第5話 トネコ様

 30分くらい経った頃、玄関がガラッと開く音がするとリュウが大学の友人とやらと共にすぐに居間へ入ってきた。思ったよりずいぶん早い帰還だ。

「おまたせナオ。ちゃんと言ったこと守ってるみたいだね。こいつが大学で知り合った友達で、ケイ。写ってる写真送ったことあるから見たことあるかも」

「どーも初めまして!恵と書いてケイって読みます!突然龍巳が来てびっくりしたけど、話はだいたい聞いてます!」

「はじめまして、龍巳の幼馴染の直哉っす。なんか……いきなりすいません」

 なんだか猫っぽい——が第一印象のその男は、リュウと同じ民俗学を学んでいてゼミも同じらしい。所々ピョンッと髪がはねているふわふわしとした夕焼けのような髪色で、優男っぽいが、背は180㎝くらいだろうか。何かスポーツでもやっていたのか、俺よりも筋肉がついている。同い年ということなので、めんどくさい敬語は無しでお互い敬称無しで呼ぶことにした。友達の友達は友達ってやつだ。

 ケイは県外出身で、大学のために村内に下宿しているが夏休みでも地元に帰るのが面倒という理由で残っていたらしい。霊感がある、所謂〝見える人〟と紹介された。

「で、俺なにも説明されないまま放置されてたんだけどどういうこと?」

 とりあえず説明を求めた。俺だけが状況をまるで理解できていない気がする。

「ナオはさ、トネコ様って話、覚えてる?この村の言い伝えみたいなやつ」

「あ~……確か村の繁栄だか厄災から逃れるためだとかに何年かに一度、生贄?になる人が選ばれて何人か行方不明になる話——だっけ?子供の頃に一回あったよな。人が何人も消えてるのに全然騒ぎにならなかった気がするけど……」

 古い記憶を思い出しながら話した。

 確か、小学生の時に村の何人かが突然行方不明になったはずだ。同じ小学校に通っていたやつも行方不明になった気がする。でも、村の人……というか大人たちは全然騒いでいなかったような——子供に不安を与えないために平静を装っていたのだろうか。

「そう、その話。正確には何年か、じゃなくて十年に一回。これは不定期じゃなくて、十年って周期が決まってるんだ。前回起こったのがオレたちが小五のとき、つまり今年は前回から十年後の年なんだよ」

「僕は他県出身だけど、龍巳とかこの村出身の先輩とかにその伝承聞いてまわっててさ。下宿先の人とか、村の人に授業のレポート書くのに調べてて……って理由つけて色々調べてるんだ。今年帰省しなかった理由も本当はこれ。今年、トネコ様による連れ去りが起きるから」

 ケイは、昔からこういった民間伝承みたいな話や土地神にまつわる話が好きで調べているらしい。それで民俗学の授業で一緒になった、村の住人であるリュウと仲良くなったとのことだ。


 リュウとケイが村のトネコ様伝承について調べた結果、いくつかのことがわかったらしい。

 ・十年に一度、必ず数人が生贄となって行方不明になる

 ・人数は決まっていないが毎回少なくても三人、多いときは五人を超える人が犠牲になっている

 ・調べられた限りでも百年以上前から続いている

 ・生贄になった人の遺体は絶対に見つからないため、行方不明扱い

 ・男女問わず子供や若者が選ばれる

 ・選ばれる生贄は村の血筋を引いている者で、村に住んでいる人に限られる

 ・村の大人達は昔から起こる出来事として受け入れていて、厄災などから守ってくれるなら仕方ないと騒ぐこともしない

 つらつらと、ケイが調べてわかったことを教えてくれた。しかし、今の話でどうしても気になった箇所がある。

「話の流れからして、俺が今回生贄に選ばれたってことだと思うんだけど、俺――条件に当てはまって無いよな?」

 村の血筋を引いている若者という点は当てはまっているが、現在俺はこの村に住んでいない。高一のときに引っ越しているからだ。

「そう、そこなんだよ。だから僕も違う何かかと思った。でも、ナオはトネコ様の姿を見てるんだよね?今日が初めて?」

「あの黒いヤツのこと——だよな。声自体は昨日の夕方、リュウが家に来る直前に家の中から聞こえて……その時は動物か何かか空耳かと思ってたんだけど。そのあと、夜になってからコンビニの帰り道でそれっぽいの見たよ。神社の近くで……」

「なんでその時に言わなかったんだよ!??!!?」

 喋っている途中でリュウが食い気味に突然大きな声を出したので驚いた。ケイも驚いているようで、目を丸くしてリュウの方を見ている。

 俺もこんな風に怒鳴ったリュウは初めて見た。

「いや、あの時はただの煙だと思ったんだよ。この時期に変だなとは思ったけどさ」

「つまり、声だけの状態から数時間で形を得て、今日、不完全な形とはいえ二本足で立っていたってことだよね」

 ケイは落ち着いて状況を確認してきた。あぁ、と頷くとケイは事前に聞いていたのであろう御守りの状態と、俺の腕についた痣を確認させて、と言い、見た後から2人は、 進化してる……一日も経っていないのに何故? 原因は? と議論し始めてしまった。また俺だけが置いてきぼりだ。何か話に入れないか、と頭を巡らせ、アッと気付いたことがあった。

 あっ という言葉は口から漏れていたらしく、2人から 何? どうした? という顔で見られている。

「いや、偶然というかほんと偶々だと思うんだけど……最初の声を聞いたのも、今日姿を見たのもリュウからメッセが来た後で、リュウが家に来るまでの短い間だけなんだよな。神社の前のは関係ないけど……」

 どう考えても偶然が重なっただけだろ、と自分で話しながら恥ずかしくなっていき、途中から声も小さくなりながらとりあえず発言してみた。

「えっ——オレ、メッセなんて送ってないけど……」


 は?

