第10話 記憶
あの時、女の子と何か話した。見た目は同い年くらいの子だったけど、この狭い村で見かけたことがなかったし恐らく村の子ではないだろう。でもその会話の内容が思い出せない。
「その子はなんて言ったの?」
「いや……そこまでは思い出せないんだけど——その女の子が指さした方向に歩いて行ったら下山できたんだ。何故か時間がめちゃくちゃ経ってて夜中になってたけど……」
「あの時、どうやって帰ったのか全然思い出せなかったんだけど——その女の子が鍵みたいだな。トネコ様と同じ声をした女の子……」
「入ってはいけないって言われている山の中に女の子が一人でいたっていう時点で怪しいもんね」
俺が思い出した記憶を元に、二人が推測していく。リュウは覚えていないのか?と再度聞いても、迷子になって怖かった記憶はあるがそれ以外は覚えていないらしい。
それに、時間の異様なほどの速さも気になる。夏だから、日が沈みかけている時点で遅くても18時くらいのはずだ。そこから迷子になっていた時間を考えても山を下って自転車に乗って家まで着くまでに夜中になるというのはおかしい。子供の歩くスピードで考えても、山を下りるまでにそんなにかからないだろう。
「やっぱり、その女の子がトネコ様と何かしらの関係はある気がするよな」
「時間の経過が速かったってとこも気になるよね。何か異世界みたいなところに迷い込んでた可能性もある」
うーん、と三人で頭を悩ませる。迷子になった裏山。トネコ様と同じ声をした謎の女の子。異様な時間経過。すべてが謎で、その時から俺は知らないだけで異物に関わっていたというのだろうか。
「そういえば、リュウは大丈夫なのか?村の血筋どころか、今も村に住んでる。俺よりよっぽど条件に当てはまってるじゃん。覚えてなくても、山に入ったうえ俺と一緒にその女の子に会ってるんだし……」
今更気付いた。俺よりも条件に当てはまっている人物がこんなにも身近にいたことに。それにリュウにもトネコ様の姿が見えている。なんだか俺ばかり狙われている気がするが、俺同様、リュウも危険なのではないだろうか?
「オレはもう大丈夫。ナオは自分の心配だけしてて」
リュウはこっちも見ないでサラッと言いきった。なんで?という顔をしているとケイが説明してくれた。
「ほら、ナオが枕元に置いておいたら千切れてたって御守りあるだろ。あれ、元々は僕が龍巳に渡したんだよ」
「ナオと違ってオレはイレギュラーな選ばれ方じゃないから。対処方法もあったんだ」
なるほど、そういうことだったのか——理屈はわからないが、リュウはケイの協力もあってもう連れ去られる心配はないんだな。詳しく説明されても理解できる気がしないので、一先ず親友の安全を確認できてホッとした。
「そういえばさ、さっきの話に戻るんだけど。裏山から帰って来た時、ばあちゃんも見たことない表情しててさ。驚いてたっていうか……なんか泣きそうな顔で俺達のこと抱きしめてくれたんだよ。普段何があってもそんなに感情の起伏を表に出さない人だったのに」
「なんとなくだけど……それは覚えてる。ナオのばあちゃん、不思議な力持ってたし、その時点でなにか感じてたのかもな」
「うん……で、謎の女の子の言った言葉は思い出せないんだけど、その時のばあちゃんの言葉はなんとなくだけど思い出せてさ、良かった、ってのはまあ見つかって良かったってことなんだろうけど、〈あと十年絶対に生きなきゃ〉〈二人を絶対に守らなきゃ〉みたいなこと言ってたんだよ。入院中もさ、あともう少しだったのにごめんねみたいなこと言ってたし……ばあちゃんにはやっぱりわかってたのかな」
当時、帰ってきた俺達を見てすぐに怒った両親達。そして、身体を震わせながら抱きしめてくれた祖母。
なんでばあちゃんが泣きそうになってるんだろう。そんなに心配かけちゃったのかな、とその時は思っていた。
その話を聞いて何かに気付いたのか、リュウがハッとした表情で立ち上がった。
「ケイ、過去のトネコ様伝承で連れ去られた人の記録とかメモあったよね?!」
「え?あぁ……まとめたのを印刷したやつあるよ。ちょっと待ってて」
リュウに促され、ケイは机周辺を漁り目当ての物を探しガサガサとしていた。
すぐに目当てのものは見つかったらしく、「あったよ」と紙束を差し出すとリュウは「貸して!」と奪うように取り、目を通し始めた。すぐに見たかったはずなのに、最初の方はほぼ見ないで読み飛ばして、最後の方を熱心に見ている。
「やっぱり——そうだったんだ」
「何かわかったの?」
ケイにも何のことかわからないみたいだ。もちろん俺も何のことだかわからない。
トネコ様伝承をまとめたという紙束の最後の方のページをこちらに突き付けながら、リュウは言った。
「真っ最中だったんだよ。十年前、オレ達が裏山に忍び込んだあの日。トネコ様の連れ去りが行われている期間と被ってる。というか、オレ達が行ったその日が最後の連れ去りが起きた日だったんだ」
「そ、そんな偶然ある……?というか、よく十年前の裏山に行った日なんて覚えてるな」
「普段あんなに怒られたりしないからね。そりゃ覚えてるよ。だから、家族以外はオレ達を探そうとしなかったんだ。トネコ様に連れ去られたと思ったから。でも二人共帰ってきた。ナオ、家に帰った時にばあちゃんに何か、山であったこととか話したりした?」
「確か――話した……と思う。親は怒ってて怖かったから言わなかったけど、ばあちゃんは山で何があったかゆっくり聞いてきたから……多分女の子に会ったことも話したと思う」
帰ってきた俺達を見たばあちゃんは、震えながら抱きしめてくれた。よかった、よかった、って。親に物凄く怒られたことの衝撃の方が大きかったから、そちらばかり記憶していた。
そのあと、家に帰ってからばあちゃんが裏山で何があったの?って聞いてきたんだ。だから、話したはず。多分女の子との会話の内容まで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます