第18話 罪悪感が弾けて、消えて、それで。


 高校から真っ直ぐに歩き、最寄りの駅へ。そこから数駅揺られ……時雨が天月 カグレとして働くZweiへと到着する。


 人が多く行き来する、東京のオフィス街に建つ株式会社『Zwei』 全7階建ての大型ビルであり、首を上にあげると赤く染る夕焼けが時雨の目を萎ませる。



 会社にはオーディションの時と配信の機材を借りる為に何度かは来ていたが──時雨、パッシブスキル『都会ごちゃごちゃしててわからんくね?ラビリンス』が発動している都合上、それなりに時間が掛かりながらも何とか到着した。


 別に時間とかは指定されていた訳じゃないし……大丈夫だと思うけど。うん、でも、まぁ、お説教をされに来る身としては充分失格だと思うよね……



 そんな時雨はZweiによそよそと影を殺して入り、まるでどこかの高級ホテルのロビーのようなエントランスを通る。そしてエレベーターに乗って3階へと向かった。


 上手い具合に時雨の歩行技術が噛み合い、誰にもバレずにここまで来れた。



 あと少しで会議室。……お説教が待っている。

 そう思うと1歩1歩の足取りは遅く、重い。


「────オーイ。シグシグぅ~~」


 すると、時雨の事を珍しいあだ名で呼ぶ先輩VTuberこと、春夏秋冬 ひばり……の四季さんがどうやら待っていてくれたようだった。


「あ……っ。どうも、」


 実際に会うのはこれで二度目。何度か連絡は取っていた間柄ではあるけども、今の時雨は四季さんのアドバイスを全て無下にしたという目を背けたいほどの罪悪感でいっぱいである。


 ここでヘッチャラな顔で会えるほどの強心臓ストロングハートを時雨などが持っているはずも無く、結果まともに目を合わせて話す事すら出来なかった。




「ま、きのーは配信見てたけど……まぁ、ドンマイだよ。大丈夫大丈夫、こういうのは時間が解決してくれるから!だから数ヶ月の我慢で、笑って話せるくらいの思い出話になるはずだよー」


 四季さんはいつも通り、明るく時雨を迎えてくれる+先輩らしく励ましの言葉を掛けてくれるが………うぅ、申し訳なさが半端では無かった。



 そんなこんなで、少しの会話(←ほとんど覚えてないけど)の後、佐々木さんの待つであろう会議室へ四季さんに連れられながら無理くり踏み入るのであった。


 ☆☆☆


「あ………っ。どうも、佐々木さん」


 時雨は部屋に入って流れるように床へ正座し、誠意を見せる。土下座をしようとも思ったが、流石に四季さんに止められた。


 が、そんなの露知らず……顔を鬼の形相に変えながら仁王立ちで待ち構えていた 佐々木さん。


「随分……遅かったわね。高校が終わったら直ぐにZweiへ来るようにと連絡した筈だけど?どこかで寄り道でもしてたのかしら?」


「いえ。えっと、はぃ。すみません」

「“すみません”では済まない状況に自ら追い込んだって自覚はあるのかしら?」


 淡々と冷めた言葉を浴びせる佐々木さん。その一つ一つの言葉にダメージを受けつつ真摯に聞く。


「まぁ、ここに遅く来たって言うのは一旦見逃しましょう。それよりも………これからどうするつもりなの?」

「えっと……それは、どういう─」


「─────勿論、天月 カグレとしての“VTuber人生”のことよ」


「っ……」


 気付くと、目の前まで迫る佐々木さん。そこから感じる真剣さと凄み。それに気圧される時雨。


「私は別に……貴方が放送事故を起こしたことは特に気にしていません。だって貴方はまだまだ未熟の新人VTuber金の卵で、沢山失敗するものだし、沢山経験するものなのよ。それにね……これでも私の1番期待する1番推しなVTuberなんですからね」

「さ、さ、佐々木…さん……っっ」




「──ただこれだけは許せないことが1つあります」


 そう言うと、佐々木さんは手早くスマホを操作しその画面を見せてくる。




『天月 カグレ 何してんだー』

『あの配信で伝えたかったのは結局なんだったんだろうね?理解し難いな』

『分かんね(笑)』

『まぁ、普通に放送事故やしな。面白いね』

『カグレの切り抜き見たか?』

『見た見た、視聴回数半端ないのが驚き!』

『でも、どーするんやろね天月 カグレ。せっかくビジュが良いVTuberだって期待してたのに』

『それな~1日経っても何の音沙汰無いし、、』

『もしかしたらこれで終わりとかは無いよな?』

『ワンチャンある!』

『⬆ねーわ!』

『頼むー、何でもいいから反応してくれ 天月 カグレぇぇぇぇー』




 ──それは天月 カグレの放送事故、その瞬間の切り抜き動画のコメント欄。そんな狭い狭い場所で昼夜繰り広げられている天月 カグレ考察会話だった。


「このコメントは、貴方の配信を視聴して下さる視聴者様が天月 カグレ貴方に対して求めている事です。まぁ、ほんの一部の意見ですがね」


「あ……あぁあ!!」


 罪悪感が時雨の中で弾ける。

 元から弱弱のザコザコの時雨の心は遂に限界を迎えたのだった。


「時雨さん。貴方は昨日配信が終わってから何かしましたか?少しでも反応を見せましたか?VTuberとしての誠意を見せましたか?──してないでしょ?

 これはね、Zweiの配信者だからっていう問題じゃないんですよ、人様に見せる仕事を自ら選択した人間にとって常識的なことなんですよ」


 佐々木さんの冷めた言葉は……いつの間にか熱い言葉に変わり、一つ一つが時雨の心臓ハートを波打たせる。


「…………………何もしませんでした。

 視聴者さんのことよりも、自分の事だけでいっぱいいっぱいで……視聴者さんのこと、全然考えていませんでしたっっっっっ!!!」


 気付くと涙が溢れてた。

 自分の仕出かした失敗、それを全て放ったらかしにし、人任せにし、考えるのを辞めていた自分。その全てが許せなくて、VTuberとしてオワっていることに。


「時雨さん…………家に帰ってからやる事は決まりましたか?」


 その佐々木さんの問。

 それは最初で最後のラストチャンスという意味合いが込められているのだろう。


「はい。家に帰ったら直ぐに配信します。今後のことも全て言おうと思います!なんなら直ぐに告知します!!!」

「そう。分かったわ。なら任せる、自由にしなさい。

 でも忘れないで、どんな困難が待ち受けていようが、迷わずに我が道を突き進みなさい。それが貴方の……天月 カグレとしてのウイニングロードなんですから!」




「──────────はい!」


 時雨はその言葉に、直ぐに立ち上がる。そして自分の家へと……………配信場所へと、カグレになる為に走り出した。



 今の時雨に、迷いは無い。ただ自分の成すべきことを全力でやるだけだ!






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