ナビが案内した先は…

丁山 因

ナビが案内した先は…

 ヤスダと言います。

 俺は生まれも育ちも山口の宇部で、職場も宇部。普通の田舎者だけど、一度だけ不思議な経験をしたことがある。


 宇部は良いところだけど、大人が遊べるところはそんなにない。免許を取って車に乗るようになると、みんなだいたい九州へ遊びに行く。

 北九州の小倉は約60㎞、博多まで足を伸ばしても130㎞弱だから、ドライブには良い移動距離だ。

 俺も自分の車を持ってからは、九州へ遊びに行くようになった。ただ土地勘が無いから、よく道に迷うのが悩みの種。

 今はスマホがあるから便利だけど、俺が免許を取った当時はそんなものない。カーナビを付ければ解決するけど、付けるとなったら10数万から20万以上もする。

 俺の薄給ではちょっと手を出せる代物じゃない。ただ、その頃ポータブルカーナビってのが出回りはじめてて、これなら高くても5万くらい、安いものだと2~3万で手に入る。車のダッシュボードに固定して、シガーソケットから電源を取れば使えるから工賃も必要ない。

 ポータブルカーナビに狙いを定めた俺は、オークションサイトで手頃な商品を見つけ落札した。2年型落ちだったが状態は良く、付けてから数日は意味もなく宇部市内をナビさせて楽しんだ。


 変なことがあったのは、ナビを付けて初めて九州に行ったときだ。

 目的地は福岡ドーム。友達とソフトバンクの試合を見に行く途中、ナビが突然リルートして全然違う場所を案内しはじめた。高速の上で博多まではまだ遠かったから、異変にはすぐ気付いた。

 助手席の友達が「ヤスダこれ、やぶれ(壊れ)ちょるんじゃないか?」と言いながら設定し直してくれたが、何度も勝手にリルートする。ただ、福岡市内に入ると異常は収まり、福岡ドームまで順調に案内してくれた。


 それから九州へ行くたびにナビが勝手にリルートするようになった。

 リルートする目的地は毎回一緒で、福岡県内の山中さんちゅう

 確かに気味の悪い現象だったが、北九州市や福岡市の繁華街に入るとリルートは無くなるので、さほど気にせず使っていた。


 秋の連休が始まった日に、俺はまた博多へ遊びに向かった。関門海峡を越えてしばらく行くと、いつものようにリルートが起こる。その時俺は何を血迷ったのか「そんなに行けって言うなら一度行ってみるか」と思い、ナビの案内に従うことにした。

 着いたのは曲がりくねった峠道の何も無い場所。

 車一台がかろうじて通れるような細い道で、路面には細かな枝や葉っぱや小石が散乱し、タイヤが通るわだちにだけアスファルトが露出している。ガードレールも途切れ途切れで、地元の人ですら使わなさそうな道だ。

 ナビが示した場所にあった待避ゾーン(※細い峠道には自動車を交差させるための待避空間が一定間隔で設置されている)に車を停め、しばらく周囲を見回したが特に何もない。10分ほどうろうろして気が済んだ俺は、本来の目的地である博多へ向かおうとナビを設定した。

 車を動かししばらく行くと、再びリルートが起こる。俺は「またかよ。もう行ったじゃねえか……」とつぶやきながら停車してナビを見た。

 が、今度は目的地が違う。山を下った西にある久留米市の某所が設定されている。

 こうなったらとことん付き合ってみるか……と思い、再びナビの案内に従った。


 着いたのは久留米市街地から少し離れた筑後川近くの住宅地。古びた民家の前で案内が終わったので、車を路上に停めてしばらく辺りを観察した。案内された民家には誰かが住んでいる様だったが、さすがに声をかける度胸はなく、結局何もせず博多へ向かうことにした。すると不思議なことに、今度は何事もなくスムーズに博多へ案内してくれた。


 それ以降は勝手にリルートする現象が無くなり、普通のナビとして問題なく使えるようになった。


 そんな出来事から数年経ったある日、福岡県の山中から白骨化した男性の遺体が見つかったというニュースを目にした。現場からの映像を見た俺の脳裏に、以前案内された峠道の風景が突然よみがえった。あの場所で間違いない。

 遺体は久留米市に住む30代の男性で、長らく行方不明だった。殺害されて遺棄されたらしく、犯人はまだ見つかっていない。

 妙な胸騒ぎがした俺は警察に連絡し、捜査本部が置かれた警察署へ出向いた。

 もしあのナビが犯人のもので、犯行時に使われていたとしたら、一連の奇妙な現象と結びつく。冷静に考えればまともに相手するのも馬鹿らしいくらい突飛な話だが、対応してくれた刑事は俺の話をちゃんと聞いてくれた。そして、俺がうろ覚えながら案内された2箇所を地図で指し示すと急に顔色を変える。

 どうやら犯人か警察しか知り得ない情報に近かったらしい。

「ヤスダしゃん、そんナビばしばらくお借りでくると?」

 と言う刑事に、俺はナビと出品者の情報を出力したペーパーを渡した。


 二ヶ月ふたつきほどして例の刑事から電話がかかってきた。預けていたナビを返却するという。

 被害者は特殊詐欺グループに関係していたらしく、容疑者はまだ特定されていないが、かなり絞り込めているそう。結局、俺が提供した情報は何の役にも立たなかったらしい。

「ヤスダしゃん、ご足労かけて申し訳なか。ご協力ありがとうございました」

「いえ、こちらこそお役に立てずすいません。返ってお仕事の邪魔しちゃったみたいで……」

「いやいや、仕事柄たまにこげん話に出くわすこともあるばい。まあヤスダしゃんな被害者ば家に帰してやったんやけん、良かことばしたんやて思うばい」

「ありがとうございます。なんかそれだけでも役に立てたと思うようにします」


 あのナビはもうずいぶん前に処分したし、今はスマホのアプリにナビしてもらってる。それでも時々ナビがリルートすると、この話を思い出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナビが案内した先は… 丁山 因 @hiyamachinamu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