第三章 カグレが煽り系に至るまで……

第16話 時雨は考えるのをやめたい


「…………っっ」


 プレミアム配信。ギリギリまで天月カグレの情報をひた隠し、視聴者に多大な期待を持たせ………結果、盛大にやらかす。


 配信中、まともにカグレの自己紹介すら出来ず……今回の配信で発表するようにとZweiに言われていた新イベントの説明も出来なかった。


 ……結局、ボイスチェンジャーの設定ミスも直すことすら出来なかったし、一人称の“ワイ”もそのままだったと思う。


 あの時は本当に気が動転していて、やる事全てにファッ!?という感じだったのだ。上手く言葉に言い表せないのが申し訳ないけども。



 そんな感じに、天月カグレの初配信は全てが後手後手に回って終了した。視聴者を散々に掻き乱し、期待を裏切り、イメージを木っ端微塵に破壊し、これまでの準備を全て無下にした。


 完全に放送事故であり、コメント欄やTwitterは天月 カグレ新しい玩具の誕生に、荒れ狂う大海原の様に荒れた。そしてこの日の出来事は“伝説の放送事故”としてVTuber業界に永劫語り継がれることになるのであった。


 ☆☆☆


 翌日。時雨の通う高校『都立 星の夜空女学園』にて

 可愛らしい制服姿を身に纏い、後方窓側のベスポジですっと黄昏れる1人の美少女──雅坂 時雨。


 傍から見れば、美少女と赤く染る夕焼けのコントラストはとても絵になる一枚だと言える。


 が、内心で時雨を見ると……


 あぁ~~いいな、コレ。この何も考えずにただただぼーっとする感じ。今の状態だったら、昨日の大やらかしの事も上手く忘れられるかも。それに“考える”という行為をやめれるかもしれない。


 ────────今朝起きた時点でTwitterでは『Zwei 新人VTuber 天月カグレ。初配信にて盛大にやらかす!?』というワードがトレンド入りを果たしており、天月 カグレのやらかしの切り抜きが付属で添付された記事が多くの反響を呼んでいた。その影響でチャンネル登録者が昨晩の内に異常に増えていたり、今日 佐々木さんから緊急の呼び出しの連絡が入っていたり……まぁ、本当に色々とあったんだよね。( ´∀`)ハハハ



「はぁ…」


 どうやら完全に今の時雨は現実逃避モードに陥っているようだった。完全に目の活力は死んでおり、デバフ状態(全て虚無に思える状態)のようだ。



「ふぅ…… っ、」


 でも。

 どんなに怒られる事が怖くても…行かなきゃならない。前を向いて進む選択をしなければならない。


 それがVTuberという偉大な存在に自らの意志でなった責任である。人間として余りに不完全で社会不適合者の時雨であっても、人間としての常識は多少なりにも心得ていたのだった。


 ☆☆☆


 最後の授業があっという間に終わり、冷や汗を垂らしながらも直ぐに教室から出ようとした時雨。

 陰キャらしく、コミュ障らしく、目立たなく怪しまれず、静かにを意識し、平行に身体を滑らせて歩行する技術を時雨は持っているのである。



 ───が、


「あら、雅坂さん。今日はお早いお帰りですのね?」


 珍しく時雨を呼び止める一つの声。名前を呼ばれ、ビクつきながら時雨は振り向く。


「……!?」


 そこに立っていたのは…………クラスメイトの西園寺さいおんじ円香まどかさんであった。


 身長170センチぐらいのすらりとした良い体型ナイスバディに、整った顔立ち。髪は母親が外国の血を引いている為か、明るい茶髪は陽光の下では金色に輝く様に見える。見た目の可愛さはモデル並み。いや時雨流で言えばVTuber並に顔が整っていると言えた。


 更に文武両道で性格が良いというおまけ付き。

 は?完全に自分の上位互換でワロタなんですけど。


 このクラスの……いや、この学級のクラスカースド最上位に君臨する1人の西園寺さんが自分なんかに何の用なのだろうか?



「あ、えと……はい、今日はえっと……………用事があって。すみません」


 丁寧な言葉を意識しつつ、キョドりながらペコリと頭を下げる。この学園はかなり文化的で社交的な感じ←(よく分かっていない)を重んじる節度ある人間が好まれる学園。

 通称…お嬢様学校である。


 田舎出身でコミュ障、社会不適合者である時雨にとっては(゚Д゚)ええぇッ!?という感じだが、無難な学園生活をこれからも送る為には必要最低限のコミュニケーションが必要な事はここまでの学園生活で身に染みて分かっていたのだ。


「あ……ぐぶっ♡────────わ、分かりましたわ。すみません、呼び止めてしまって」

「あ!い、いえ、こ、声を…掛けてもらうだけでも…う、嬉しいですから」


 恐らくだけど、最近は初配信の準備などで時雨は残って勉強をしていた。その為、授業が終わって直ぐに帰ろうとする時雨を珍しく思ったのだろう。

 ……よく周りを見て気遣いをかけられる人なんだろうね。

 スゴすぎ…っと、心の中で西園寺さんの株が常に上がり続ける中。


「ぐぁ、ぐふぅ。ぐへぇっ…………………♡♡」


 西園寺さんは机に手をついて少したじろぐ。

 どうしてなんだろう、言葉の間にねっとりとした“何か”を感じた気がする?


 でもまぁ、多分 コミュニケーションは取れたのかな?

 西園寺さんの反応が普通なのか独特なのかは、よく分からないけど…


 取り敢えず、教室を後にした時雨は少し急ぎめで学園を出た。そして帰宅いつものルートでは無く、正反対の方向へと歩き出す。




 ──向かうは、Zwei。ここからが今日の大一番だ。


「行く………っかぁ、、」



 小さな情けない背中を一層小さく。そして狭く、心細くしながら時雨は歩くのであった。


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