第2話 お姉様は自慢の娘……それなら私は?
その日、パレンツァン邸では長男であるデリス様の二十歳を祝うパーティーが行われていた。
シルリス王国では、二十歳の誕生日というのは特別な意味を持つ。初代王のルシアド様がこの国を建国したのが、二十歳であったかららしい。
故に、この国で二十歳を迎える王侯貴族の男児は、盛大に二十歳の誕生日を祝う風習がある。
我がアリスティア家からは、お父様とダリアお姉様が代表してパーティーに出席する。
ダリアお姉様は、お父様譲りの高身長で手脚がすらりと長く、凛とした美しい女性だ。私より二つ歳上の二十一歳で、輝くような金髪を綺麗に一つに纏め上げて、《炎の加護》を持つ一族に相応しい赤い瞳が周囲の男性達を虜にしていた。
騎士になる為に王都の騎士学校へ入学し、そこで出会った貴族出身の騎士の男性に見初められ、婚約も決まっている。
お父様も、ダリアお姉様が立派に育って、「我が家の自慢の娘だ」と周囲に紹介していた。
……当然、私はその“自慢の娘”として紹介される事は無い。
遠縁の親戚の子として、そしてダリアお姉様の義理の妹として、お姉様の身の回りの世話をする為についてきた付属品なのだ。
私が着ているドレスも、お母様が若い頃に着ていたという流行遅れの古いドレスだった。お母様に似て少し小柄な私が着ると、実年齢よりも幼く見える気がする。
「……ねえ、ロミア。小腹が空いてしまったから、料理を取ってきてちょうだいな」
お姉様が、さも当然という風に命令してくる。
「はい、ダリアお姉様」
けれども、実際それが当然なのだ。
学校を卒業したお姉様は立派な騎士様で、婚約者も居る素敵な淑女。まるで、宝石のように美しい人だから。
なのに私は、本を読んだり、その内容を試したりするのが趣味の地味な娘だ。今日はお父様から「身嗜みに気を付けろ」と言われて、お風呂の残り湯で身体を磨いたり、自作の髪油で手入れをして、普段よりはちょっとだけマシな見た目にはなったと思うけれど……。
それでも皆の視線は、一段と美しいダリアお姉様に集中していた。
家族で一人だけ違う加護を持つ私は、家の評判に関わるからと、滅多に家の外に出してもらえない。
しかし、そうしなければならないのが貴族社会のルールだ。もしも私が違う加護を持った子だと知られれば、アリスティア家の名に泥を塗る事になる。
家の評判が落ちれば、我が家が治る領土も、領民達までもが馬鹿にされてしまうだろう。それは当然、お母様の実家であるエルシュ領にも及んでしまう。
だから私は、お姉様の影として生きるしかない。こうしてお姉様の付き人として、華やかなパーティーに連れて行ってもらえるだけでも、充分幸運なのだ。
立食形式のパーティー会場のテーブルには、美しく盛り付けられた大皿の料理が並んでいた。
どれも食べた事のないような品の数々。パレンツァン家の料理人の腕前はもちろん、それらの豪勢な食事をふんだんに振る舞う財力の凄さが見て取れる。
私はお姉様に言われた通りに、取り皿に少量ずつ料理を盛っていく。ダリアお姉様はお肉を使った料理が好きだから、それを選ぶのも忘れずに。
そうしてようやく無事に盛り付けたところで、背後から声が掛けられた。
「……レディ、少しお尋ねしても良いかね?」
振り返ると、そこには凛々しい顔立ちの男性が居た。長い黒髪を後ろの方で束ね、品のある礼服に身を包んだ青年だった。
彼は、私の姿を頭の先から爪先まで、じっくりと観察してから口を開く。
「君の名は……招待客のリストにあったかな?」
招待客……?
