第7話 対面
「思い 出した ?」
「ん?ばあちゃんの話か?ほんと、なんで忘れてたんだろうな~……まあ物には意識が宿るとかいうし、あのばあちゃんなら不思議な力が残留思念?的な感じで宿ってるかもと思ってさ、一応持ってこうと思って」
後ろからリュウに声をかけられ、鞄に入らなかったクッションと膝掛けに手を伸ばす。
その時、床に白い砂のようなものが散らばっていることに気付いた。いや、白い砂じゃない。塩だ。
——ハッとした。
リュウだと思ったが、リュウじゃない。声はリュウそのものだったが、何か違う。絶対的に違う。俺の中の第六感がそう告げて、頭の中で警鐘のサイレンが鳴り響いた。
塩が散らばっているということは、居間に置かれた盛り塩も弾け飛んだということを意味している。
つまり、リュウだと思った、リュウの声をして話しかけてきたナニカは、俺のすぐ後ろにいるのだ。
「ふふふふふふふふふふ。迎えに 来たよ」
俺がリュウじゃないと気付いたことに気付いたのかリュウのフリをするのは辞めて、女の声で再び話しかけてきた。
女の声と言っても、一人の人間が発している感じではなく、一音一音を違う人が話しているのを無理矢理繋げて言葉にした、昔動画サイトで流行った人力ロイドみたいな感じだった。それが益々不気味さを増していて、俺はもう恐怖で全身が充ちていた。冷や汗が身体を伝っているのがわかる。
必死に全神経を後ろへ集中させて、気配を探る。リュウはいないのか? 消えた? 連れ去られてしまったのか?
感じたことのない恐怖に身体を支配されながらも、その感情を押し殺しながら恐る恐る振り返る。
やはり、俺の後ろには黒いアイツ…トネコ様であろうモノが立っていた。
2m以上はある巨大な身体を屈めて、顔と思われる部位をこちらへ近づけて俺を見ている。
今朝見たときよりも、姿がくっきりとしていた。というより、俺の目の前で、どんどんと黒いモヤの中で輪郭がくっきりとしていくのがわかった。ケイの立てた推理通りなら、今俺が直接会話したことにより、また進化しているのだろう。
輪郭がくっきりしてきたことにより、トネコ様の姿形がとても歪なことに気付いた。腕の左右の長さが違ったり、肩の位置がズレていたり——人型ではあるが、人の形ではなかった。
俺は顔だけをそちらに向けたまま固まっていた。目が離せない。このまま俺も連れ去られてしまうのだろうか。
「な——っにしてんだよ!!!!逃げろ!!!!」
大声と共に部屋に駆け込んできたリュウが、勢いそのままで右ストレートをトネコ様の顔面に思いっきりキメた。
トネコ様って物理攻撃効くのかよ——と思ったが、リュウの右ストレートで不意を突かれたからか巨大な身体がよろめいている。
俺は、リュウが生きていることへの安堵と渾身の右ストレートを見て恐怖が少し薄れたのか身体も動けるようになっていた。伸ばしたままになっていた手でクッションと膝掛けを掴み、すぐに立ち上がって急いで外へ出た。
リュウは?!と思って振り返ると、俺に続いてすぐに出てきた。ここから居間の様子は見えないが、トネコ様はついてきていないようだ。
いきなり飛び出してきた俺達を見たケイは、まだ誰かと電話していたようだったが 何?何かあったの? という感じでこちらを見ている。
リュウは自分の分と俺の靴を持ってきてくれていた。逃げることに必死で何も履かずに飛び出してきたことに自分の足元を見て気付く。
「盛り塩が破裂する音がしたから、家の奥ちょっと見に行ってたんだ。ナオは荷物まとめてたしその間に様子見ておこうと思って——その少しの隙に接触してくるなんて思ってなかった」
「俺、リュウが居間にいると思ってたからさ、リュウの声で後ろから話しかけられて、リュウだと思って普通に会話しちゃった……」
二人で靴を履きながら会話をしていると、俺達の会話が聞こえてきたのか電話をしていたケイが事態を把握して「また後でかけなおします」と言って電話を切り、とりあえず急いで僕の下宿先へ向かおうと提案してきた。
自転車で来ていると思っていたのに、二人とも徒歩だった。なんでだよ。自転車使えよ。仕方なく、走ってケイの下宿先へ向かうことになった。
大学生向けの下宿———というか下宿するのなんて他県から来ている大学生くらいだからだ———をやっているところなんて、大学用に一部山を切り開いて作られた、大学に行くためだけの道への入り口あたりしかないだろう。ここからはコンビニよりも遠い。と言っても狭い村内なので、15分もあれば着くだろう。問題はそこまでずっと走っていられるか、トネコ様に追いつかれないかだ。
