第10話 お世話になります
病室でゼル先生に見送られ、私はフェルに案内されて別室で着替えを済ませた。
先程まで着ていたのは港で着た防寒着だったから、陛下にお目通りするにはラフすぎるからだ。私はパレンツァン邸へ向かう際に着ていたドレスに着替え、今度こそ皇帝陛下の待つ謁見の間へ連れて行ってもらう。
私が気絶している間に運び込まれていたヴォルゴ宮殿は、雪国だというのにほとんど寒さを感じなかった。
先頭を歩くフェルの後について行くと、一際大きな扉が見えてくる。彼女はそこで立ち止まると、こちらに向き直る。
「この先で、陛下がお待ちしております。……準備はよろしいですか?」
「身支度は出来ているけれど、心の準備の方は……」
「フフッ……大丈夫ですよ。陛下は狼のように荒々しい戦いをする事から、【
……その言葉は、私達が帝国行きの船に乗る前。港で彼女が口にしていた言葉だ。
陛下は私の味方……。つまり、私には敵が居るという事になるけれど……。
私を狙う誰か……アリスティア伯爵家を脅迫しようとしている誰かとか、パレンツァン公爵家の誰かとか……?
……まさか、私に子供を産ませようとしているデリス様の事? ……うぅん、分からない。
「……とにかく、陛下にお会いしてみないと何も始まりませんよね。お願いします、フェル」
「はい、ロミア様」
フェルが扉の横に立っていた見張りの騎士二人に目で合図を送ると、遂に謁見の間への扉が開かれた。
重い扉が開かれた先には、三人の男性の姿があった。
一人は玉座の左に立つ、ローブを着た金髪の若い男性。
右側に居るのは、彼と同じような年齢の赤い髪の男性だ。赤髪の彼は、黒い毛皮があしらわれた鎧を身に付けている。
そして、二人の間の玉座に腰を下ろしていたのは……雪のように白く、深いスミレ色をした切れ長の美しい瞳の人。
「あ、貴方は……そんな、まさかっ……!」
見間違えるはずがない。
私の心の中に深く刻み込まれた、優しくて親切にして下さった彼。
三ヶ月前にパレンツァン邸の外に放り出された私に手を差し伸べて下さった、真の紳士と呼ぶに相応しい方──ジュリ様が、そこに居る!
すると彼が驚く私を見て、穏やかに目を細めて口を開いた。
「……久し振りだな、ロミア嬢。ようこそ、我がヴォルゴ宮殿へ。貴女が無事にこの国へ来てくれた事、とても嬉しく思う。そして、改めて名乗らせてもらおう。俺はジュリウス・デジール・エスペランス……この国の皇帝だ」
【氷獣の帝王】だなんて、とてもそんな恐ろしい呼び方なんて似合わない彼が……まさかジュリ様が、クリスザードの皇帝陛下だっただなんて……!
私がもっと博識だったら、ジュリ様の名前を聞いて何かピンと来てもおかしくなかったかもしれないのに……!!
と、とにかく、早く私もご挨拶をしなくては!
私はなるべく冷静になろうと強く意識しながら、パーティーの為に指導された淑女らしい礼をしてみせた。
「こうしてもう一度お目にかかれて、光栄にございます。改めまして、私はアリスティア伯爵家より参りましたロミア・ロゼリア・アリスティアと申します。この度は宮殿にお招き頂き、誠にありがとうございます」
……上手く出来た、かしら? こんな事になるなら、もっと沢山練習しておけば良かったわ……!
