冬幻郷の花嫁は今日も魔術塔に入り浸っています 〜ひきこもり令嬢と氷獣の帝王の幸せな略奪婚〜
由岐
第1話 私は悪魔の子なのですか?
この国の貴族間では、同じ属性の加護を持つ家同士でしか結婚出来ないルールがある。
例えば、《炎の加護》を持つ者は《水の加護》を持つ者とは結婚出来ない。
反対に、両者が同じ《炎の加護》を持つ者同士ならば許される。
──そして私は、これから大嫌いな人の妻になる。
彼の名前は、デリス・パレンツァン。
《炎の加護》の家系であるパレンツァン公爵家の長男で、整った顔立ちと紳士らしい振る舞い……。社交界では淑女達からの人気の的だ。
それに加えて、パレンツァン家は古くから続く名家であり、政治的な権力も強い。彼とお近付きになりたい若いレディは、まさに星の数ほどといったところだろう。
……私からしてみれば、あんな仕打ちをしてきた人のどこが紳士なのかと思うけれど。
対して私、ロミアが生まれたアリスティア家はというと、彼の家と同じ《炎の加護》を受け継ぐ伯爵家である。
先祖から脈々と継いだ加護の力を活かし、今もなお、代々王家に仕える騎士として活躍してきた歴史があった。けれどもアリスティア家は、公爵家のように政治に口出し出来るほどの権力があまりない。
そんな公爵家と伯爵家が、何故婚姻を結ぶ事になったのか?
それは、デリス様の前妻が子宝に恵まれず、昨年急死したのが原因だった。
シルリス王国の王侯貴族には、同じ加護を持つ者同士でしか結婚出来ない
古くから“一つの尊き血脈には、一つの尊き加護”という考え方があり、先祖代々その掟を守る事が一族の誇りとされてきた。
我が家は
……けれども奇妙な事に、私の持つ加護は炎ではなかったのだ。
お父様はアリスティア家の《炎の加護》持ちで、お母様はルシアド家の《炎の加護》持ちだ。
そうなれば、代々その血を守ってきた両親の間に生まれるのは、親と全く同じ加護を持った子供のはずだった。現に、私の姉であるダリアお姉様もそうだった。
なのに私だけ、お父様もお母様も知らない謎の加護を持って生まれてきてしまったのだ。
そのせいでお母様は、私が十九歳になった今でも、お父様から浮気を疑われてしまっている。「どうしてダリアはちゃんと《炎の加護》を持って生まれてくれたのに、何故あなたの加護は違ってしまったの……?」と母が呟いた回数は、両手両足の指の数を遥かに超えていた。
そんな私の扱いは、私が《炎の加護》持ちではなかったと判明した日から【両親を事故で亡くした遠い親戚の子供】という設定にされた。
お父様とお母様は、そんな可哀想な親戚の子を引き取った、慈愛溢れる貴族である……と。
実際のところ、お母様が本当に浮気をしていないのかどうかは、私には分からない。
……私としても、これはあまり積極的に知りたい話でもないのだけれど。
そして、どうして伯爵家と同じ加護を持つはずのパレンツァン家が、私を迎え入れる事に決めたのか?
何故なら、パレンツァン家にも重大な秘密があったからだ。
「そ、それは……それは本当なのですか、お父様……!」
「何度も言わせるな! ……パレンツァン家は、血脈を裏切る者。我が家への援助と、お前の姉を王女付きの騎士にするよう取り図るのと引き換えに……公爵家の秘密を守り、お前の身を差し出す事。ロミア……それだけでしか、お前は我が家の役に立てないのだ!」
そう……パレンツァン家は、何代も前に違う加護を持つ娘を妻に迎えていたのだ。
異なる加護を持つ者同士が結婚する事は、先祖の血脈を裏切る事。そうなってしまったパレンツァン家の者からは、
「お前は得体の知れない加護を持って生まれてしまった、我が家の血脈を裏切る悪魔の子……。そんなお前でも、女として生を受けたのだ。跡取りとなる《炎の加護》持ちの男児が生まれるまで、パレンツァン家の息子と子作りに励むのが、お前に与えられた唯一の役目なのだ!」
「《炎の加護》持ちの男児が、生まれるまで……?」
もしも、別の加護を持つ子が生まれたら?
もしも、《炎の加護》を持って生まれても、それが女の子だったら?
もしも、無事に男の子が生まれても、その子が病気で亡くなったら?
そんなもしもが、ぐるぐると頭の中で駆け巡る。
いったい私は、何年あの人と子供を作り続ける事になるのだろう。
別の加護を持って生まれてきた子供は、幸せになれるのだろうか?
それにパレンツァン家が血脈を裏切る者だとして、長男だとされているデリス様は、本当に長男としてこの世に生を受けていたの……?
……お父様は言っていた。
血脈を裏切る悪魔の子は、赤ん坊のうちに殺されていてもおかしくない。お前を生かしてやっただけ、有り難く思え……と。
……それじゃあ私は将来、もしかしたら自分の子供を見殺しにする事になるのでは?
それと同時に、最近はお父様からの扱いが変化していた事に納得してしまった。
いつもなら温かいお風呂に入れてもらえる事も、侍女に髪を手入れしてもらう事も、お母様のお古だけれど綺麗なドレスを与えてもらう事も無かった。
けれどもそれらは全て、私がパレンツァン家に嫁ぐ為の下準備だったからなのだ。
「さあ、もう荷造りは済ませてある。外に馬車を待たせているから、とっととドレスに着替えてパレンツァン領へ迎え!」
「い、今から公爵家に向かうのですか? それに私、デリス様と上手くやっていける自信なんてありません……!」
「いいから、女のお前は黙って私の命令に従っていろ! デリス殿は公爵家の生まれではあるが、血脈を裏切る家系の子なんだ。きっと、お前とお似合いの良い夫婦になる事だろうよ」
「そんなっ……!」
私は、されるがままに身支度を整えられた。
お父様もお母様も、私の見送りには来て下さらなかった。ダリアお姉様は今頃、王都で王女様付きの騎士になる為に励んでいるのだろうか。
……それから私は、馬車の中で一人、泣いていた。
脳裏に浮かび上がるのは、三ヶ月前のあの日……デリス様の誕生日を祝うパーティーで、雪の降るパレンツァン邸に向かった時の出来事だった。
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