この男性の口からその言葉が出るという事は、彼が今夜の主役であるデリス・パレンツァン様なのかしら。開会の挨拶の時には人混みのせいでお顔が見えなかったけれど、聞き覚えのある声だった。
しかし、続けて彼の口から発せられたのは、あまりにもショックな内容だった。
「僕の記憶には、君のような粗末な格好をした淑女の知り合いは、居なかったはずなのだがね」
彼がそう言うと、会話を聞いていた他の人々がクスクスと笑うのが聞こえた。
確かにこのドレスは古いものだし、長年手入れもされていなかったから、私がどうにか繕って用意したおんぼろドレスだ。うちの屋敷に一人しか居ない侍女は、私の世話をしない。なので、パーティー用に髪をセットしたのも自分だった。お化粧はお姉様が使い終わった物をかき集め、辛うじて使えそうだったわずかな残りで工夫した。
私なりに、精一杯のお洒落をしたつもりだった。だというのに、それを目の前の男性は“粗末な格好”だと斬り捨てた……!
かぁっと頬が熱くなって、悔しさと恥ずかしさで視界が滲んだ。それでも、ダリアお姉様は無言で口元を扇子で隠し、こちらを冷たい目で見詰めるだけだ。
「……わ、わたし、は……アリスティア伯爵家の……」
「このようなみすぼらしい娘が、あの騎士の名門の家系であるアリスティア家の出であるはずがないだろう! とんだ侮辱じゃないか! おい、誰かこの娘をつまみ出せ!」
「お、お待ち下さいっ! 私は、私は……」
それ以上の事を言うよりも早く、私は駆け付けたパレンツァン家の警備員に取り囲まれ、拘束された。ガシャン! と音を立てて、私が持っていた皿が割れる。
待って、違うんです、助けて……と繰り返しても、お姉様は不干渉を貫いた。挨拶回りをしていたお父様は、騒ぎを聞き付けてやって来た。しかし、不審者として摘み出されようとしている私を見て、不機嫌そうに顔を歪めるだけだった。
*
それから私は、ちらちらと雪が降り始めたパレンツァン邸の外に放り出された。
「……パーティーが終わるまで、ここでお父様達を待っているしかないわね」
ここからアリスティア領までは遠い。とても徒歩で帰れる距離ではなかった。
肩や首元が露出したドレスを着たままでは風邪を引いてしまうから、伯爵家の馬車の中で寒さを
とぼとぼと馬車が停まっている場所まで歩いていると、頬を涙が伝っていった。人前で派手に泣かなかっただけ、まだマシだったと思う。
それでも今の自分があまりにも惨めで、情けなかった。どうして私は、お姉様のような子に生まれてこなかったのだろう。私が普通に生まれていれば、デリス様にあんな酷い事を言われなくても済んだかもしれないのに……。
すると、遠くの方から車輪が転がる音と、馬の足音が聴こえてきた。
俯いていた顔を上げると、向こうから白馬が馬車を引いて走って来るのが見える。パーティーに遅れてやって来たのだろう。
通行の邪魔になってはいけないと道を横にずれると、何故か私の横を少し通り過ぎたとろこでその馬車が止まった。
その馬車は我が家のものより数段上質であろう事が窺えて、そこから降りて来た人も、まるで絵本に出て来る王子様のように麗しい男性だった。
「……何故、着飾った女性が、こんな夜道に一人で居るんだ」
心地良い、発音の良い低い声。
空から降り注ぐ雪のように真っ白な髪に、見詰めているだけで思わず吸い込まれてしまいそうになるスミレ色の瞳。
彼はその細く、けれども男性らしい無骨さのある指先を、少し躊躇いがちにこちらに伸ばした。
「……きっと、何か理由があるのだろう。俺で良ければ、話を聞かせてほしい。無理にとは言わないが……貴女の心の負担も、少しは軽くなるかもしれないからな」
「ありがとう……ございます」
私は、気が付いたら彼の手を取っていた。蝶が香りに誘われて、花の蜜を吸おうと引き寄せられるように。
「私……私は、ロミアと申します」
「俺の名は……そうだな。ジュリと呼んでくれ。さあ、外は冷えるだろう。ひとまず、これを
そう言って、彼は身に付けていた
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