最終話 ただ一つだけ、確かな事

 大修道院でジュリウス陛下から「俺が婚約者になる!!」と告げられてから、私達は本当に婚約を結ぶ事になった。

 そうして帝都ローディアに戻った私は、もうじき正式に帝国での在留資格を得る事になるのだけれど……。


「改めまして……本日よりお世話になります、ロミアと申します。まだまだ未熟者ではございますが、魔術師団の皆様から様々な事を学び、未来に活かしていきたいと思っております。どうぞよろしくお願い致します!」


 私が挨拶と共に頭を下げると、宮廷魔術師団の方々から歓迎の拍手を頂いた。


 そう……今日から私は、いよいよ魔術塔で勉強出来るようになったのだ!


 私の帝国留学が決まってから、様々な手続きや準備を済ませた。

 その間に私が留学生として着る事になるローブを仕立てて頂いて、今朝ようやくそれが手元に届いたのだ。


 私のローブは他の魔術師さん達よりもシンプルなデザインで、色は白。この色のローブを着ているのは、どうやら私だけのようだった。

 実際に魔術を使ったり、魔法薬を作る際にドレスなんて着ていたら、焦げたり汚れたりしてしまう。なのでこのローブには、特別な素材が使われているそうだ。

 ある程度の魔術を受けても燃えたりしないし、少しの汚れなら簡単に洗い流せるんだとか。それもやはり魔術塔で開発された技術らしく、帝国内の冒険者や騎士団からも好評らしい。


 魔術師団が開発した薬や素材は、団長のゲラート様の知り合いである商人が買い取って商売しているという。

 そうやって自分達の作った物が人々の役に立ち、その売上が研究費にもなるのだから、とても素晴らしいサイクルだと感心してしまった。


「それじゃあ皆さん、ロミア様と仲良くしてお仕事に励んで下さいね〜!」

「はい!」

「こちらこそよろしくお願いします、ロミア様!」

「一緒に頑張っていきましょうね!」

「研究仲間が増えるのは嬉しいですねー!」


 ゲラート様がそう言うと、魔術師の皆さんが元気良く肯定の返事をして下さった。

 そうか、私達は同じ場所で研究をする“仲間”……なんだ。

 研究内容はそれぞれ違うだろうけれど、こんなに大勢で何かに取り組むだなんて初めてだわ。

 私を“仲間”だと言ってくれたのも嬉しいし、新しい自分の居場所を作ってもらえたみたいで、何だか自然と胸が弾んでしまうわ……!


「それでは……ロミア様の作業机はこちらです。もしも足りない物があったら、必要な物をリストに書き出して、あっちに居る緑色のローブを着たルカくんに渡して下さいね〜。倉庫にあれば持って来てくれますし、無ければ発注してもらえますから!」

「はい! ありがとうございます、ゲラート様」


 ゲラート様に呼ばれたのは、私より少し若そうな黒髪の男性だった。歳は、私よりも少し若い……十七、八歳ぐらいだろうか?

 こんなに若いのに宮廷魔術師団に所属しているだなんて、よほど優秀な方なのでしょうね。

 私も頑張って、この一年で成長しないと……!


 机の上には鍋や空き瓶、何種類かの乾燥した薬草や色付きの石が用意されていた。

 この小石って、もしかして……。


「……あの、ゲラート様。この石はもしや、魔石だったりしますか……?」

「ええ、魔法薬の素材にもなりますからね〜。騎士団の方々が遠征先で討伐した魔物から採れた魔石を、こうして魔術師団に回してもらうようにしてるんですよ」

「という事は、ここで作られた魔法薬を騎士団が使っていたりするのでしょうか?」

「そうですよ〜! 街の薬屋から買う事もありますが、基本的には僕らが騎士団用の魔法薬を納品してるんです」


 これが、本物の魔石……!

 魔物が生み出す魔力が結晶化した石で、それを一粒入れるだけで魔法薬の効能が変わったり、効果が増したりするという……あの魔石!!


 アリスティア家に居た頃は本で見ただけで、実物を目にした事は無かったけれど……。

 この魔石があれば、私の作った化粧品の効果がもっと良くなるかもしれないのよね。ああ……今すぐ実験してみたいっ!!


