真夜中、懺悔室への来訪者
――日もすっかり沈み、辺りが暗くなった頃。
教会からは神父が生活するスペースから、明かりが漏れていた。
食事を用意し、身を清め、後は寝る――前に酒を嗜む。こうして神父は毎日、一日を終えるのである。
身を清め終え、後は寝る前の嗜みだけ。この一日を終える一杯が、神父にとって何よりの楽しみであったが、今日は村の男から貰った良い酒がある。
グラスを用意し、酒瓶の横に置く。ついでにツマミとして皿に柑橘の果実を蜂蜜でコーティングした菓子を乗せた。果実を使った蒸留酒には、これが合うと教えてもらったのだ。
はやる気持ちを抑えつつ、酒瓶を手に取り栓を開ける。直後、酒の香りが鼻を突きぬける。
「良い酒だな」
グラスに少量を注ぎ、目で楽しんでから少し口に含み味わう。堪能して飲み込み、溜息を吐いた。
ストレートを味わった次は、教えてもらった菓子を口に入れ、酒を含んで楽しむ。
「あぁ……本当に良い酒だ」
溜息を吐きつつ、神父は呟いた。飲むのが勿体無く思える様な酒であった。
もう一杯と思いながら、酒瓶から量が減る事が恐ろしい。誘惑と戦いつつ、少しだけ注ごうか。そんな事を考えていた時であった。
「……ん?」
小さく、鐘の音が鳴った。礼拝堂から響く音であった。
――この教会の礼拝堂には、懺悔室がある。鐘の音は、懺悔室に誰かが訪れた事を知らせる為の合図である。
「こんな夜に、懺悔?」
神父が呟く。教会の住居スペースは夜になると施錠するが、礼拝堂は参拝者の為に常に開けてある。その為懺悔室も入る事は可能。
夜中に村人が何か祈る為に礼拝堂を訪れる事があるが、懺悔室を利用する事はまずない。懺悔室、と言っても何か人に聞かれたくない事を相談する為のスペースのようなもの。まれに罪を告白する者もいるが、といっても精々が深酒をし過ぎた、子供が友人に酷い事を言ってしまった、等といった他愛もない事。わざわざ夜中に神父を呼び出してまでの内容ではない。
村人とは考え難いが、ふと酒をくれた旅人が教会の場所を聞いていた、という話を神父は思い出した。となると、その村人だろうか。
「……無視するわけにもいかんか」
溜息を吐きつつ、後ろ髪を引かれる思いで酒を仕舞い、服を着替える。
支度を整え、礼拝堂へ入り奥にある懺悔室へと向かう。
――誰かが居る気配がした。やはり、誰かが入ったのだろう。
(こんな夜更けに、一体誰だ?)
首を傾げつつ、自分が入るスペースへと神父は入る。
椅子――という程立派ではない、代わりとなっている台に腰掛け、懺悔者と仕切り越しに向かい合う。当然だが、相手の容姿はわからない。
「――この様な夜更けに、ありがとうございます」
何処からか、女の声がした。
「え?」
思わず神父は辺りを見回した。仕切りの向こうから聞こえるはずの声が、何処か別のところから聞こえた気がしたのだ。
「どうかしました、神父様?」
「……ああ、いえ、何でもありません」
今度は仕切りの方から聞こえた気がし、神父は頭を軽く振った。
(飲み過ぎ、という程飲んでは無いが……酔っているせいか?)
酔いを払う様に頭を振ると、仕切りへと顔を向き直す。
「さて、ここは懺悔の部屋。ここで話す事は、神と私の耳にしか入りません」
「……そう、ですか」
相手の声に、神父は聞き覚えが無かった。若干幼さを残すような女の声。村人の誰かの物と一致はしなかった。
やはりあの男が言っていた旅人なのだろう、と神父は思った。
「勿論他言はしないと、神に誓いましょう。では、お話し下さい」
神父は語りかけるが、女はすぐに返事は無かった。こういう時、すぐに話し始めるという事はなかなかない。
「焦らなくても結構ですよ。貴方の言葉で、ゆっくりで構いませんから」
少しでも話しやすいようにと、神父は優しく語りかけた。
その効果があったのか、女が話し始めた。
「……罪を、犯しました」
「罪、ですか。一体どのような?」
旅人が話す罪とは一体なんだろうか、と神父は考える。
(懺悔か……旅人、それで女であれば何だろうか。あれだけ良い酒を持っていたとなるとそれなりの身分かもしれないが、となると姦通か? いや、盗みもあるが……となるとあの酒は盗品か? そうなると少し厄介だな)
思考を巡らす神父に、女の声が響いた。
「――人を、殺しました」
「……え?」
「――人を、殺しました。たくさん、たくさん、殺しました」
そう告げる女の声に、感情は感じられなかった。
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