第14話 お願いがあるのですが……
宮廷魔術師団の魔術塔に続く扉を開けると、様々な薬草の香りが混ざった空気が私を出迎えてくれた。
アリスティア家の屋敷で化粧品を作っていた時を思い起こさせる、懐かしい香りがする。……何だか、心が落ち着く匂いだわ。
「あ〜、ロミア様〜! ようこそ、ヴォルゴ宮廷魔術師団の魔術塔へ〜!」
すると早速、私が来た事に気付いたゲラート様がやって来た。
他の魔術師の方々も作業の手を止めて、私の方に会釈をして下さっている。
「お招き頂きましてありがとうございます、ゲラート様。魔術師団の皆様、初めまして。私はこの度、皇帝陛下に保護をして頂きましたシルリス王国のアリスティア伯爵家より参りました、ロミアと申します」
「ご丁寧にどうもありがとうございます〜! さあさあ、皆さんはお仕事に戻って下さいね〜? それではロミア様、早速ですが僕について来て頂けますか?」
ゲラート様の言葉に従って、彼以外の魔術師さん達はそれぞれの作業を再開する。
私は彼の後に続いて、魔術塔の上階に続く階段を上がっていった。
魔術塔は、一階が作業スペース。二階から三階が資料や本が入った棚でぎっしりで、最上階となる四階が団長様と副団長様の執務室になっているそうだ。
私は魔術師団長であるゲラート様の執務室に案内され、ソファに座るよう促された。
「早速ですがロミア様、今日はあなたの加護について詳しく調べさせて頂きたいと思うんですが……よろしいでしょうか〜?」
私の向かい側に腰を下ろしたゲラート様は、穏やかな笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。
彼はヒマワリのように明るい金髪で、前髪は綺麗に真ん中で分けられていて、広い額がよく見える髪型をしていた。そこから覗く彼の眼の色は、夕陽のように輝くオレンジ色だ。その瞳は知性に溢れていて、まだお若いだろうに団長を務めている説得力が感じられる。
シルリス王国ではどこまで魔術が発達しているのか分からないけれど、帝国のような魔術の専門家が集まる組織があるというのは聞いた事がなかった。
……彼にお任せすれば、長年分からなかった私の加護の謎が解けるのだろうか?
「……ゲラート様なら、私の加護が何なのか……お分かりになるのですね?」
「ええ。国外にはまだ出していない、高純度の判定石がありますからね」
言いながら、ゲラート様はローブの懐から小箱を取り出した。
そこから彼は透明な球を手に取り、こう続けた。
「これは材料になる石が滅多に採れないほどに貴重な品で、売り物にするとなると、そう軽々とは買えないような値段にせざるを得ない物なんですよね〜……」
「そ、そんなに貴重な物を私が使っても良いのでしょうか……」
「これでも使わなければ、あなたの本当の加護は見えてこないはずですよ? あくまでも、僕の予想が正しければ……の話ですけどね〜」
こちらは陛下から自由に使って良いと言われてますので〜、と言って判定石を差し出してくるゲラート様。
となると、この品もある意味、ジュリウス陛下からの贈り物になってしまうのでは……? やっぱり私、この服や宮殿への宿泊費や移動費も含めて、色々と働いてお返ししなければならないものだらけだったりするのではないのかしら……!
……だけど、これで本当に私の加護が分かるのなら。
やってみる価値は、あるわよね……絶対に!
「……それではお言葉に甘えて、ありがたく頂戴致します」
高価な品だと聞いて指先が震えてしまうのを視界に入れながら、私はそっと彼から判定石を受け取る。
赤ん坊だった頃の私は、何度調べても《炎の加護》を示す紋章が現れなかった。
そのせいでお父様はお母様の不貞を疑って、家の評判が落ちるのを防ぐ為に、私を遠縁の娘だと偽って育ててきた。
これまでずっと分からなかった私の持つ加護が、ようやく──
「さあ……その石に、少しずつロミア様の魔力を注いでみて下さい」
「はい……」
化粧品を作る時の要領で、私はゲラート様に言われた通りに従った。
身体の内側から溢れる力を、手の中に握った石に少しずつ染み込ませていくイメージを浮かべて……水滴が落ちて土に染み込んでいくように、ゆっくりと。
そうしてしばらく魔力を込めていると、途中でゲラート様が口を開いた。
「……そろそろ様子を見てみましょうか」
彼に言われてそっと手を開いてみると、私の手の中の石に色が付いていた。
「これ、は……」
アリスティア家が受け継ぐ《炎の加護》ならば、石は赤く色付く。
……けれども私の手にある判定石の色は、赤ではなかった。
昨日ゲラート様が見せて下さった《雷の加護》である、黄色でもない。
ミルクのように真っ白に染まった石の中に、小さく輝く様々な色の粒子が舞っていたのだ。
その中央に浮かび上がる紋章は、まるで花のような形をしている。
「白い……ですよね、ゲラート様?」
「ええ……。炎を示す赤でもなく、水を示す青でもなく、雷の黄色でも、風の緑でもない……。《地の加護》ならば橙に、《氷の加護》ならば水色……そのどれでもない白の中に、それら全ての色を宿した光の粒子が舞っている……!」
「こ、これはどういう加護なのでしょうか? 私、白と花の紋章の加護だなんて、聞いた事がありません……!」
でもこの紋章、どこかで見た覚えがあるような……?
するとゲラート様は、棚の中にあった一冊の書物を取り出した。
その本のあるページを開くと、そこには今まさに私の持っている判定石と同じ紋章が記してあるではないか。
「この花の紋章と同じ意匠……ピンと来ました。これは千年前、聖女として讃えられた女性が宿していたとされる加護の紋章です。その女性とは……ディリス教団を立ち上げた、聖女ディリスです」
「聖女ディリス様……ああっ! この花の意匠、教団のものと同じなのですね!?」
「そう……その紋章が示すのは、《光の加護》。聖女ディリス以来、発見された事例がほとんど無いという、とても珍しい加護なのです」
《光の加護》……。それが、私の本当の加護……?
「……ですが、アリスティア家は聖女様に縁のある家ではありません。それなのに、どうして私は《炎の加護》を持つ両親の間に生まれて、聖女様と同じ《光の加護》を持っているのですか……?」
「《光の加護》は遺伝しないのです。あくまでも、記録に残っている範囲での話ですけどね〜……。《光の加護》を持つ者は、大いなる祝福と試練を与えられた者なのだそうです。最後にこの加護を持った者が誕生したのは、確か二百年ほど前だったはず……」
「祝福と試練……ですか……?」
「それが具体的に何を示すかまでは、残念ながら僕には分かりません。けれど……この文献にある通りであれば、《光の加護》を持つ者は、特別な魔術を行使出来たそうですね。……訓練すれば、ロミア様にも何か不思議が魔術が使えるようになるかもしれませんよ〜?」
教団を立ち上げた千年前の聖女、ディリス様。
彼女も何かの試練に立ち向かい、祝福を得たのだろうか?
そして、同じ光の加護を持って生まれた私にも……試練と祝福が与えられるのかしら……?
