第8話 初のオーディション
──これは天月カグレという煽り系配信者が生まれる…少し前の物語
春、都会らしいワラワラとした人盛りを物珍しそうに眺めながら…1人の少女がその地へ足を踏み入れた。
「こ、ここが…とうきょー、かぁ。でっかいーなぁ……」
可愛らしい声に少しだけ混じった方言……時雨である。
東北地方の過疎地域出身の──今年から高校生になる時雨な訳だが、見た目通りオドオドとしたネガティブ思考なのは相変わらず。
誰しもがそのギャップに驚愕するほどに……後の天月カグレになる人物とは思えない控えめな性格だった。
そんな時雨。ピカピカの紺とピンクのラインが織り混ざる 可愛さがキラキラに引き立つ“おNEW”の制服に身を包み、緊張と期待に胸を弾ませる。
「…………」
春の暖かなそよ風が、冷や汗を垂らす時雨を優しく包み込んでくれる……
「う……ぷぅ」
冷や汗…?え?
「うぅっ……人混み慣れないぃっ」
ここは東京。時雨にとっては不慣れな環境だ…それによって引き起こされた激しい人酔い。
時雨の東京デビュー初日というものは甘くスイーツのようなピカピカキャピキャピした物では無く、思い出したくも無い程、汗っぽく気持ちの悪い最悪なものだった。
☆☆☆
「ふぅ……開けるよ……」
息を整え、緊張した面持ちで時雨は1つの小さな封筒を手に取る。それは藍色の質素な封筒。そこには時雨の名前と、『
『Zwei』……、様々なエンタメを世間に幅広く発信する事業を行う会社で時雨が憧れるVTuber含め、数多くの有名インフルエンサーが所属する大手配信者企業だ。
そして今回。時雨は『Zwei』が力を入れて進めるプロジェクト “VTuberオーディション”にしれっと応募していたのであった。
時雨にとって、この会社でVTuberとしてデビューする。
それが時雨の最大の目標であり、東京にわざわざ受験先を選んで来た理由であった。そしてある配信者とコラボするのが最高の夢だった。
顔写真、趣味、特技、そして声……VTuberとして必要な要素を自分の強みとしてを全力で(書面上という形で)アピールした。顔はまぁ、( ・́∀・̀)ヘヘヘとした苦笑いの写真。趣味はVTuberの動画を一通り見ることで……特技はゲーム?かな。
多分、第一選考は突破するのでは?と、謎の自信を持ちつつも少しだけ強気になる時雨。
──それもそのはず。時雨は小・中学校ではずっと一人ぼっちだった。
別にいじめられてたり、コミュ障をこじらせ過ぎた訳でも無い。単純に、時雨の他に同級生が居なかったという……物理的な理由だった。
その為、実家では農作業を手伝うか……家でゲームをするか、VTuberの動画を無限に見るか…… のほぼほぼ3つをグルグルとループする毎日を過ごしていた。
結果……『極度のVTuberオタク』であり、かなりの『ゲーマー』。そして『農作業レディ』という特殊なアクティブスキルを習得してしまったのである。
まぁ、その影響で『コミュ障』と『人混みが苦手』というパッシブスキルを+αで取得してしまったのだけれど、
これは時雨の夢への第1歩。
初の『VTuberオーディション』 まだ書面上での1次選考って段階だけど。
「ふふふ、これでオーディションに合格して……颯爽と配信者界隈さ革命を起こす異端児……なんてね♪」という、あるかも分からない虚言を吐きつつも、それなりにガチで応募し、受かる気満々の時雨。
そして、覚悟を決めて1次選考の結果を覗く。
「あ…」
そこには大きな黒文字で『不合格』と、書かれていた。
それ以外にその紙に概要は無く、一言だけの信じられないくらいシンプルで、心が歪むほどに軋む文字であった。
「あ……ははは。そりゃあ……そうだよね。いくら主人公って言ったってね、私は私で平凡な人間だからね」
いずれ有名になるVTuberは初めならオーラが違う…という話がある。
たかだか、ゲームができるだけじゃお話にならない。
たかだか、VTuberを愛しているだけじゃお話にならない。
そんな人材、この会社には腐るほど居るし、簡単に集まる。厳選に厳選を加え、未来があると判断され、期待された人間。そしてオリジナリティがあって個性がある。そうしてようやく第一選考を突破する。
それ程までにこのオーディションは人気であり、倍率がえげつないのだ。
時雨だって多少の努力はしたし、夢に向かって一直線に取り組んで来た。だけど……まだ足りないって言うのだろうか?いや、単純に“全て”が足りないのだろう。
時雨の初のオーディションはオーディションをまともに受ける機会すらも与えられないまま幕を閉じた。そして現実の厳しさを身に染みて実感するのであった。
「あれ……」
泣きたい気持ちを抑えつつ、封筒を破り捨てようと思った。これから何度もオーディションを受けるとは思うけど、取り敢えずは一旦リセットをしたかった。
だけど、その前にまだ封筒の中に何かが入っていることに気付いた。
そこには────
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