 私は居ても立っても居られなくなり、早速ゲラート様に許可を取って化粧品の改良作業に取り掛かる事にした。

 足りない材料はルカさんにお願いして、今すぐ作れそうだった化粧水から試していく事に決めた。


 魔石の色や入れる数によっても効果が変動するそうだから、しっかりとメモを取って様子を見ていかないといけないわね……。

 まあ、あくまでもそれは魔法薬に関しての話であって、それを化粧品作りで試したデータは魔術塔には無いらしいのだけれど。

 クリスザード帝国はほぼ一年中乾燥した冬の気候のままだから、たっぷりとお肌に潤いを与えられるような効能が得られると最高よね!




 それから、何パターンか作り方を変えたレシピを試してみた。

 手が空いていた魔術師さんを何人か集めて、少量だけを手の甲に塗ってもらい、感想を貰った。

 幸いにも肌が赤くなったり、かぶれたりするような人は誰も居なかった。けれども、化粧水の効能に目立った差異は無い。


 市販の物との差が分からない、という感想がほとんどだった。

 むしろ、私が屋敷で作っていた頃のオリジナルレシピの化粧水の方が、評判が良かったぐらいだ。


 うーん……。やっぱり化粧品は魔法薬とは違って、魔石を使っても効果が上がらないのかしら?

 家の畑で育てていた薬草や花よりも、帝国にしかない薬草を入れたレシピを試してみるべきなのかも……。


「……うーん、そう簡単には上手くいかないわよね」


 まだ留学期間は始まったばかりだし、魔法薬についてももっと勉強していかないといけないわね。

 魔術塔の二階と三階は資料が沢山あるから、後でそちらにも目を通しておくべきだわ。


「……その前に、まずは後片付けをしなくちゃね」


 そうして私は、目の前に並んだいくつもの瓶や鍋の山を眺めながら、ローブの袖を捲るのだった。




 *




 その日の夜、魔術塔での調べ物を終えた私は、自室へ向かっていた。

 結局、朝から晩まで魔術塔にこもりきりになってしまったわね……。食事も簡単に済ませられるサンドイッチにしてもらったから、食堂にも行かずにいたし。

 こんなに集中して物事に打ち込むのは、アリスティア家で化粧品の研究をしていた頃以来かもしれない。

 こういうのは得意……というか、かなり好きな方だし、魔術塔には興味を惹かれるものが沢山ある。色々と調べ足りなかったりするのだけれどね……!


 魔術塔には様々な文献や研究資料があったものの、その内容は実践的な攻撃魔術に関するものから、日常生活に役立つ道具に関するものまでと、かなり幅広いものだった。

 その中から化粧品に関係していそうな本や資料を探してみたものの……私の研究の進み具合に関しては、いまいち手応えが無いのだ。

 今日だけで問題が解決するだなんて思っていなかったけれど、私に残された時間は有限なのだ。

 ああ……明日も資料探しを頑張らなくっちゃ!



 ヴォルゴ宮殿で生活し始めて、何だかんだで一ヶ月ぐらいが経とうとしているのもあり、考え事をしながらでも自分の部屋には辿り着けるようになっていた。

 そろそろ自室の扉が見えてくるという頃、廊下に人影があった。


 雪のように白い髪に、すらりと背の高い男性。

 こちらに気付いて向けられた瞳の、深い紫色──幼少期に出会った大切なお友達であり、この帝国を治める若き皇帝、ジュリウス陛下だ。


「ジュリウス陛下……? 何か私にご用があったのでしょうか?」

「ああ、ロミア……。先程部屋を訪ねたのだが、不在だったのでな。魔術塔に迎えに行こうかとも考えたのだが、入れ違いになっても困ると思って、ここで待っていたんだ」

「まあっ! こんな時間に廊下で待ち続けていては、風邪を引いてしまいます!」

「ふふっ、この程度の寒さには慣れている。むしろ、お前の方が風邪を引くのではないかと不安になるさ」


 保温性のあるローブを着ている私でも少し肌寒いというのに、その場から動かずに待っていた陛下の方が寒いに決まっている。


「お話があるのでしたら、私の部屋で伺いますわ」


 私がそう告げると、陛下は焦った様子で、


「い、いや! こんな遅い時間に女性の部屋に入ってはいけないだろう……!?」


 と言って、少し頬を染めていた。

 思わずその反応見て、私も遅れて照れてしまう。


「そ、それもそうですね……! 私ったら、陛下に対してとんでもないお誘いをしてしまいましたわ……」

「……ま、まあ……俺達は婚約関係ではあるから、問題無いといえばそうなのかもしれないが……」


 そ、そうだった。いくら幼少期からのお友達同士だからといって、私達は形だけだけれど、婚約者同士なのよね……!