 リュウからの予想外の言葉が信じられなかった。冗談を言っている感じではない。じゃあ、あのメッセは何なんだ?

「いやいやいや、これ自分で見てみろよ。お前から来てんだろ。トークルームも前のと繋がってるし」

「まじで送ってない。ちょっと貸して」

 貸して、というか強制的に奪われた感じだが、俺のスマホ画面を見ながら2人はまた議論を再開した。俺は煙草に火をつけて、二人が結論を出すのを待つことにした。

「これ、昨日のは返信してないけど、今日は返信したってことだよね。昨日のメッセ見たタイミングはいつ?」

 しばらく放置されるかと思っていたが、ケイからすぐに話を振られた。

「え……っと、確か昼寝してて、メッセの通知音で目が覚めたんだけどその時はロック画面すら見なくて……出かけようと思ったときにロック画面で時間見るついでにチラッとメッセ内容だけ確認した感じだったはず——その時はリュウからのメッセだって知らなくて、その直後に声が聞こえてきたかな。そんで廊下に出たタイミングでリュウが来て……その時初めてスマホ開いて、リュウからのメッセだったのを知った」

 昨日のことを思い出しながら二人に説明した。俺の発言を聞いた二人は、再び議論に戻るかと思ったが、すぐにケイが今の時点での情報をまとめた憶測になるんだけどと前置きをして語り始めた。


「何が原因でナオがトネコ様の生贄に選ばれた——魅入られたかはわからないままだけど、恐らく、龍巳のフリをしてトネコ様がメッセをナオに送った。それを見たことにより、ナオに認識される=実体化できたってことじゃないかな。そして、今日返信したことによってさらに認識度……ナオとの繋がりが強くなって、進化したって仮設が立てられる」


 要するには、民から忘れられ荒れ放題になった神社や祠に住んでいる神様の力が信仰心が薄れて弱まっていく原理と同じなんだよ、とケイは解説した。確かにそういった話を本かなにかで読んだことがある。

 昔流行った口裂け女や人面犬などの都市伝説の生き物も、人から人へ話が伝わっていくことでただの噂話から実体化へ成り、時間の経過と共に噂話が廃れていき消えていったそうだ。

 人の想いや感情———そういった類のものはすごいエネルギーを持っているらしい。

 そもそもトネコ様伝承は、昔からこの村に語り継がれている話であるためそこらへんの都市伝説の類いより村の中という限定的な空間でのみなら格段に実体化しやすい。

 しかし、≪十年に一度≫や≪村の若者のみが魅入られ、連れ去られる≫という条件がついている。

 そこで村外に住んでいる、本来なら条件外の俺とのつながりを作るためにリュウのフリをしてメッセを送ってきたのではないか——というのがケイが立てた仮設だった。

 トネコ様が送ったメッセージ……言葉を目にすることで、俺とトネコ様につながりができ、既読をつけたことで更につながりが濃くなった。だから家の中では声だけだったモノが、黒いモヤの形で現れた。

 そして、今日返信したことで、つながりが完全になり——進化したのではないか、ということだった。

「じゃあ、もうリュウからのメッセを見ないようにすればこれ以上何も起こらないってこと?」

「いや、もう既に魅入られた状態だし——まだ幼虫みたいなものだけど実体化まで済んでる。メッセを見なくたって、絶対に方法を変えて接触しようとしてくるはず」

「とりあえずオレのアカウントはブロックしときな。そしたら送られてきてもこっちには表示されないだろ」

 確かに——ブロックすれば相手には知られずにメッセージを受け取らないことができる。言われた通りにリュウのアカウントをブロックした。

 でも、リュウのアカウントをブロックしたところでまた違う人に成り代わってメッセージを送ってくるのではないか?村の人にしか成り代われないとしても、連絡先を知っている村の同年代の人は多数いる。

 そう思い、二人に全員ブロックしておいたほうがいいのかな、と尋ねた。

「それは無いと思うけど……でもスマホを介して接触をしてくる可能性はあるから、もう電源切って鞄の奥の方にしまっておきなよ」

「そうだね。可能性は少しでも減らした方がいい。僕もそのために来たんだし、今できることを最大限やってみよ。これ以上犠牲者を増やすのを止めないと」

 言われた通りに電源を切り、祖母の写真に囲まれた笑顔結界(仮)から出て鞄の一番下にスマホをしまおうとごそごそとしていると、ケイも持ってきた荷物の中身をごそごそし始めていた。

「とりあえず、僕が今すぐにできる処置として……ありがちだけど、この家に盛り塩をしようと思う」

 そう言ってケイは、荷物の中から変わった柄の皿複数枚と、塩の入った袋を取り出して立ち上がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る