第6話 ばあちゃん

 盛り塩をまさか生で見ることになるとは思わなかったな……と謎の感動をしたが、今はそんな状況ではない。家のあらゆる出入口———窓も含むらしい———に盛り塩をするとのことなので、俺も何か手伝おうとすると止められた。

「ナオはここから動かないで。というか、ばあちゃんの笑顔結界の中に戻って待ってて」

 お前も笑顔結界って命名してたのかよ 幼馴染だからって思考回路似すぎだろ、と思いながらも、何故そこまで祖母に拘るのか疑問で仕方なかった。

「そういえば、なんでそんなにばあちゃんに拘るんだ?長く使った物には神が宿る~とかいうけど、写真は関係ないじゃん」

「忘れたの!?ナオのばあちゃん、すげえ能力?みたいな力持ってて——しょっちゅう村の人に頼られてたじゃん。家によく人が訪ねて来てただろ」

 言われて思い出した。そういえば俺のばあちゃんは何か不思議な力を持っていて……天気予報では一日中快晴の予報なのに「今日は帰りに雨降るから傘持っていきな」と言われ、学校が終わる頃にいきなり土砂降りになって俺だけ濡れずに帰ってこれたり——何か物を無くしたというと、「ソファーの下にあるよ」とか「二日後に見つかるよ」と的中させたりとか……ある日、リュウと二人で遊びに行こうとしていたら「今日は外で遊ばずに家の中で遊びなさい」と言われ、でも天気良いし……とごねていたら「外で遊んでもいいけど、川には絶対に近づいたらダメだからね」と忠告されたので元々川で遊ぶつもりだった俺達は、仕方なく違う場所で遊ぶことにしたら、その日、行く予定だった川で子供が溺れる事故が起きていた。思い出そうとすればまだまだたくさんある。——よく考えたら、同級生に話していたばあちゃんから聞いた怖い話というのも、ばあちゃんが実体験したものを子供なりに怖さを増して話していたのだった。

 何故こんなことを忘れていたのか——写真の中の笑顔の祖母を見ながら、昔のことを思い出す。いつもにこにことしていて、滅多に怒らない穏やかな人だった。口調も柔らかく、誰に対しても優しい……そんな祖母が俺は大好きだった。葬式だって、本当は出たかった。最後の別れをしたかったんだ。

 そういえば、近所に住んでいるリュウのことも自分の孫のように接していたし、リュウも何かあるたびに俺の祖母に頼っていた。

 村の人も、確かに毎日のように誰かしらが祖母を訪ねて来ていた。何度か応対した記憶があるが、来たときは焦っていたり、涙目になっていた人も祖母と話し、帰る際には皆穏やかな顔になっていたり笑顔で帰っていた。

 そんな、いつも穏やかで、あまり感情の起伏がないような祖母が一度だけ、口調が厳しくなったときがあったのをふと思い出した。例の裏山に行ったのがバレた時だ。あの時なんて言っていたかは思い出せないが、あの祖母がそうなったということはかなりいけないことをしてしまったんだろう。

「そういえば、ばあちゃんは不思議な力持ってたな……なんで今まで忘れてたのかわかんないけど……とりあえず俺は大人しくここにいるよ」

 そういって、俺はばあちゃんの笑顔結界の中へ戻った。死後も写っているというだけで何か効果があるのだろうか。だとしたら俺のばあちゃんの力は凄すぎるのではないか? その力が遺伝していれば、今回のようなことも何か自分で対処できたかもしれないのに——と思ったが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 息子である父は普通のサラリーマンだし、ばあちゃんみたいな力も持っていない。はずだ。そりゃ俺にだけ隔世遺伝する都合のいい話は無いよな。

 リュウとケイは、玄関やキッチン、掃除ができていない部屋などにも着々と盛り塩を置いて行っているようだった。ここからは見えないので、二人の足音や話し声を煙草を吸いながら聞いていた。

 勿論俺がいる居間には一番に盛り塩を置いていった。リュウは自分の家のように間取りを覚えているようで、家の中を案内しながら玄関の方から先に、家の奥へと順番に置いて行っているようだった。

 古い家というのもあり、家が狭いわけではないが結構会話が聞こえてくる。今は裏口———キッチンの窓から見える畑の方へ出られる———に置いたとこのようだ。


「あとは風呂場かな。あそこにも窓あるから」

「りょーかい。皿も塩も足りて良かったよ」

 やっと盛り塩設置作業も終わるようだ。ところで俺は盛り塩だらけの家で過ごすことになるのだろうか?電気が通っていないから、夜になって真っ暗な中、不注意で崩してしまったり蹴飛ばしてしまったらどうしよう。