 そもそも、交際していない年頃の男女が無闇に二人きりになるのは、あまりよろしくない事だもの。何事も、適切な距離感というのが大事なのだ。


 ……とはいうものの、しばらくお互いに何も言い出せずにいると、陛下がわざとらしく咳払いをした。


「……来週末に、ささやかではあるが俺達の婚約記念パーティーを開催する事になった。招待するのは、ゲラートやレオール達──お前も顔を知っている者だけを呼ぶつもりだ」

「まあ……! それは楽しみですね。ゼル先生も招待なさるのですか?」

「ああ、あいつを呼ばなかったら後でうるさいだろうからな」


 すると、陛下が私の姿をじっくりと眺めて言う。


「……言うのが遅くなったが、そのローブもロミアによく似合っている」

「あ、ありがとうございます……!」

「食事を運びに行ったフェルから聞いたが、今日は朝方からずっと魔術塔で研究に励んでいたそうだな?」

「ええ、気が付いたらとっくに日が暮れてしまっていて……。魔術師団の皆様もそれぞれの作業や調べ物に熱中していらして、フェルが来てくれなければ、皆で食事も忘れて作業をし続けているところでした……!」

「ふふっ……お前が楽しそうなのは喜ばしい事だが、あまり無茶はしないでくれよ?」

「はい、今後は気を付けるように致します」


 魔術塔には、私用の研究スペースも小規模ながらに設けてもらった。資料も沢山あるし、相談出来る先輩も大勢居る。

 朝から晩までずっと魔術塔にこもっているものだから、やはり陛下やフェルには心配をかけてしまっていたようね……。

 でもやっぱり、こういう地道な作業ってとても楽しいのよね! ゲラート様にお願いして、魔術塔の一角に薬草の栽培スペースを作ってもらえるよう取り計らって頂いたし……。

 もはや私にとって、魔術塔が第二の自室みたいなものになってしまっていた。


「……また明日の晩も、こうして話をしに来ても良いだろうか?」

「勿論です。陛下もお忙しいでしょうし、今夜もゆっくりお休み下さいね」

「ああ。お前もしっかり休息を取るようにな。……良い夢を、ロミア」

「ええ、陛下も良い夢を」


 そうして部屋の前で陛下と別れた私は、廊下を歩いて去っていく彼の背を見送ったのだった。


 それから……お母様は教団の治療院に入院する事が決まり、お父様は爵位を剥奪され、投獄された。

 残された屋敷の管理は引き続き侍女のカミラが行なっていて、伯爵の地位はダリアお姉様が継ぐ事が決定したそうだ。

 お姉様が婚約者の方と結婚する事になるのは、お母様の回復を待ってからになるだろう。



 ……そして、私とデリス様の婚約関係は、正式に破棄された。



 結婚や離婚に関する認可は国と教会の双方が判断を下すものなので、私をパレンツァン家に嫁がせる事を【命の誓い】に組み込んでいたお父様は……獄中で果てたのだという。


「本当は、お母様やカミラにも出席してもらいたかったけれど……。今はとにかく、お母様が元気になって下さる事を第一に考えなければならないわよね」


 私はクローゼットにローブを仕舞うと、早々にベッドに潜り込んだ。

 今日は何だか疲れてしまったし……明日の朝、早めに起きてお風呂を済ませてしまおう。



 それからも私は魔術塔で魔法の勉強や研究に明け暮れ、夜には陛下から苦笑されながらも、応援の言葉を貰う日々が過ぎていった。


 そして──



 あれから一週間後。

 私と陛下は、婚約者同士となった。

 そう……遂に今日、私達の婚約記念パーティーの日を迎えたのである。


 けれどもこれは私が帝国に滞在する資格を得る為のもの。

 ジュリウス陛下は私の大切なお友達だからこそ、私の願いを叶える為に協力してくれた、形だけの婚約関係だ。


「師匠〜! 今日のドレスには、この色とこの色だと……どっちがロミア様に似合うと思いますー?」

「先日、陛下がロミア様に贈られた髪飾りがあったでしょう? 合わせる色としても、そちらの方が的確です」

「確かに〜! さっすが師匠!!」


 両手にリボンを持って悩んでいたエリザは、フェルに提案された髪飾りを持って、瞬く間に私の髪をセットしていく。

 陛下が下さった髪飾りというのは、私の名前──ロミアの由来になった、【ペペロミア】という小さく丸い葉が特徴の植物をモチーフにしたものだ。

