第11話 束の間の休憩
「あ~……だから千枝さん、あの時に絶対に守るって誓ったのに身体が先に壊れてしまったーって悔しがってたのか~」
「え?」
あっ…と、つい口を滑らせてしまったという感じでケイが口元を抑えて焦っている。
——何故俺の祖母の名前を知っている?リュウか村の人に聞いたのか?いや、そうだとしても言い方がどう考えても直接会っているような話し方だった。
ケイがこの村に来たのは大学のためだ。下見として大学入学前に来ていたとしても、祖母は隣の市の病院に入院していた。会えるはずがない。
俺が不信感を募らせ、警戒してケイの方を見ている中、リュウは何してんだよとケイを軽く睨んでいた。
「あ~……その、黙っててごめん。僕さ、そういう……亡くなった人とか見えるからさ。大学入学する前に下宿先を下見しに来たときと、大学入学した後、龍巳と知り合ってから——龍巳の家行くときにさ、何度か千枝さん見かけたんだよ。龍巳のこと優しい目で見てたり、遠くの方を眺めてたりしてて……それで、気になって話しかけてみたんだよね。悪い感じはしなかったから……」
ケイは話し始めた。
祖母は、死後 霊の姿になっても俺とリュウのことが心配で仕方なかったらしい。あと三年後、きっと二人はトネコ様に連れ去られてしまう。自分が生きていられれば守れたかもしれないのに、身体が先に壊れてしまった。と悔しそうに話したそうだ。
「その時にさ、君には見える力があるみたいだから、何かあったら孫たちのことを頼むってお願いされたんだ。御守りの作り方も、千枝さんに教わった。まさか遠方に引っ越してから村に帰ってきてないって聞いてた孫のナオが本当に今年帰ってくるなんて思ってなかったけど!」
「オレもさ、突然ケイにあの千枝ってお婆さんは龍巳のお婆さんなの?って聞かれて驚いたよ。ケイに霊感があるってことは聞いてたけど、まさかナオのばあちゃんがオレのこと見守っててくれるなんて思ってなかったから……」
その後も、ケイは何度かばあちゃんの霊と会って、俺のことを聞いたことがあると言っていた。
都会に引っ越すことになって良かったけど、何がきっかけになるかわからないから極力村に近づけないようにしていた、とか、何が起こるかわからないからすぐに抑えるためにも自分は村から出ていけなかった。でもたまに会える息子達との時間は楽しかった、とか、病院に見舞いに来てくれることがすごく嬉しかったけど、会うたびに自らの身体の限界を恨み、悲観したとか——色々な話をしていたらしい。
その中で、御守りの作り方も教わったとケイは言った。
それから少しして、ばあちゃんの姿を見かけなくなったそうだ。
気付くと、カーテンの隙間から洩れて入ってくる光が、紅くなっていた。時計を見ると、もう夕方になっている。随分長いこと話していたようだ。いつのまにか窓を叩く音も、黒いアイツもいなくなっていた。
下から、お風呂わいてるから順番に入ってね~!という声が聞こえてきた。
「僕、わかったこととか仮説をまとめて明日来る知り合いに連絡しなきゃいけないから、ナオ先に入ってきてよ。リュウはまとめるの手伝ってくれる?」
「いつものことだしね。慣れてるからいいよ。ナオ入ってきな。この家の中なら安全みたいだし、ゆっくり浸かってきて」
じゃあお言葉に甘えて——と一番風呂を頂くことにした。
今日は色んなことがありすぎて、頭がパンクしそうだ。肩まで湯に浸かりながら、今日あったこととわかったことを整理していた。
進化していくトネコ様——俺が魅入られた理由——ばあちゃん——とぐるぐる頭の中で考えが巡り、わけがわからなくなって頭まで湯に浸かった。
そういえば、村の住民だからオレには対処方法があったと言ったリュウはどうやって身を守ったんだろう。それもばあちゃんの力が関係しているのだろうか? 今までトネコ様の連れ去りから身を守れた人なんて聞いたことがない。トネコ様の姿すら噂でも聞いたことが無かったのだ。リュウがした対処方法を何かアレンジしたら俺にも適用されないか風呂から出て聞いてみよう。
「それはもう無理。対処できる段階を過ぎてる」
俺の案はバッサリと切り捨てられた。
家でリュウが右ストレートをキメていた件を出して、物理攻撃でなんとかならないかな? という案も、あれは不意打ちだったから効いただけ。もう同じ手は通用しないと否定された。
風呂に入っている間に、部屋には夕飯が運ばれていた。おにぎりと、数種類のおかずが乗った大皿がいくつか。俺は冷めたコンビニ飯が続いていたのと昼飯を食べずにお菓子で済ませていたので、手作りであろう温かいご飯に目を輝かせた。
「先食べてて。僕もお風呂入ってくる」
戻ってくる頃には無くなってても知らないからな~と笑いながら見送り、俺はリュウと二人で有難くご飯を頂くことにした。美味い——温かいご飯ってこんなに美味しかったっけ……と噛みしめる。しばらくすると、ケイが風呂から戻ってきた。
「布団、ついでに持ってきた!みんなで一緒に寝よ~!修学旅行みたいでわくわくするっしょ!」
二組の布団をまとめて抱えてきたケイは、無邪気に言って笑っていた。そんな呑気なことを言っている状況ではないはずなのだが、強力な結界で守られていると先ほどの襲来でわかっていることもあり、今日知り合ったばかりの友人と数年振りに再会した幼馴染である親友との一晩を楽しみに思う自分がいた。
その後も、トネコ様の推理や笑い話を交えながら三人で過ごした。
気付くともう夜の11時をまわっている。明日来るという霊媒師は、結構早い時間に着くと連絡がきたそうなので、机を移動させて布団を敷いて三人で潜った。
布団の中でケイが、俺の家を見たときにすぐに千枝さんの住んでた家だと気付いたと言って来た。雰囲気というか、気配というか、言葉ではうまく伝えられないんだけど、ばあちゃんの『家族を守る』という気持ちで包まれていたらしい。
でもそれは、今日の話ではなくて大学一年生の頃の話だそうだ。そのばあちゃんの結界みたいなものが今日、俺の家に着いたときにほぼ消えかかっていて驚いたと言った。
「御守りさ、強い力で引っ張ったみたいに千切れてたじゃん。あれ多分、トネコ様と千枝さんの残っていた力が闘ったんだと思う。ナオの腕の痣も、そのときについたんじゃないかな」
あと、村で見かけていた際に遠くを眺めていたのも多分ナオのいる家の方を見ていたんだと思う、と。
ばあちゃん…死んでからも俺のこと見守ってくれてたんだな——
眠るまで、いろいろな話をした。お互いの昔話や、ケイが今まで見た霊や地方の話。
リュウは、初期段階でオレがいる時にトネコ様が現れなかったのも多分ナオのばあちゃんのおかげだと思うと話した。
ばあちゃんは生前、リュウのことも自分の孫のように可愛がっていたし、死後もリュウを気にしていたそうだし、十分にあり得る話だ。まあ、俺のせいで進化させてしまったのだが。
明日の朝は早く起きなければいけないというのに、本当に修学旅行みたいで、日付が変わるくらいまで話し続け、気付いたら寝ていた。ふかふかの布団で、気の許せる友人と一緒に眠るのはとても居心地が良かった。
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