第15話 二人、馬車の中

 私がジュリウス陛下に無理を言って、お父様とお母様に最後のお別れをしたいとお願いしてから半月後。


 私と陛下は、飛空艇と船を乗り継ぎ、馬車に揺られてディリス教団の中央教会に向かっている最中だ。因みに、馬車を操るのは白狼騎士団の方らしい。もう一台の馬車には、護衛であるレオール騎士団長とフェル達も乗っている。


 そして伯爵家には、私がクリスザード帝国で保護されている事と、もうじき正式に私とデリス様の婚約が破棄される事が伝えられていた。

 最後の挨拶の場に選ばれたのが、中立の立場である中央教会の大修道院だったのだ。


「こうしてエベリット大陸に来るのは、パレンツァン公爵家のパーティーに行った時以来だな……」

「ジュリウス陛下は、シルリス王国にはこれまで何度か足を運ばれた事があるのですか?」


 二人きりの箱馬車の中で私がそう訪ねると、ジュリウス陛下は小さく笑いながら、窓の外に向けていた視線をこちらに移す。


「ああ、子供の頃にも来た事がある。……アリスティア領にも行った事があるぞ?」

「そうなのですか? ですが、陛下がいらっしゃっていたのなら、私が知っていてもおかしくないはずなのに……」

「……本当に覚えていないのか?」

「えっ……?」

「三ヶ月前のパーティーの夜、貴女は子供の頃の思い出話を聞かせてくれただろう?」


 ……そうだ。あの時私は、どこかの貴族だと思っていた彼に、絵本をくれた友達が居たという話をしていた。




 *




『それに、その絵本をくれたお友達も、私にとっては大切な宝物なんです。今はもう、顔も声も忘れてしまうほど遠い昔の思い出ですが……あの絵本だけは、今も大事にとってあるんですよ』


『……きっと、その絵本を譲った【少年】も、それだけ大事にしてもらえれば嬉しいはずさ』


『そうだと良いですね。あの子も元気にしていると良いのですけれど……』




 *




 ──ああ、そうだったのね。


 どうしてあの時、気付かなかったのかしら!

 私はあの絵本をくれたお友達が【少年】だったとは、一言も言っていなかった。それなのにジュリ様は……ジュリウス陛下は、【絵本を譲った少年】だと言っていた!


「あの時の子……絵本をくれたあのお友達は、幼い日のジュリウス陛下だったのですね……!」

「ああ……俺も最初は、あの時の女の子が君だとは気が付かなかったんだ。けれども話を聞いていくうちに、シルリス王国へ行った際に絵本をプレゼントした子の事を思い出してな。結果、貴女は最後まであの時の子供が俺だったとは気が付いてくれなかったが……」

「それならあの時に名乗り出て下されば良かったのに……! ああ、何て素敵な偶然なのかしら! こうしてまた、大切なお友達と再会出来ていただなんて……!!」


 だから陛下は、友達である私の為にこんなにも親切にして下さっていたのね……!


「あっ……ごめんなさい陛下! あの時頂いた絵本、家を出る時にアリスティア家の侍女に預けたままになっていて……! ああ、陛下との大切な思い出の品ですのに、どうしたら良いのかしら……!?」

「それなら伯爵に挨拶をしてから、フェルにあの絵本を受け取りに行かせよう。……それにしたって、本当にあの時の子供が俺だと分からなかったんだな?」


 あわあわするしかない私と違って、目の前の成長した姿の陛下はとても落ち着いていた。

 それが何だかとても恥ずかしくなってしまって、頬がカァッと熱くなる。


「……だって、たった一度しか会えなかったんですもの。絵本は何度も読み返せるけれど、大人になるまで会えなかった陛下は……その、とても素敵な紳士になられていたものですから……」

「まるで別人だったから気付かなかった、と?」

「ええと……は、はい……」


 クスクスと笑うジュリウス陛下は、とてもリラックスしていて……私に心を開いて下さっているのが伝わって来た。

 皇帝として毅然とした態度でいる時と違って、こうして笑っている陛下の姿は、一人の男性としてとても魅力的だった。きっと彼のこんな笑顔を見たら、どんな女性だって彼の事が好きになってしまいそうだった。

 そんな彼と私が友達として釣り合うとは、とても思えない。

 だって私は、お姉様と違って騎士にもなれない役立たずで、何の取り柄もない娘でしかないのだから。

 ……陛下を見ていると、自分との違いに距離を感じてしまうぐらい、彼は素敵な人なんだもの。


 家から出られなかった私が、お父様達が出掛けて行った方を窓の外を眺めていた時……。

 偶然屋敷の近くを通りかかった彼は、つまらなそうに留守番をしていた私に『宝物の絵本』をくれた。それに、沢山色んな話を聞かせてくれたのだ。

 あれから随分と時が経ったけれど……まさかあの時の彼が、未来の皇帝陛下になる人物だったとは思いもしなかった。


「だが、これで俺が貴女を救おうとした理由に気付いてもらえただろう? 何故なら俺は……貴女に初めて会ったあの時から、ずっと貴女の事を──」

「大切なお友達だと思ってくれていたから……ですよね?」









「……そう…………だな……うん。俺達は、友達……だからな……」


 やはり彼は、あの頃から変わらずに優しい人だった。

 ……どうして急に彼の元気が無くなってしまったのかは、ちょっと分からないけれど。

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