第4話 誕生日パーティーの裏側
ロミアがパーティー会場を追い出される、ちょうどその頃。
各家への挨拶回りをしていたアリスティア家当主のダリオスは、今夜のパーティーの主役であるデリス公爵令息の元へ、大慌てで駆け付けた。
何やら騒がしいとは思っていたが、まさか自分の娘がパーティーに紛れ込んだ不審者扱いされているとは、予想だにしていなかった。
警備を務める公爵家の騎士達に引きずり出されていくロミアは、父のダリオスに必死に助けを求めていた……が、公衆の面前で手を差し伸べる訳にはいかない。こんな目立つ状況で彼女がアリスティア家の関係者だと知られれば、変な噂が立つに決まっているからだ。
今日のロミアはまだ見られる格好になっていた……はずだったのだが、普段から見目麗しい淑女達を見ているデリスからすれば、ロミアは色とりどりの宝石の中に紛れた鉄クズでしかなかった。
それに気が付かなかったのは、普段から薄汚れた格好のロミアを見続けていたダリオスや、長女のダリアの感覚が麻痺していたからだろう。
結局はダリオスもダリアも、パーティーが終わるまでロミアとは他人のふりをし続けていた。
けれども、ロミアがダリアに付き従っていた様子を見ていた者は居るはずである。後からロミアとの関係性が発覚して、公爵家との仲に亀裂が入るのもよろしくない。
ダリオスはパーティーがお開きになってから、改めてパレンツァン公爵と子息のデリスに顔を出す事にした。
*
「おやおや、アリスティア伯ではございませんか。貴公も雪が積もる前に、お早く帰路につかれた方が良いのでは?」
「ご機嫌よう、パレンツァン公。改めまして、本日はとてもめでたい日でありましたなぁ、デリス殿! ところで──」
と、会場である大広間から、他の貴族達が出払ったのをちらりと確認するダリオス。
「今日のパーティーの序盤、妙な小娘がつまみ出された件がありましたが……誠に申し訳が無い。あの娘は、我が一族の末端であった夫婦の遺児でしてな。悲惨な事故だったので哀れに思い、我が家で引き取ったのですが……」
「あの時の小汚い……ンンッ、失敬。アンティーク風のドレスを着た女性が、本当にアリスティア家の関係者だったとは……」
ダリオスの言葉を聞いて、目を丸くしたデリス。
隣に立つパレンツァン公爵も、デリスほどではないが驚いているようだった。
「あの娘は幼い頃から身体が弱く、このような場に出る機会が無かったものでして……。ここ数年でようやく人並みの健康体になったので、娘のダリアの付き人として経験を積ませてやろうと思ったのです。……しかし、あのような形で素晴らしいパーティーに泥を塗る事になってしまい、何とお詫びすれば良いものかと」
大きな嘘と、少しの真実を織り交ぜつつ語るダリオス。
その言葉を聞いたパレンツァン公とデリスは、互いに意味深な視線を交わす。
「……あの女性は、アリスティア家の遠縁の娘なのですね?」
「え、ええ……」
改めてロミアの出生を尋ねるパレンツァン公に対し、ダリオスは戸惑いながらも頷いた。
「失礼ながらアリスティア伯、貴公の領地は近年作物の不作が続き、財政が厳しいと聞き及んでおります。そこで一つ提案なのですが……アリスティア領の立て直しの資金援助と、近々決定する姫付きの護衛騎士に、そちらのご令嬢を推薦させて頂きたいのです」
「そっ、それはこちらにとって、大変ありがたいお話ですが……」
「その代わりに、件の娘を我が息子の後妻にお迎えしたい。悪い話ではないでしょう?」
邪魔なロミアを差し出せば、公爵家からの援助とダリアの明るい将来が手に入る。願ったり叶ったりだった。
ロミアのドレスがボロだったのも、伯爵家に侍女が一人しか居ないのも、全ては領地の経営難が原因なのだ。悪魔の子であるロミア一人に使ってやるような金の余裕など、全く無かったのである。
……しかし、ロミアの加護は得体の知れないもの。
伯爵家と同じ《炎の加護》を求める公爵家に嫁がせたとしても、生まれた子供が《炎の加護》を授かるとは限らないのだ。
ダリオスがどうしたものかと黙り込んで悩んでいると、パレンツァン公が声をひそめて、耳元でひそひそと囁いた。
「……貴公が今すぐにでも【命の誓い】を立てて下さるのでしたら、そちらへの資金援助はお望みの額を確約致しましょう。如何ですかな、アリスティア伯?」
「……っ、その約束……決して
「ええ。文字通り、この命を懸けますとも」
いつの間にかびっしょりと汗をかいていたダリオスの額から、ツーッと汗が流れ落ちる。
その後、アリスティアとパレンツァンの両家当主は、別室で【命の誓い】を交わした。
【命の誓い】とは、その契約の内容を破った瞬間、命を落とす事になる魔術的な契約だ。
その内容は、こうだ。
『アリスティア伯爵家当主ダリオス・ジュード・アリスティアは、ロミア・ロゼリア・アリスティアをデリス・イル・パレンツァンの妻とする事。
並びに、パレンツァン公爵家の秘密を外部に漏らさない事。
パレンツァン公爵家当主セリオール・エル・パレンツァンは、ロミア・ロゼリア・アリスティアを一族に迎え入れる引き換えに、パレンツァン公爵家への希望額通りの資金援助、及びダリア・ガーベラ・アリスティアを王女付きの護衛騎士に推薦する事。
並びに、アリスティア伯爵家の秘密を外部に漏らさない事。
これらを双方、又はどちらか一方が
この契約によって、一夜にしてロミアとデリスの婚約が成立する事となったのだった。
両家の当主が自らの命を賭してまでこの婚約を取り決めたのには、理由があった。
アリスティア家は、資金援助とダリアの出世の為に。
そしてパレンツァン家は……《炎の加護》を持った男児を得る為に。
その為にダリオスは、ロミアが暫定的には実の娘であり、《炎の加護》を持っていない事──もしかしたら、妻のマリゴルドが不貞を働いている可能性を打ち明けた。
それを聞いたパレンツァン公は、公爵家の数代前の当主が血脈を裏切ったせいで、《炎の加護》以外を持つ子も生まれてしまう血筋になってしまった事を明かしたのである。
運が良ければ、望んだ男児が生まれるまで
だが生まれたのが女児だったり、炎以外の加護だったなら……その子供は殺して、また次の子をロミアに産ませる……。
……これからパレンツァン家へ嫁ぐロミアには、毎日のように子作り漬けになる日々が待ち受けているのだ!
ダリアのような真っ当な生まれの令嬢に、こんな過酷で非道な扱いをする訳にはいかない。それこそ【命の誓い】を立てなければ、実家に逃げられて秘密を暴露されてしまう危険があった。
だからこそ、まともな実子扱いをされていないロミアという存在が、公爵家にとってはとても都合の良い母体だった。娘を差し出す側のダリオスとしても、一切の罪悪感が無い取引になるからだ。
このまま一生嫁ぎ先も見付からないと思っていた娘を手放すだけで、ダリオスとしても余りあるメリットがある。
こんな形で資金援助が得られるのだから、あれから十九年経った今、ようやく
「ロミア嬢……でしたか。彼女はダリア嬢には遥かに見劣りする娘でしたが、薄暗いベッドの上では些細な問題ですかね?」
「ハハッ、違いありませんなぁ!」
そう言って笑い合うデリスとダリオスの姿を、姉のダリアは黙って眺めていた。羽根の付いた扇子で、ニンマリと弧を描く口元を隠しながら……。
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