とある村の、とある教会、とある神父
――あるところに、小さな村があった。
住んでいる者が畑を耕し、作物や家畜を育てて生活している。
大半の村民はこの村に生まれてこの村で死に、村民同士が皆家族――とまでいかなくとも何かあったら助け合う。そんな村だ。
そんな村の外れ、家や畑から離れた場所に小さな教会があった。
村から続く道以外は何もなく、開けた場所に建てられており、教会の周りで子供達が駆け回り遊んでいる。
そんな子供達を、男が教会の前に置いてある椅子に座り、見守る様に笑顔で眺めていた。
頭に白髪が混ざりつつあるこの男は、この教会に住んでいる神父である。
遊び場という遊び場が無いこの村で、広さのあるこの教会の前は村の子供達の溜まり場となっていた。子供達は自分達で何か遊びを見つけ、時にただ駆け回り、ある時は面白い話をせがんだ。そんな子供達を、神父は見守り、せがまれるまま話をしてやったりとしていた。
「おーい! そろそろ暗くなるぞー!」
そんな子供達に、やってきた村の大人が声をかける。誰かの母親の時もあれば、父親の時もある。今日声をかけに来たのは、誰かの親ではないが親代わりになる事も有る村の独り身の男であった。遊びは終わり、家に帰る時間だ。
「神父さま、また明日ー!」
「はいはい、また明日」
「ばいばい神父さまー」
「気を付けて帰るんだよ」
手を振る子供達に、神父は笑顔で返す。
「すまないね神父様。いつも面倒見てもらって」
子供達の背を見送りつつ、男が申し訳なさそうに神父に言う。
「いえいえ、皆良い子ですから。それに、この村に住まわせてもらっている身としては、これくらいの事はさせてもらいますよ」
「そういや神父様が来てもう結構経つんだよなぁ。すっかりこの村の一員だ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
――神父はこの村の生まれではない。ふらりと現れ、外れの教会に住まわせてほしいと頼んできたのであった。
最初は村の者達も歓迎していなかった。村の財や女子供を狙った野盗や悪党が神父を装い、村に入り込んで来たのではないかという懸念もあった。
しかしその懸念は杞憂に終わった。神父は村の一員となるべく村人たちと積極的に接し、信用を得る為努力した。
ただ建物だけが存在していた教会も、神父が住むことになり機能するようになっていた。信仰を強制する事はせず、悩みを聞き導く。時と共に神父の不信感は薄れ、何時の頃からか余所者と扱う者はいなくなっていた。
「こんなのどかで、平和な場所に住まわせて貰えて、幸せですよ」
目を細め、教会から見える村の景色を神父が眺める。
「そう言ってもらえると、この村の住人としては誇らしいです……ところで、神父様。丁度いい物が手に入りましてね……よろしければ、と思いまして」
「おや、これはこれは……随分と良い物ですね」
村人が取り出したのは、蒸留酒の入った瓶である。教会の人間は酒や煙草等の嗜好品を好まない潔癖な者が多いという
「ええ。丁度この辺りで迷った旅の方が居まして、道を教えたら礼ということで」
「それはそれは。良い事をした結果でしょう」
「一人で楽しむにはちょっとばかし量があるので、この間悩みを聞いてもらった礼ということで」
「それはそれは……では、ありがたくいただくとしましょうか」
差し出された酒瓶を受け取り、神父が笑みを浮かべる。
「……ああ、そうだ。そういや、その方は教会には来ませんでした?」
「教会へ? いえ、子供達だけだったかと……」
「そうですか? いえ、村に教会がある事を聞いてきたので、もしかしたら訪ねるかと思いまして」
旅の者であれば、先の無事を祈る為教会を訪問する事もある。教会の場所を聞いてきたのもその為かと思い、男は場所を教えていたのであった。
「ふむ、でも今日はもう暗くなりますからね」
まだ日はあるが、少しすれば沈み、辺りは暗くなるだろう。これから訪問するという事は考えにくい。
「流石にもう来ないか。それじゃ、俺もそろそろ引き上げますね」
「ええ、お気をつけて」
立ち去る男の背を、神父は笑みを浮かべて見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます