第13話 落ち込んでばかりじゃいられない

 フェルの一番弟子を自称する侍女見習いのエリザは、びっくりするほど元気すぎる女の子だった。

 そんな彼女と私を残してお茶の支度をしに行ったフェルは、私に何か失礼な事をしてしまわないかどうか、とても心配そうにしていた。実は、私もちょっぴり不安だったのだけれど……。


 エリザはまるで見習いとは思えないほど、テキパキとお化粧とヘアセットを終わらせてくれたのだった。パーティー向けのようなメイクではなく、あっさりとしたお化粧にしてもらったから、そう時間は掛からなかった。

 途中でティーセットを運んできてくれたフェルにお礼を言ってから、一度紅茶を飲んで一息付いて……。

 それから改めて、今度はフェルも見守る中でエリザに髪を纏めてもらった。


「はいっ、出来ましたよ〜ロミア様っ!」


 エリザは私の髪を後ろでゆったりとした三つ編みにしてくれて、綺麗な紫色のリボンで纏めてくれた。

 ドレッサーの鏡越しに、ウズウズとした表情のエリザが手鏡を持って私に後ろ姿が見えるように反射させながら、こちらを見詰めている。


「どうですか!? かなり上手く三つ編みに出来たと思うんですけど……!」

「エリザは手先が器用なのですね。とっても綺麗に出来ていると思います!」

「きゃ〜っ! お褒めの言葉、頂戴しちゃいました〜!!」


 私が素直に感想を伝えると、エリザは嬉しそうに頬を染めながら、身体をもじもじとさせて喜んでくれた。

 どうやら彼女がフェルの一番弟子という言葉に、間違いは無いのだろう。

 すると、さっきまで無言を貫いていたフェルが、


「……まあ、悪くはないですね。リボンの色も、ロミア様の髪色に映えていますし……ね」


 と、ちょっとぶっきらぼうにエリザの事を褒めたのである。

 それを聞いた途端、エリザはまるで山ほどプレゼントを貰った子供のように、瞳をキラキラとさせ始めた。


「わ〜っ! 師匠があたしの仕事を褒めるだなんて! 今日は雪だけじゃなく、空から剣の雨が降って来るんじゃないですか!?」

「……あなたが調子に乗ると、騒がしくて敵いません。あなたにはもっと、ヴォルゴ宮殿の侍女に相応しい節度というものを身に付けてもらわなければなりませんね」

「はーい、ごめんなさい師匠ー!」

「『はい』は伸ばさない!」

「はい、師匠ー!」


 ……このやり取り、もしかして毎日やっているんじゃないだろうか?

 何となくでしかないのだけれど、無性にそんな気がしてならないわ……。


「エリザには後ほど、追加で教育を施すとして……。ロミア様。本日は朝食の後、宮廷魔術師団長のゲラート様から、面会の申し出がございます」


 ゲラート様というと、昨日謁見の間でお会いした方ね。


「お着替えが済んだ頃合いに、お部屋へ朝食をお持ち致します。その後、ロミア様がよろしければ魔術塔へご案内させて頂きたく思いますが……如何でしょうか?」

「その魔術塔という場所に、ゲラート様がいらっしゃるのですか?」

「はい。魔術塔はヴォルゴ宮殿の西側にございまして、そちらが魔術師団の皆様が研究や開発を行う施設となっております」


 昨日のゲラート様のお話では、彼の一族が加護を識別する判定石という物を作り出したという事だった。彼が私に面会を申し出たのは、きっとその事ね。

 私が持つ加護は、お父様もお母様もよく分からないと仰っていたし……。判定石を作った国の魔術師様であれば、私の加護について何か詳しい事が分かるかもしれないわ。


「……私も、ゲラート様にお会いしたいです」

「では、そのようにゲラート様にお返事を申し上げて参りますね」

「ええ、よろしくお願い致します」


 そしてフェルは、優美さを感じさせる流麗な動作で礼をしてから、速やかに部屋を出て行った。




 *




 それからエリザに着替えを手伝ってもらい、リボンの色に合わせた上品な長袖のワンピースを着る事になった。

 袖の部分はレースで小さな花があしらわれていて、スカート部分は落ち着いた紫色。ワンピースに使われている布地は、とても良い手触りをしている。作りもしっかりしているし、どう見ても高級品な雰囲気が漂っていた。

 ……こんなに立派なお洋服、私なんかが着させてもらって良いのかしら?