「さて……まずは貴女にこの二人を紹介しておこう。彼らは俺の腹心であり、宮廷魔術師団と
「初めまして〜、ロミア様。僕は魔術師団長のゲラートと申します」
「
陛下に促され、最初に金髪の彼……ゲラート様がにこやかに名乗り、次に赤髪のレオール様が礼をした。
「二人はとても頼りになる者達だ。何かあれば、貴女も気軽に彼らを頼りにすると良い。……それから、そろそろ本題に入ろうか。俺が何故、貴女をここに連れて来るよう命じたのか……」
陛下がそう言うと、両隣の二人の団長様の表情が曇った。
「……今から三ヶ月前のあの日、俺とロミア嬢はパレンツァン邸の側で出会ったな。帝国ほどではないが、雪がちらつく寒い日だった。……そんな日に女性がドレス姿で外に放り出されているのは、あまりにも目に余る光景だった」
*
俺は、パレンツァン公爵家の嫡男デリスの誕生日パーティーに招待された。
飛空艇と船、そして馬車に乗り継ぎ、会場となるパレンツァン邸へ向かっていると……そこで彼女を──ロミアを見付けた。
最初はパーティーの途中で帰宅する淑女なのだろうと思ったが、何だか嫌な胸騒ぎがして、急いで馬車を停めさせた。
気になって話を聞いてみると、どうやら彼女は複雑な境遇で、あまり良い暮らしをしていないらしかった。
化粧はしていたが顔色の悪さまでは隠し切れていなかったし、近くで見れば手指も荒れているのが分かった。冬場に水仕事をしているせいなのだろう。まともに育てられている令嬢なら、あんなに荒れた手をしているはずがない。
それに彼女は、一族の中でも加護が違うという異質な存在なのだというではないか。
シルリス王国の貴族は血の伝統を重んじ、同じ加護を持つ者同士でしか結婚を認められない。その伝統があるにも関わらず別の加護を持つ子供が誕生したとなれば、彼女の母親は不貞を疑われる。当然、その娘であるロミアの扱いも悪くなってしまう。
シルリスでは、血統を裏切った子供の事を“悪魔の子”と呼ぶという。
その名の由来は、母親が「私の子供は悪魔にすり替えられた! だからこの子は加護が違う、悪魔の子なのだ!」と言って、自身の身の潔白を主張した昔話にあるらしい。
……きっとそれは、実際にあった話がモデルなのだろう。
我が帝国では加護による婚姻の縛りなどは存在しないが、未だにそういった文化が存在するのは、ロミアの現状を見れば明らかだった。
彼女が名乗ったのは自分の名前だけで、家の名前までは明かさなかった。
けれども彼女と別れた後、パレンツァン公に直接会って俺が確かめた。「今夜のパーティーで、何かトラブルがあったというのは本当か?」と。
……パレンツァン公は確かに、アリスティア家の関係者を名乗る不審な女が紛れ込んでいたと説明した。それで家の名前が判明したので、俺は色々と裏を取らせる事に決めた。
「……それから俺は、そこに居るフェルに調査を任せる事にした」
「フェルに……?」
俺の言葉に、ロミアは後ろに控えるフェルの方を振り返った。
話題に上がったフェルは、ただ無言で微笑むだけだったが。
「フェルにはこの三ヶ月間、貴女と伯爵家、そしてパレンツァン公爵家について調べてもらってな。……その結果、貴女をこれ以上両家の好きにさせる訳にはいかないという結論に至ったんだ」
「ジュリさ……ジュリウス陛下、それはどういう事なのですか?」
すると、今度は魔術師団長のゲラートが口を開く。
「ロミア様は、生まれた子供がどの加護を授かったのかを調べる方法をご存知ですか〜?」
「い、いえ……」
首を横に振った彼女に対し、ゲラートは懐から透明な丸石を取り出した。
「この判定石という物は、触れた者の魔力に反応して色が変わる性質を持った鉱物を加工した品でしてね〜。判定石を持って、こうやって魔力をほんのちょっぴり流すと……」
ゲラートが手にしていた判定石は、あっという間に黄色く染め上げられていった。
その石の中央には、独特の紋章が浮かび上がっている。
「こんな風に、綺麗な色が付くんですよ〜! 生まれてすぐの赤ちゃんは魔力のコントロールが不安定なので、出すつもりが無くても勝手に身体から微量な魔力が出ちゃうんですよね〜。なので、赤ちゃんが生まれたらすぐに加護を調べる事が可能なんです!」
「確か、黄色に雷鳴の紋章は……《雷の加護》、でしたよね?」
「はい〜! これって実は僕の一族が発明した魔道具なんですけど、これって地味〜に高価な代物でしてね? 貴族や大商人なんかだったら比較的気軽に買えるお値段なんですが、それってシルリス王国のあるエベリット大陸でのお話なんですよね〜」
