第3話 大切な宝物なんです
それから私は、ジュリと名乗った彼の乗って来た馬車の中で、家の名前を伏せて事情を話した。もちろん、無闇にこの話を言いふらさないようにと約束をして。
自分は貴族の生まれだけれど、一族とは異なる加護を持っている事。
騎士になった姉と違って病弱に生まれ、子供の頃からほとんど家の中で引きこもって暮らしていた事。
そして、家の評判を落とさない為、自分は親戚の子という扱いにされている事。
決して良い待遇だとは言えないけれど、貴族の子として生まれたからには、家の為に生きなくてはならない。
ダリアお姉様は騎士の子として、長女として立派に生きている。
なのに私は、騎士にもなれず、表立ってアリスティア家の実の娘として名乗れない。義理の娘にはなったものの、政略結婚に使うにしても、加護が違うという秘密があるせいで簡単にはいかない。ハッキリ言って役立たずなのだ。
姉妹で扱いが違うというのは、不平等だと思われるかもしれない。私だけが、家族と違う加護を授かっていたのが悪いのだから。
「……それは、あまりにもむごい話だな」
「私から見ればそうかもしれませんが、両親からしてみれば、こんな娘が生まれなければ全て丸く収まっていたんです。私なんかが、生まれなければ……」
「あまり自分を卑下するな。……俺は、ロミア嬢が生まれなければ良かったなどとは思わない」
「ふふっ……ありがとうございます。ジュリ様は、とてもお優しい方なのですね」
「……いいや、誰にでも優しくする訳じゃないさ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。それにしても、ロミア嬢を会場から追い出した男も問題だ。うちの領土ほどではないにしても、こんな寒空の下に女性を放り出すとはな」
私の話を聞いたジュリ様は、まるで自分の事のように親身になって話を聞いて下さった。
それにやはり、彼はどこかの領地を治める貴族であるらしい。それも、寒さが厳しい所。これまで見かけた事の無い殿方だから、アリスティア家との関わりは薄い家なのだと思う。
「ところでジュリ様は、デリス様の誕生日パーティーに出席なさらなくてよろしいのですか? もうとっくに始まってしまっていますが……」
「別に構いやしないさ。元々、少し顔を出したら帰るつもりでいた。向こうにも遅参する旨は伝えてあるしな。それよりも、貴女をどうするかの方が優先だ」
「私を、ですか……?」
「パーティーが終わるまで、貴女の父君と姉君は戻って来ない。となると、家に帰る事も出来ないんだろう? それなら、もうしばらくこのまま、貴女と話をしていたい。……勿論、ロミア嬢が嫌でなければだが」
「嫌だなんて、とんでもありません!」
私が慌ててそう言うと、ジュリ様は嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、今度は貴女の好きな事の話を聞きたい」
「好きな事、ですか……。それでしたら、まずは……昔、お友達に貰った絵本でしょうか」
「絵本? それはどんなものだ?」
「群れからはぐれて独りぼっちだった子供の狼が、人間の子供と友達になるんです。その狼が大きくなって、人間の村を盗賊から救うお話なんです。けれども狼は、その強さを恐れた村の大人達に撃ち殺されてしまって……。その狼の幽霊が怨霊となって、友達だった子供を呪ってしまう。可哀想なお話なんです」
「……それが、ロミアにとって大切な絵本なのか?」
「はい。絵本の内容はとても悲しい物語ですけれど、村の大人達が狼の事を受け入れてあげていれば、あの狼は村の守り神になっていたんじゃないかと思うんです」
「……そうか」
「それに、その絵本をくれたお友達も、私にとっては大切な宝物なんです。今はもう、顔も声も忘れてしまうほど遠い昔の思い出ですが……。あの絵本だけは、今も大事にとってあるんですよ」
「……きっと、その絵本を譲った少年も、それだけ大事にしてもらえれば嬉しいはずさ」
「そうだと良いですね。あの子も元気にしていると良いのですけれど……」
それからまた、ジュリ様と色々な話をした。
ジュリ様が日頃から鍛えている事や、私が本が好きな事だとか、それはもう沢山お喋りをした。今日初めて出会った相手とは思えないほど、ジュリ様にすっかり気を許して話し込んでしまった。
そうしているうちにパーティーはお開きになったようで、続々とパレンツァン邸から紳士淑女が出て来る様子が見えた。雪が本格的になる前に帰ろうと、次々に馬車が公爵邸を経っていく。
「申し訳ありません、ジュリ様……! 私のせいで、ジュリ様がパーティーを欠席する形になってしまって……。私、どうお詫びをすれば良いか……!」
「構わないと言っただろう? この後、挨拶だけでもして帰れば良いさ。それより、貴女の父君と姉君はまだ見えないのか?」
「……そのようですね。どうしたのでしょう?」
更に時間を置いて待っていると、ようやくお父様達が戻って来た。
「さあ、そろそろ戻ると良い。俺はこれから、パレンツァン公とその嫡男に会ってこよう」
そう言って、ジュリ様は先に馬車を降りると、私の手を取ってエスコートして下さった。
「長い時間お付き合い頂き、ありがとうございました。また何かご縁がありましたら、改めてお礼をさせて下さいませ」
「そうだな、また今度。それまでどうか、ロミア嬢が健やかでありますよう」
そうして、私はジュリ様とそこでお別れをした。
急いでお父様とお姉様の元へ向かうと、お父様の様子がおかしい気がした。
今思えば、あの時にパレンツァン公から私とデリス様の婚約話が挙がったのかもしれない。
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