 今日はそのペペロミアの髪飾りを身に着けて、私と陛下に近しい間柄の人達を集め、ささやかな婚約記念パーティーをする事になっている。


 出席するのは、陛下の幼馴染であるという魔術師団長のゲラート様と、騎士団長のレオール様。

 それからいつもお世話になっている侍女のフェルと、見習いのエリザ。そして最後に、宮廷治癒術師のゼル先生。


 どうしてこんなに少ないのかというと、あくまでも私は帝国で魔術や魔法薬を勉強する為に在留資格が欲しいだけで、本当にジュリウス陛下と結婚する訳ではないからだ。

 これがもし正式な結婚相手であれば、もっと大々的にお披露目パーティーが開かれる事になる。

 なので今回のパーティーは、私が無事にお父様から解放されたお祝いと、歓迎会の意味合いがあるのよね。



 身支度を終えると、会場となる広間へ移動する。

 既にテーブルには軽食やデザートが用意されており、私の到着を合図に婚約記念パーティーが始まった。


 お酒も交えながら皆に新たな門出を祝ってもらい、自然と笑顔が溢れる賑やかな時間が過ぎていく。

 けれども途中でお酒が回ってきたせいか、少し外の空気を吸いたくなってきてしまった。

 私は給仕をしていたフェルに声を掛け、上着を持って来てもらい、ちょっとだけ休憩させてもらう事にした。



 今日は珍しい晴天というのもあって、庭に出ても太陽の光がいつもより暖かさを感じさせてくれる。

 火照った身体が冷めるのを待ちながら散歩をしていると、背後から声を掛けられた。ジュリウス陛下だ。


「陛下……どうしてこちらに?」

「少し酔いを覚ましたくてな。お前もそうなのだろう? ……ふふっ、ロミアは酔うとすぐに顔に出るタイプなんだな」

「そ、そうなのですか……!? 恥ずかしい……!」


 思わず両手で頬を隠すも、とっくに見られてしまっているものはどうしようもない。

 お酒なんて滅多に口にしないものだったのに、ゼル先生に「せっかくの祝いの席だから」と勧められるがままに飲んでしまったのがいけなかったわ……!


 すると陛下は、急に真面目な雰囲気でこんな事を言い出した。


「……今日から俺達は婚約関係になり、これからお前は一年間、この国で暮らす事になる。俺も出来る限りサポートするつもりだし、ゲラートも魔術師として力になってくれるだろう」


 だが……と、彼は続ける。


「だが俺は、お前とたった一年で離れたくないと……そう思っている」

「それは……はい。私も、もっともっとこの国の事を知りたいです。宮殿の皆様とも、勿論陛下とも……たった一年で離ればなれになってしまうのは、寂しいですから」


 私がそう返すと、何故だか陛下は曖昧な笑みを浮かべた。


「……そう、だな。うん。そっちの意味で捉えたか」

「……? そっち、とはどちらの事なんです?」

「いいや、今はそれで良いんだ。……これからの一年で、お前がもっと俺の事をよく知ってくれれば……きっと大丈夫だ」

「そうですね! 私、陛下と色々なお話がしたいです。こうして大人になるまで会えなかった分、たっぷりと!」

「ふふっ、そうだな。それじゃあ、話ついでにもう一杯付き合ってくれるか?」

「ええ、喜んで!」


 たった一年……されど一年。

 これから私が帝国で過ごす一年間は、やるべき事は山積みだ。


「……改めて、ロミアの新たな門出を祝って」

「「乾杯!」」


 けれども……ただ一つだけ、確かな事がある。



 私は、ひとりぼっちの子供だっただけれど。


 お友達が居るから、寂しくないの。


 たとえ、簡単には会えなくたって。


 私達が、王国人と帝国人だからって。


 大切な人と心が通じ合っているなら、私はもう、本当のひとりぼっちなんかじゃないのだと。




 END

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冬幻郷の花嫁は今日も魔術塔に入り浸っています 〜ひきこもり令嬢と氷獣の帝王の幸せな略奪婚〜 由岐 @yuki3dayo

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