 パンッッ


 何かが割れて破裂するような音が突然聞こえてきた。どちらかが皿を落としてしまったのだろうか?待機命令が出されている俺は見に行くこともできず、居間からどうかしたのか?と二人へ呼びかける。

「やばいやばいやばい。これはもう盛り塩ごときでどうにかなる話じゃない。僕だけの力じゃどうにもならなさそうだから、ちょっと知り合いに電話してくる」

 ケイの焦った声が聞こえてきたと思ったら、廊下からばたばたと足音が聞こえ、リュウだけが居間へ戻ってきた。

 なにがやばいのか。ケイは誰かに電話をかけながら、外へ出て行ったようだった。


「今、一通り家の出入口に盛り塩して回ってきたんだけど、最後に――ナオが最初に声が聞こえてきたって言ってた風呂場に盛り塩を置いたんだ。そしたら、置いた瞬間に皿が割れた。盛り塩も四方に吹き飛んで、現状が予想してたよりもやばいことに気付いた。ケイが今、知り合いの霊媒師に連絡して指示を仰いでる」

 リュウは、少し焦った表情ながらも俺にわかりやすいように何が起こったかを説明してくれた。

 盛り塩を載せるための、あの変わった柄の皿は特別製で強力な霊力が込められていて、つまり盛り塩の効果を底上げする機能が備わっているらしい。それが一瞬で割れた。塩も料理用の塩とかではなく、祓うための塩とのことだ。

 それが四方に飛び散ったということで、ケイも流石に動揺しまくっているらしい。出会って一時間も経っていないが、聞こえてきた声はここで話していたときと様子が違うことが明らかだった。

 ばあちゃんの遺品である、肩から羽織っている埃っぽい膝掛けとクッションを強く抱きしめながら、俺はこれからどうなるんだろう…… 確か、水場って霊とかが集まりやすいっていうもんな…… と漠然と考えていた。説明や仮説を聞いても、二人に比べて自身のことなのに危機感があまりなかった。

「昨日の帰り道は気付かなかっただけだけど、今のところオレがいるときにはトネコ様は現れてない。何か意味があるのかもしれないし、無いのかもしれないけど、スマホでの連絡手段がない以上、オレの傍から離れるなよ」

 突然の男らしい言葉に、男同士ながらドキッとした。俺が女だったら惚れていたかもしれない。カッコよすぎる台詞だ。

「わかった。でもどうするんだ?今日もこの家で過ごす?それともリュウの家に泊まるのか?」

「オレの家はダメ。とりあえず今はケイが戻ってくるのを待とう」

 確かに、リュウの家には家族がいる。リュウは一人っ子のため、他には両親しかいないが――若者でない以上条件には当てはまらない筈。でも俺という例外もあるから油断はできない。

 数分後、電話が終わったのかケイが戻ってきた。

「一先ず、俺の下宿先に行こう。今は帰省してるやつばっかりだし、下宿先のおばさん達も泊まるの許してくれると思う。電話して知り合いの霊媒師に状況説明したら、急いでこっちに来てくれることになった。早くても着くのは明日の朝になるけど——俺の部屋ならトネコ様からの接触も堪えられるはず」

 そう言ってケイは荷物をまとめて、また電話をかけ始めていた。電話をするために、先に外へ出て行ったケイをその場で見送る俺とリュウ。

 俺も泊まるとなると、荷物全部まとめなきゃな——この家にもう一度荷物取りに戻るの嫌だし……と思い、あまり散らかしてはいないものの荷物の整理を始めた。念のため、ばあちゃんグッズも持っていこう。流石にクッションと膝掛けを抱えたまま荷物の整理をするのは難しかったので、笑顔結界の中に一先ず置いておいた。


 パンッパンッパンッパンッ


 さっき聞こえた音と同じ、皿が割れて盛り塩が弾ける音がした。聞こえた方向からして、風呂場の近くあたりだろうか?居間においてある盛り塩を確認した。置かれたときと変わっていない。

 しかし、相当やばい状態になってきているのを感じた。荷物をまとめるのを急がなければ——祖母の写真も持っていくことにして、鞄にまとめて突っ込み、クッションと膝掛けは入らないから手で持って行くか、と鞄を肩にかけた。

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