぶのは何故か憚られたからだ。

 じゃあジョニーさんで、というとあからさまにチッと舌打ちをする音が聞こえた。

 こっちが龍巳で、こっちが今回魅入られているって話した直哉です。と紹介され、簡単に挨拶をした。


 ジョニーさんは、話を聞いて勝手に想像していた僧侶的な人物とは真逆だった。

  30代後半くらいに見えるが、襟足が長い——というかチンピラみたいな見た目で、アロハシャツにハーフパンツ、サンダルと言った物凄くラフな格好で現れた。ジョニデを自称するなら髪型くらい似せろよと思ったが言わなかった。


 名前はともかく、まあ夏だし、住職とか神主が着ているような服でここまで来るとなると目立つし暑いもんな。ここで着替えるつもりなんだろう。


「っし、じゃあその昔女の子に会ったっていう祠すぐ向かうか。早めに片づけた方がいい」

「え、着替えないんですか?その……めちゃくちゃラフな格好ですけど……」

「あ? あ~イメージ的な話?映画とか漫画とかの陰陽師みたいな恰好は俺様はしない。暑いし、山道歩くのに動きづらいだろ」

 いや、サンダルで山道を歩くのもなかなかハードだと思うけど――と思ったが言わなかった。


 ジョニーさんが言うには、ああいう正装みたいな恰好は自分の最大の力を発揮するために、自身の信じている神様とか仏様とかの力を借りやすくするためのものなのだそうだ。ジョニーさんは特に信仰している神様的な存在はいないし、敢えて言うなら自分自身を信仰しているから自分の好きな格好で力を最大限使えると歩きながら話してくれた。


 道すがら、ケイが事前に送っておいた資料について確認を兼ねて何度か質問をされて、「あ~そういう感じね、うんうん」と言った感じのやりとりが何度かあった後、ジョニーさんがトネコ様についての推測を語り始めた。


「まず、その昔会ったっていう女の子はトネコ様の完全体ってとこだろうな。その時に聞いた声に昨日の時点でほぼ同じになってるってことは、それだけお前との繋がりが完全になってきてるってことだ」


 ジョニーさんは言葉を続ける。

 昔会ったときにお前達は何故かわからないが連れ去られなかった。それは直哉が思い出せないっていう会話内容でわかるはず。

 直哉の祖母は、それを聞いて十年後の今年、お前達が連れ去られると確信していたからこそ引っ越す息子家族について行かずに村に残った。トネコ様を村で抑えるために。

 死後もその想いが強かったから、家に結界に近いものが残っていた。でも直哉が家の中からスマホを介してトネコ様とつながりを持ったため結界の力が弱まっていき、姿を直視したことで完全に失われた。


「あとさ、お前の親父は村生まれなんだよな?今回の帰省に何も言わなかったのか?」

「えっ、と、母から代わりに行くように言われたんですけど、確か母は父からの提案だって——」

「多分だけど、お前の親父も何かしらの力でトネコ様に干渉受けてたな。お前を村に呼ぶために」


 絶句した。この村から住んでいる都会までどれだけの距離があると思ってるんだ。トネコ様に距離は関係ないのか?


「お前の親父が何歳だろうと、どこに住んでようと、関係ないんだろうな。村の血筋だ。トネコ様にはそれだけの力があって、絶対にお前を手に入れたい強い思いがあったんだよ」

「どうして俺に——普通の大学生ですよ?すごい力を持っていたばあちゃんの孫だからとか?」


 それもわからん。と一蹴された。これも、あの日話した会話に答えがあるのだろうか。

ジョニーさんの話している内容は、三人で———というかほぼケイとリュウだが———推測していた話とだいたい同じだったが、想像もしていなかったことも言われて怖くなる。

 途中で「ところであの送られてきた絵だけど、お前が描いたの?」と聞かれたので、はい、と答えようとしたら「あっオレです」とリュウが答えた。「お前、絵めちゃくちゃ下手くそだな~」と言われると、「あっ、それはナオが描いた絵です」と間髪入れずに答えた。

 絵の美味い下手だけでどっちが描いたのか判断するなよと言いたかったが、その通りだから黙っておいた。俺の絵はやはり下手で、リュウの絵がなければよくわからなかったらしい。


「でさ、待ち合わせ場所に行く前にお前の家寄って来たんだけど、本当にお前のお婆さんすごい力持ってたんだな~生きてるうちに一回会ってみたかったぜ」

「ナオのばあちゃんは、村の人たちからもすごい頼られてたんですよ」

「そりゃそうだろうな~誰だって頼りたくなると思うぜ。死後もあんなに力残してんだもん」


 リュウが自分の祖母のように誇らしげにばあちゃんのことを話していた。ジョニーさんはあの塩だらけの家ですら、ばあちゃんの力を感じ取れたというのか。

 あ、そうそう。と思い出したようにジョニーさんは俺の方を見て言った。

「ゲロったときに出てきたっていう皿の破片な、あれはトネコ様に襲われそうになったときにお前のお婆さんが咄嗟に近くにあった皿を身体の中に転移させたんだと思う。少しでも力のあるものが身体の中にあれば、状況も変わるからな」

 それで、無事逃げられたあと走っている途中で皿の破片で胃が傷ついたらいけないから、吐かせたんじゃないか?とジョニーさんは言った。

 そんなアフターフォローまでしてくれるばあちゃん——もしかして見えないだけで、今もそばにいるのだろうか? ケイは見かけなくなったと言っていたが、もしかしたらと思いジョニーさんに聞いてみた。


「ん~いるとも言えるし、いないとも言えるって感じだな。そこにいるのかって聞かれたらいないってことになるけど、今もお前のことを守ろうとしてるよ」


 ジョニーさんの言葉に、つい目頭が熱くなった。本当に今も、俺を守ろうと見守っててくれているんだ——

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