第4話 混乱
「ナオ~!起きてる?入るよ~!」
突然玄関が開く音と幼馴染の大きい声に、アレへと全神経を向けていた俺は驚きすぎて口の中のパンを詰まらせそうになりゴホゴホすることになった。
「返事くらいしてよ。何してんの?」
ゴホゴホし続ける俺を見て笑いつつ、詰まらせかけたんだなと察したであろうリュウは床に置いてあったペットボトルを渡してくれた。
ごっごっごっと水を一気に喉へ流し込んだ俺は、勝手に人の家へ上がってきてることへのツッコミよりも今見たことをリュウに共有したい気持ちが勝った。
「今さ、家の裏の畑になんか黒くてすげえデカいナニカが立ってて、こっち見ながら笑ってたんだよ!あれがオバケってやつなのかな」
早口で少し笑いながら言った。見たときにオバケとは思わなかったが、オバケと言えばリュウは怖がるかな、とか「まだ寝ぼけてるんじゃないの?」と笑い飛ばしてくれると内心少し思ったからだ。
しかし、リュウの反応は想像してたものとは正反対だった。
さっきまで微笑んでいた顔が一瞬にして強張り、目を見開きながら俺の言った言葉を咀嚼して、絶望したような真剣なような表情で問いかけてきた。
「今も、それは見えてるの?」
「えっ?あれ、いなくなってる……ついさっきまでそこの畑にいたんだよマジで」
再びキッチンの窓へ近づき、畑の方を見たら、目を離した数分のうちにあの黒くてデカいナニカは跡形も無く消えていた。声も聞こえてこないから、完全にどこかへ行ってしまったのだろう。
「御守りは?」
「あっ——その、御守りなんだけどさ、枕元に置いて寝たんだけど、起きたら真っ二つに千切れてて……大切な物だったらごめんな。後で何かお詫びに奢るよ」
そう言いながら、手に持ったままになっていた千切れた御守りを見せると御守りの状態を見て、更に険しい表情になった。これはまじで謝っても許してくれないパターンかな と考えていると、リュウはいきなり腕を掴んできた。
「ッテェ——なに、まじごめんって……本当に起きたらこうなってて……布団から離れたところに飛んでたから寝てるうちに腕が当たって飛ばしちゃったんだろうけど、わざとじゃないのは信じてくれよ」
「そうじゃない、いや、御守りの状態もだけど、この腕の痣なに?昨日こんなの無かったよね?」
指摘されて気付いた。右腕に覚えのない痣ができている。俺の掌よりも大きい……というか、見ようによっては掴まれた痕のようにも見える。
「なんだこれ。寝てる間にどっかにぶつけたんかな~それにしてもデカい痣だけど……」
寝相は良い方の俺だが、昨日寝る前まではこんな痣無かったはずなので、出来たとしたら寝ている間だ。御守りも枕元から飛んでいってたし、昨日の俺は寝相が悪かったのかもしれない。
腕の痣から顔を上げてリュウの方を見ると、さっきよりも表情が暗くなっている。というかめちゃくちゃ深刻そうな顔で、俯きながら やっぱり…… とか どうして? とか どうすれば…… と独り言を言って焦っているように見える。
普段のリュウとはまったく違う様子に戸惑いつつも、何か声をかけよう、なんて声をかけよう、と俺も悩んでいると、何か決まったのか俯いていた顔をバッとあげたリュウの顔は決心したようなキリッとした表情に変わっていた。
「とりあえず、大学にこういうことに詳しい友達いるから呼んでくる。その間ナオはばあちゃんの……遺品とか、何か持ってて。家から絶対に出るなよ!あと出来れば居間にいて」
俺を押しのけてキッチンの窓を閉めながら必死な様子で指示を出してきた。その必死な姿を茶化す気になるはずもなく、何か俺の知らないところで大変なことが起こっているのか?と考えていたが、自分の格好を思い出した。寝起きのままだ。
「えっ、人来るの?俺まだ寝巻きのままなんだけど……」
「着替えてもいいけど、ばあちゃんの遺品探すのが先!ばあちゃんが身につけてた物とか、無ければ――ばあちゃんが写ってる写真でもいい。とにかく急いでそれ見つけて、絶対に離すな」
そう言い残してリュウは走って出て行った。訳が分からないが、とりあえずばあちゃんの物を探そう。
母さん達が、遺品整理とかしているはずだけど、何かは残っているはず……と昨日掃除しきれなかった部屋を物色し始めるとすぐに見つかった。
ばあちゃんがよく使っていた膝掛け、クッション、そして数珠。ばあちゃんが笑顔で写っている写真数枚。
掃除していないのもあって埃っぽいが、今はそんなことを言っていられない状況な気がする。位牌は都会の家に置いてあるが、昔からの仏壇はそのままになっているので、引き出しの中にあった――いつのものかわからない線香も気休めにはなるかなと思い、ばあちゃんの遺影と一緒に持ち出して居間へ戻った。
線香に、蝋燭が見つからなかったので煙草用に持っていたライターで直接火をつけ、数珠を持ちながら、ばあちゃんの写真達に見守られつつ着替える。
——なんて光景だ。
普段の俺なら笑い出してしまうところだが、リュウの必死な様子と深刻な顔が頭から離れずそんな気分にもならなかった。
ササッと着替え終わった後は、折り畳んだ布団を背もたれにして埃っぽい膝掛けを羽織り、クッション——流石に少しは埃を払ったがあまり変わらなかった——を抱きしめながら、数珠を腕につけて線香臭い部屋でばあちゃんの写真に囲まれながらリュウが戻るのを待った。
そういえばリュウは、村を囲んでいるうちの一つの山の上にある大学に進学して、民俗学を学んでる——とか以前聞いたことを思い出した。友達を呼んでくるって言ってたけれど、あそこの大学に進学した同級生は村の中ではリュウ以外いないはずだし村外のやつを連れてくるのか?だとしたら相当待つことになるな……とかいろいろ考えながら、家から出るなという言いつけを守るため居間で煙草を吸って、スマホでゲームをして待つことにした。
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