 そしてエリザの話によると、宮殿の中は寒さに強い造りになっているらしい。なので、半袖のような薄着でなければ過ごしやすいように工夫されているのだとか。

 ……とはいえ、部屋の中では暖炉を使わないと、流石に厳しい寒さだそうだけれど。

 魔術塔までの移動中には上着を着ていった方が良いだろうと、エリザがアドバイスをしてくれた。




 朝食を済ませた後は、エリザに案内してもらいながら宮殿内を歩いていった。この後、魔術師団長のゲラート様にお会いする為だ。


 クリスザード帝国は常に雪が降る地域だから、魔術塔までの通路も屋内にあった。吹雪のせいで道が塞がってしまわないよう、配慮されているそうだ。


「これだけ雪ばかりの土地だと、生活するにも苦労が多いのではありませんか?」


 少し先を歩いて案内してくれているエリザに話し掛けると、彼女は快く質問に答えてくれた。


「昔はそのせいで食糧難になって、大変だったみたいですねー」

「今は大丈夫なのですか?」

「魔術師団の方々が色々と頑張って研究して、室内で野菜や果物が育てられるような施設が出来たんです! それのお陰で、食糧の輸入が追い付かなくても、意外となんとかなるようになったんですよ!」

「室内で作物を……!? そんな事が可能なのですか!?」

「えーっと……詳しい事は、あたしじゃ全然分からないからアレなんですけど……。ゲラート様はすっごい人ですから、多分質問したら答えて下さると思いますよ!」


 フェルから預かった手鏡の魔道具もそうだけれど、帝国の魔術師団ってとんでもない人達の集まりだったりするのかしら……?

 いえ、室内で作物を育てようだなんて発想が飛び出す方々だもの。とんでもない才能を持った人達に決まっているわ!


 室内で色々なものが育てられるなら、化粧品の材料になる植物だって、雨や害虫の心配をしなくても良くなるんじゃないかしら。それに、人目だって気にしなくて済むのかも……。

 私はアリスティア家の庭で何種類もの薬草を育てていたけれど、お父様達に気付かれないよう、目立たない場所に畑を作っていた。そのせいであまり日当たりが良くなくて、ちょっと大変だったのよね……。

 その問題を解決する手段があるのなら、是非ゲラート様にお話を聞いてみたいわ……!


 ……でも私、そんな呑気な事を考えていては駄目よね。

 パレンツァン家のデリス様との事も解決していないし、ジュリ様……いえ、ジュリウス陛下にも改めてお話をしなくては。

 私はあくまでもシルリス王国の人間であって、いつまでも陛下のお世話になってばかりではいられないんですもの……。

 陛下が仰るように伯爵家に戻らない方が良いのなら、出来ればなるべく早いうちに自分だけで生きていけるよう、何か仕事を見付けないといけないわ。


「あっ、見えてきましたよ! あれが魔術塔に続く扉ですよ!」

「え、ええ。ここまで案内して下さってありがとう」

「いえいえー、これがあたしのお仕事ですからね! こんなの朝飯前ですよっ!」

「うふふっ、もしもここにフェルが居たら『朝食はもう済ませたでしょう?』だなんて言われそうですね」

「うわー、本当にそう言われそうですね……」


 ……エリザのお陰で、少し気分が明るくなった気がするわ。


「それではロミア様、お部屋に戻られたい時は魔道具で師匠に……えっと、フェル様をお呼び下さいね! すぐにお迎えに来てもらえるはずですから! ではでは、どうぞお気を付けて!!」

「ええ、ありがとう。また後で会いましょうね、エリザ」


 いつまでも落ち込んでばかりじゃいられない。

 せっかくの機会なのだし、今後の身の振り方をゲラート様に相談してみようかしら?

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