第12話 夢

 ふと、目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。薄目を開けてカーテンの方を見ると、まだ外は暗い。淡い月明かりが隙間から差し込んでいた。

 布団を二組持ってきたから、一人はケイのベッドで寝るのかと思ったが二組を並べて敷き、横向きに三人で川の字で寝ることになった。

 何故か真ん中で寝ることになって、両隣を男に囲まれて寝ている状況は異様だろう。案の定、足の方は全員布団からはみ出している。

 まだ夜明けまで時間があると思い、もう一度寝ようと思ったが身体に重いものが乗っている。どちらかの寝相が悪いのだろう。そう思い、起きたら文句を言おうとどちらが犯人か確かめるために、少し頭を起こして確認しようとしたら、乗っているのは足でも腕でも頭でもなかった。

 黒くてデカい、トネコ様が俺の腹の上に乗ってこちらを見下ろしていた。


 何故 何故 何故 何故 何故 何故


 この家は結界で守られているんじゃないのか?この部屋の結界は外から視認できないほど強力なのではなかったのか?

 疑問と恐怖が脳内で鬩ぎあい、パニックになっている俺にトネコ様の頭部はどんどんと近付いてきていた。

 ばあちゃん、ばあちゃんの何か、近くに置いてあったはず、そう咄嗟に思い浮かび、周囲を見渡す。

 部屋中の床から黒い煙が湧き出ていた。その煙は少しずつ形を形成していき、トネコ様の形へと変わっていく。ようやく見つけたばあちゃんの遺品や写真達も手を伸ばす前にその黒い煙に飲み込まれてしまう。

 俺を見下ろしているトネコ様は、ものすごく至近距離まで顔が近づいていた。真っ赤な口がゆっくりと開いていき、絶望と恐怖で身動きが取れず、大きく開いた口に目を見開いたまま俺は飲み込まれた。


「ウワアアッ!!!」


 布団を跳ね除けて飛び起きると、何の変哲もないケイの部屋だった。トネコ様も黒い煙もいない。

 夢だったようだ。良かった。未だに心臓がバクバクと煩く音を立てている。

「ナオ……?どうかしたの――」

 俺の叫び声で起こしてしまったのであろう、隣で寝ていたケイが目を擦りながら話しかけてきた。

「どうせ怖い夢でも見たんじゃないの?」

 反対側のリュウも起こしてしまったようだ。怖い夢っていうかさ、トネコ様がこの部屋に現れて飲み込まれる夢見ちゃって……というと寝起きの寝ぼけた声で二人に笑われた。

「だから~この家も、部屋も大丈夫だって僕言ったし、昼間実際に大丈夫だったでしょー」

「そ、そうだよな。ビビってんのかもな俺——」

 そう言って笑いながらケイの方を見ると、ケイの顔が左半分溶けていた。燃える蝋燭が溶けていくように。

 え? と思いながらも、リュウは顔が溶けているケイと普通に談笑している。暗いから気付いていないのか?そう思い、リュウの方を見ると、リュウは口から下が溶けていた。尚も笑いながら話をし続けている。

「お、お前ら、顔、溶けて、」

 振り絞って言葉にしたが、何言ってんの?と信じてもらえなかったし、お互い気付いていない。

 自分が溶けていることにも気づいていない。


 あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは


 二人が笑い続ける声が重なり、友人達が顔からドロドロと溶けていく様を見たくなくて目も耳も塞いだ。それでも脳に直接響いてくるように笑い声が聞こえてくる。


 やめろ やめろ やめろ やめろ やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 そこで俺は目を覚ました。勢いよく起き上がり、咄嗟に両隣の二人の顔と周囲を確認する。


 息が荒い。夢を見ていたようだが、内容を覚えていなかった。しかし悪夢なのは間違いない。息を整えつつ、窓の方を見ると空が明るみ始めているのがカーテンの隙間から漏れる光でわかった。4時頃だろうか。


「ナオ——どうかした?怖い夢でも見たの?」

 突然話しかけられ驚いたが、リュウが起きていたようだった。

「悪い、起こした?内容は覚えてないんだけど——多分そうだと思う……」

 頬をつねった。普通に痛い。何故つねったかは自分でもわからないが、自然とつねっていた。痛いということはこれは夢ではないんだろうと実感し、ほっとしている自分がいた。ついでにリュウの頬もつねってやった。痛いよ と笑いながら言って来て、夢じゃないか確かめるために頬をつねるって典型的だなあと若干馬鹿にされたが、一体俺はどんな夢を見たんだろう。


「オレ、人の家だとあんまり熟睡できなくてさ……まあ、ここは安全なんだし二度寝しなよ。まだ夜明け前だ」

「そうだな——もう悪夢を見ないように祈りながら二度寝することにするわ」


 そう言って、再びおやすみと言い交わし俺は二度寝することにした。驚くほどにすぐに眠気がやってきて再び眠りについた。


「ずっと見守っているよ」

「絶対に、守り抜いてみせるからね」

 誰だろう。姿も見えないし、声も誰なのか判別できない。しかし夢の中なのはわかる。これが明晰夢というやつなのだろうか。

 誰?と問いかけようとしたが、声が出せない。

 しかし、夢の中の空間はとても暖かくて、居心地のいい——優しさに満ちた空間だった。

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