第9話 追跡

「ケイの部屋が一番強力な結界が張ってあるってことは、もうここに籠城すればいいんじゃない?」

「確かにそれが確実な気がしてきた……トイレは流石に我慢できないけど——」


 バンッ!


 安全な場所ということで、やっと心が和らいできて笑顔も出るようになってきた矢先に窓ガラスに突然何かか思い切りぶつかる音がした。


 バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!


 手だ。黒い手が両手で窓ガラスを叩いている。ここは2階だ。普通ならあり得ない。すぐにトネコ様がついてきたんだとわかった。


「大丈夫。絶対に入れないし、外からはこちらの姿も視認できないはずだよ。つながりだけを辿って、ここを突き止めたものの入れなくて怒ってるんだ」

 ケイは落ち着いた表情と声で、今にも死にそうな顔をして窓の方を見る俺の肩をポンポンと叩きながら言った。入れるのならわざわざ窓を叩かずに既に部屋の中に現れていると。あちらからは視認できないという言葉にもすごく安心した。

「でも、今トネコ様がどういう状態まで進化——姿が進行しているのか知っておきたい。怖いと思うけど、ナオ……窓の外覗いて確かめてくれないかな」

 なんてことを言いだすんだこいつは。

 優しくされたと思ったら突然突き落とされた。上げて落とす作戦か?霊感強いならお前が自分で見ればいいだろ。


 多分俺の考えは全て顔に出ていたんだと思う。慌ててケイが言葉を続けてきた。

「あっ、あのね。僕は霊感が強いっていうか、見える人ではあるんだけど、トネコ様は別なんだよ。今も音は聞こえるけど、窓の外を叩く手がぼんやりとしか見えないんだ。多分、霊感がすごい強いわけじゃないのもあると思うけど……僕が村の血筋じゃないからだと思う」

「オレも一緒に見るからさ、ナオも見よう。あちら側からこっちは視認できないんだし、見られているってトネコ様が感じなければこれ以上進化したり力を増すこともないだろ?オレも村の血筋だから姿は見える」

 二人に説得されて、未だにバンバン叩かれている窓の外を三人で見ることになった。

 三人でゆっくりと窓に近づき、目で示し合わせて恐る恐る下を覗く。


 ——いた。


 先ほど家の中で見た姿よりも更に輪郭がくっきりしていて、黒いモヤのようなものもほぼ纏っていないように見える。

「いるね」

「あぁ……さっきよりも身体の輪郭がはっきりし——」


 バンッ!!


 喋っている途中で窓が叩かれたことに驚いて言葉が止まった。

 しかし、叩かれたことで指も五本にしっかりと分かれていることが確認できた。

「僕にはやっぱりぼんやりとしか見えないんだけど、もうほとんど実体化が済んでるって考えてもいい感じなのかな」

 はっきりと見えないケイは、俺達から見えるトネコ様の状態を聞いて状況を把握することに努めていた。

 リュウが、さっき俺が描いたトネコ様のイラストの横に今のトネコ様を窓から観察しながら描いていった。俺より上手いのが悔しい。リュウが描いているのを横目に見ながら、窓の外も見ているとトネコ様が顔を上げてこちらを見た。

 顔?顔だと思う。肩の位置がズレていたり、左右の腕の長さや太さが違っていたりはするが、首があって、その上にあるあれは頭部だろう。それを持ち上げて、こちらへ向けている。

 全身黒い身体で、顔もなにもないじゃないかと思っていたが目と口と思われる部分が真っ赤だった。目も左右の大きさが違っている。クレヨンでぐるぐると丸を描こうとしたらあんな感じになると言ったら伝わるだろうか。

 そして、上下が所々繋がっているが異様なほどに裂けた赤い口が開いた。


「ねえ そこに いるんで しょう?」


 話しかけてきた。しかし、窓際にいるというのに疑問形ということは本当に視認できないらしい。

「今、しゃべったよね?」

「うん……しかも、家で聞いたときより喋り方が普通になってる——」

 ケイはやはり声も聞こえなかったみたいだが、隣で絵を描いていたリュウにも聞こえたらしい。

「喋り方が普通になってるって?どう変化してるの?」

「なんていうか……家で聞いたときは一音一音を違う音声から拾ってきて繋ぎ合わせたみたいなチグハグな声だったんだけど——今聞こえた声は一人の人が喋ったって感じ……って言って伝わるかな」


 家でトネコ様のあの声を聞いたのは俺だけだ。なんて伝えればいいんだろう。ケイは人力ロイドなんて知らないだろうし——と伝え方を考えている時に、今の声をどこかで聞いたことがあることに気付いた。


「描けた。こんな感じ。さっき喋ったときに顔も見えたから、それも描いておいた」

「じゃあもうカーテン閉めちゃおっか。こっちの姿も声も見えないし聞こえないけど、しばらくは諦めないで、窓を叩き続けるだろうし……手だけでも見えたら嫌でしょ?——でもそのうちどこか行くと思うよ」


 絵が描けたといったリュウを見て、ケイはカーテンを閉めた。窓から離れる二人について、俺も机へ戻る。

 リュウが描いた絵は、忠実にトネコ様を描いていた。これで姿がはっきりと見えないケイにもわかりやすい。こんなのが2m以上もあって、突然背後に現れたのか~と普段からそういったモノが見えるケイにすら同情された。


 俺は、さっきからどこであの声を聞いたのかずっと考えていた。

 引っ越した後の都会でではない。もっと昔、この村に住んでいる頃。中学に上がる前だと思う。でもどこで?

 考えに耽っている俺に気付いたのか、トネコ様の描かれた紙から顔を上げてケイが何か気付いたことでもあった?と尋ねてきた。


「いや……まだ思い出してるところなんだけど——今さっき聞こえたトネコ様の声、昔聞いたことあるんだよな。でもそれがどこで、いつ聞いたのかが思い出せなくって……」

「聞いたことがあるってことは、過去にもトネコ様に会ったことがあるってこと?!」

「いや、あんなデカい黒い塊にあった覚えは無い。会ってたら絶対忘れないだろ。もっと違う誰か……なんだろう……」


 必死に記憶を手繰り寄せて、先ほど聞いた声と照らし合わせようとする。同級生?違う。村の誰か?いや、それも違う。俺が子供の頃にトネコ様の連れ去りがあった際に連れ去られて行方不明となった子が下級生にいたが、その子の声でもない。そもそもその子は男の子だった。


「あっ 思い出した。裏山に忍び込んだとき。そこで会った女の子の声に似てるんだ」

「小五のときの話?山の中で迷子になったのは覚えてるけど……女の子なんて会ったっけ?」

「そうそう。覚えてないのか?途中で会っただろ」

 リュウは女の子のことを覚えていないみたいだ。

「裏山って、あの神社がある山だよね?僕も引っ越してきたときに、絶対にあそこには近づくなって念入りに言われたけど、小学生であそこに入ったって……悪ガキだったんだね~」

「地元だからこそだよ。大人達が特に理由も言わずに入るな入るなって言われたら気になるだろ?それで、やめようよ~っていうリュウを無理矢理連れて入っていったんだよ。で、途中で休憩してたら迷子になった。どんどん日が沈んでいく山の中で、二人でどうしよう~ってなってたときに——そう、ちょっと拓けたところに出たんだ。小さい……百葉箱くらいの祠があって、そこで、女の子に会ったんだ。浴衣みたいな……着物みたいな服着てたその子の声がさっきのトネコ様の声に似てた」

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