ゲラートは更に言葉を続ける。
「判定石は帝国で製造されているものなので、輸送費と加工代が上乗せされているんですよ〜。なので、注文が入ったらその都度シルリス王国に出荷する事になるんです。……つまり、ある時期に連続して石を購入した顧客をリストから探し出せば、何とな〜く察しが付くんですよね〜」
彼の話に、ロミアは眉を下げていた。
「……お父様が、私の加護を調べる為に何度も買っていたんですね。私が別の加護を持った子だと、認めたくなかったから……」
「それでも結果は変わらなかったから、アリスティア伯は第二子の存在を隠す事にした。ロミア嬢が遠縁の遺児として引き取られたと公表された時期は、最後に判定石が買われた少し後だった」
そして……。
「……貴女には自覚が無いかもしれないが、それからのアリスティア伯から貴女に対する扱いは酷いものだった」
「え……?」
困惑する彼女に、今度は騎士団長のレオールが語り出す。
「君は子供の頃から病弱だっていう話だったが、アリスティア領内の医者をしらみ潰しにフェルが調べたっつーのに、君のカルテは一つも見付からなかったんだぜ? 医者に診断された訳でもねーのに、「身体が弱いから」って信じ込ませて、家から出ないように躾けやがったんだ!」
「お医者さんに診断してもらった覚え、ありますか〜?」
ゲラートにそう尋ねられて、ロミアは唇を震わせながら首を横に振って否定した。
……やはりな。そこまで酷い親だとは信じたくなかったが、事実だと認めざるを得ないらしい。
「無知な子供は、親の言葉を信じるしかない。……それから先程フェルから報告を受けたが、ロミア嬢は家族と同じ水準の生活をしていなかったそうだな?」
「そ、それはっ……」
「……ロミア嬢。貴女の家族は、貴女が物心つく前から当然のように虐待し、行動の自由を奪って軟禁生活を強いていた。そして財政難で喘ぐ伯爵は、資金援助を求める為に、パレンツァン公爵家との政略結婚を決めたのだろう」
「ど、どうして陛下がその事を!?」
「パレンツァン家のデリスには亡くなった妻が居たが、二度の妊娠で、両方とも死産だったという。その後にロミア嬢との結婚が決まったという事だが……貴女とデリスの間に、両家の加護以外を持った子が生まれる可能性は、どうしても潰しようがない」
俺はどんどん顔色が悪くなっていく彼女を見ながら、それでも話し続けた。
「つまり、パレンツァン家にロミア嬢の加護の秘密を明かさなければ、一族の血が穢れてしまった家系なのだと騒ぎ立てられる危険があった。それでもパレンツァン家が貴女を迎え入れると決めたのなら、既に公爵家は王国で言うところの『血脈を裏切る者』だったと考えるのが自然なんだ」
「……だから……だからお父様は、私に《炎の加護》を持った子が生まれるまで子供を産み続けろだなんて事を……」
「うーわ、やっぱコレもビンゴかよ……」
俺の隣で、レオールが額を押さえて嘆いている。ゲラートは大きな溜め息を吐いているし、フェルに至っては怒りで魔力が渦巻いて、毛先が浮かび上がっていた。
……かく言う俺も、はらわたが煮えくり返りそうなんだがな。
すっかり青褪めてしまったロミアを早く休ませてやる為に、俺は彼女に最終的な結論を出す。
「……そこで俺は両家の疑いを纏めた書簡を、教会に届けさせた。貴女とデリスの婚約は、そう遠くない内に正式に破棄されるだろう」
「そして、アリスティア家にはロミア様への長年に渡る虐待と監禁の罪で〜……」
「パレンツァン家に関しては計画段階で企みを阻止出来たが、君に非人道的な扱いを企てていた旨は、オレらの方から伝えさせてもらってるぜ」
「この件が両家の耳に入れば、ロミア嬢に身の危険が降り注ぐ危険がある。せめて教会からの返事が届くまで、貴女を我が国で保護させてもらいたい。……受け入れてもらえるだろうか?」
彼女にとっては、これまで信じてきたものや価値観が覆されるような、あまりにもショッキングな話だ。
「……お世話になります、ジュリウス陛下」
彼女は一筋の涙を流しながら、それでも現実と立ち向かう決意を固めた。
その意思に報いる為にも、俺は戦うと誓おう。
ロミア……お前をもう二度と、独りぼっちにさせない為に……。
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