「……ゲラート様。私が聖女ディリス様と同じ加護を持っているという事実は、教団へ伝えた方が良いのでしょうか?」
「……ロミア様が、これから何を望まれるのかによりますね。少なくとも、聖女と同じ加護を持つ神聖な娘を虐げた伯爵家には、シルリス王家と教団から厳罰が下されるでしょうね〜」
「げ、厳罰……。それは例えば、家の取り潰し……だとか?」
「あなたがそう望めば、そのように取り計らって頂けるでしょうね。聖女と同様の加護というのは、それだけ重要な意味を持つ力ですから〜」
私が望めば、お父様やお母様……そしてダリアお姉様に、厳しい罰が下される事になる。
けれども私は、陛下が仰っていたような
私が不甲斐無い娘だったせいで……お姉様のように武芸の才能が無かったから……。だからお父様から厳しく躾けられていたとしても当然だったのだと、今でもそう思ってしまっているから……。
「私は……そこまでして頂きたくはありません。お父様にとって私は悪魔の子であったはずなのに、こうして十九歳になった今まで育てて頂きました。その恩を……忘れる訳にはいきませんもの」
「ロミア様……」
私の話を聞いたゲラート様は何か言いたげにしていたけれど、小さく頭を振ってからこう言った。
「……ロミア様がそうなさりたいのであれば、まずは陛下に相談してみましょう〜。このままですと、伯爵令嬢であるあなたの意見よりも、皇帝であるジュリウス陛下の意見が優先されます。しかしあなたの言葉であれば、陛下はきっと──」
*
「ロミア嬢が、聖女ディリスと同じ加護を持っていただと……?」
「はい〜。こちらがその証拠である、ロミア様が魔力を込めた判定石です」
それからゲラート様は、私を連れて早速ジュリウス陛下の元に連れて行って下さった。
陛下は執務室で仕事をなさっていたから、いきなり押し掛ける形になってしまったのだけれど……。早くしなければどんどん話が進んでしまうからと、ゲラート様が急遽陛下とお会い出来る時間を作って下さったのだ。
陛下はゲラート様から判定石を受け取ると、それをじっくりと手に取って観察していた。
「……確かにこれは、これまで見てきたどの判定石とも色が違うな。普通の判定石では分からない加護とは妙だとは思っていたが、まさか《光の加護》持ちだったとは……」
「万が一、加護無しである可能性もあったので、高純度の判定石を用意して調べた甲斐があった……のでしょうかね〜」
「……それで、ロミア嬢は何か俺に話があって訪ねてきたのだろう? ……もしや、帝国ではなく教団で保護してもらう方が良いのか?」
「え、ええと……」
こちらを見詰めるジュリウス陛下の眼が、どこか不安げに揺れている気がした。
「現時点では、アリスティア家には、私への虐待と軟禁の容疑がかけられているのですよね?」
「ああ……」
「ですが私は……お父様達を恨んではいないのです。お父様もお母様も、それにお姉様だって……私が《光の加護》を持った子だとは知らずに接していたのです」
すると陛下は、私の言葉に大きく目を見開いた。
「何も知らない貴女を、幼い頃から病弱だと偽って家に閉じ込めてきたような家族を……そんな者達を許すつもりなのか……!?」
「……デリス様との結婚の条件に関しては、とても傷付きました。私はあの方がとても苦手ですし……そんな男性と子供を作るだなんて、耐えられそうにありませんでしたから……」
……今でも鮮明に思い出せる。
三ヶ月前のパーティーの夜。デリス様は、精一杯のお洒落をした私を公衆の面前で笑いものにして……寒空の下に放り出した人だ。そんな人と、家の援助の為だからといって政略結婚して、それでも正気を保っていられる自信が無かった。
「……そんな交換条件を呑んだお父様の居る家には、帰りたくありません」
「それなら──」
「ですが、アリスティア家による私への扱いに関しては、不問にして頂きたいのです! 陛下にはどうか、教会側にもその旨をお伝えして頂きたいと……そのお願いに参りました」
アリスティア家に関しては、私を手放す事に同意する代わりに、何の罪も与えない──そのように取り計らってもらえるように、陛下に頼み込んだ。
陛下は信じられないといった様子だったけれど、そこまで私が言うのなら……と、渋々ながら了承して下さった。
これで伯爵家はパレンツァン家からの援助が無くなってしまうけれど、その分の補填は何とか工面して下さるらしい。
そうでもしなければ、お父様が私を返せとごねる可能性があるからだという。
「……俺は、少なくとも貴女を伯爵家から引き離したいんだ。もう二度と、貴女をあのような環境に戻したくはないのでな……」
「ありがとうございます、陛下……! そのお心遣い、大変感謝しております。それから、最後にもう一つだけお願いがあるのですが……」
「……今度は何だ?」
「最後に……お父様とお母様に、お別れの挨拶をしたいのです」
その申し出を聞いた陛下は、
「……それなら、俺からも条件を出させてもらおうか。その挨拶の場には──俺も同席させてもらうぞ」
と困ったように眉を下げながら言い、早速今後の予定を調整し始めたのだった。
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