数日分の着替えが入った鞄を持ちながら走り続けるのは、予想以上にキツかった。キャリーケースにしなくて正解だったな、とか最低限の着替えしか持ってこなくて良かった とか思いながら、後ろを時々確認しつつ走る。アイツはついてきていないみたいだ。
走りながらリュウは、ケイが出て行ってから家の中で起こったことを伝えていた。ケイは、うん うん と相槌を打ちながら何かを考えているようだ。
コンビニが見えてきたあたりで、急激な吐き気が襲って来た。
「ちょ、ごめ 気持ち悪い」
そう言って立ち止まった俺は、激しい吐き気から立っていられなくなり地面に両手と両膝をつき四つん這いの状態で勢いよく吐いた。
ビチャビチャビチャカシャン
胃の中で消化された吐瀉物が地面に落ちる音の中で、固形の物が一緒に落ちる音がした。
半分に割れた皿の破片だった。15cm程はある皿の破片が、俺の中から出てきたのだ。その皿の破片をよく見ると、見覚えのある特徴的な絵柄が描かれていることに気付いた。
「これ、僕が持ってきた皿じゃないか——」
傍でしゃがんで俺の吐瀉物の中の皿の破片を見たケイが、同じことに気付いた。俺は、四つん這いになったまま吐瀉物の前でリュウに背中をさすられていた。
何故俺の中から皿の破片が?ケイとリュウが盛り塩を家の中に置いて回っている間、俺は居間で待っていたし、わざわざ割れた皿を飲み込む理由がない。そもそもそんなことをした覚えも時間もなかった。
「とりあえず、なんでナオの中から皿の破片が出てきたかは後で考えよう。ナオ、もう動ける?」
「あ、あぁ うん。もう吐き気は治まってる。走れるよ」
リュウがずっとさすっていてくれたのもあったからか、吐いたからかはわからないが、あれだけ酷かった吐き気は治まっていた。口の中が破片で切れていないのを確認して、吐瀉物の味でいっぱいの口の中を、持っていた水で濯ぎ、再びケイの下宿先へ向かって走り出す。
「ここだよ、僕の下宿先。家主のおばさん達に何も言ってないけど、他に残ってる下宿生いないし大丈夫だと思う」
やっと着いたケイの下宿先は、案の定大学への道に程近い場所にあった。「ただいまー」と言って玄関の戸をケイが開けると、「おかえりなさーい」と家の中から人の声が聞こえてきた。
「泊めることになるしさ、一応おばさんに説明してくるよ。あっ、この家の中は多分大丈夫。僕が下宿するってなったときに、一通り強めの結界張ってあるから」
そう言って、ケイは家の中へと入っていった。俺とリュウは玄関の戸を閉めて、その場で待った。上がっていい物なのかどうかわかりかねたからだ。
ここから見る限りでは、一般的な民家だ。田舎によくある、昭和に建てられた感じの家。外から見た限りでも、俺やリュウの家と差異はほとんどなかった。
狭い村の中でも、大学付近の方には用があまり無かったため、住んでいたときもほとんどこちらの方へ来たことはなかったが一般の人が余っている部屋を大学生のために開放している——といったところだろうか。
ケイが言っていた結界というのも気になったが、それらしきものは何も見当たらなかった。
ケイと家主の話し声が、会話の内容までは聞き取れないが聞こえてくる中、俺とリュウは会話もしないでボーッと家の中を観察していた。程なくして、ケイと家主のおばさんがこちらへ戻ってきた。
「まあ~!もしかして直哉くん?大きくなったわねえ~!恵くんが連れてきたっていうから誰かと思ったわよ~!帰省ついでに恵くんの大学の研究、手伝ってくれるんですって?二人とも真面目ねえ~!龍巳くんの紹介で知り合ったの?直哉くん帰ってくるの久しぶりだものねえ~!」
おばさん特有のマシンガントークに気圧される。あっはい、そうです、と曖昧に返事をしていると、ケイが慣れた感じで話の流れを変えてくれて、今は他に誰も残ってないから、ゆっくりしてって!とマシンガントークが終わった。
「おばさんの許可も出たし、僕の部屋あっちだから。ついてきて」
予想以上に歓迎された。大学の研究を手伝うという理由で説明したんだな。
というか、家主のおばさんは知っている人だった。まあ狭い村だし、まったく見たことがない人の方が少ない。大人達は交流も盛んなため、村の子供は誰々さんの子、といった感じで全員把握しているぐらいだと思う。特に俺は、ばあちゃんが有名だったこともあり、昔は村内を歩いていると知らない大人からよく話しかけられたものだ。
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