研究施設③

 男は紫色の医療服スクラブシャツに白衣を身に纏い、前髪をカチューシャで流し、眼鏡越しに見える片目は斜め外側を向いている。

 そしてそのこめかみには縫い目のようなものが横に伸びており、それを隠すためか少し派手なアイシャドウが塗られていた。


「参加メンバーを見て驚いたわ。まさか貴方が来るなんて、これも何かの縁かしら? 師人ちゃん」

 

 師人はその男の姿を見て立ち上がり、疑問を投げかける。

「………誰?」

「あら、ごめんなさい。ワタシの名は菊池、菊池倉之助きくちくらのすけ。教団の宇宙工学と生体化学を担当している研究者よ」

「は、はぁ……」

「とある人から貴方の事は聞いてたけど本当に人間離れしてるわねぇ。ワタシ困っちゃう」


 両目をつむり、頬に手を当て、身体をくねくねさせる菊池。要領を得ない内容と目の前の変態に師人は少し戸惑う。

 察するに食事への混入物・空調から出ている毒を無効化している俺の身体、加えて所属先もおそらくコイツにはバレているな、と師人は理解した。


「そうだわ、これも何かの縁。ついてきなさい、いいものを見せてあげる♡」

「いいもの?」

「ええそうよ、とーーっても良いものよぉ」


 ウインクを飛ばし、踵を返してどこかへ向かう菊池。の後ろ姿を確認すると席に座り、師人は菓子を口に運んだ。そしてその数秒後、ドタバタと菊池が息を荒立て戻ってきた。


「ちょっとアンタ! 乙女に恥をかかせる気!!? ここは黙って追う所でしょ!!? 男なら愛しい彼女の手ぐらい握ってあげなさいよ!!」

「急な恋人設定やめろ。お前についていくとか普通に怖ぇーよ、色んな意味で」

「ふふっ、ごめんなさい。師人ちゃんは好みだけどワタシの身体は教祖ボスのモノなの。だから本気にしちゃっ……ダーメ♡」

「分かった、火傷する前に帰っていいか?」

「んもぅ! やだやだ!」


 それから興奮気味の菊池の勢いに根負けした師人は泣く泣くその場を後にし、案内に従った。

 特殊な認証システムを通過し、地下施設に入る。幾つかの部屋を見学と銘打って見せてもらったが、どれも趣味が悪い。

 宇宙生物化の成功例達、プラントの更に奥には、より高い適合率の実験体があるそうだ。


「スゲーな……」

「でしょ? ワタシの自信作よ」


 しばらく歩き、目的の場所である部屋に着いた。そこには大きな画面、その周りにガラス一枚を隔て様々な異形種が蠢き、コチラを見ていた。そして化け物達の手前、菊池は操作盤を弄り始めた。

 その様子を見た師人はやっぱりハメられたか、と諦め半分、核心に触れることにした。


「そんでアンタ等は何がしたいんだ?」

「おっ、興味を持ってくれた? いいわ、教えてあげる。わたし達のボス……まあ有り体に言うと教祖様は『幸運』に関する変異者でね」

「……? そんなこと教えていいのか?」

「問題ないわ。教祖ボスの能力に欠点は無いもの」

「スゲー自信だな……それで?」


 怪訝そうな師人に菊池は軽く咳払いをして続ける。


「一心教が勧誘熱心なのはよく知ってるでしょ? だからワタシ達、地球以外の星にもよく出向くの」

と菊池は画面上に"石版"のような物体を映し出す。


「そんな力による幸運か、はたまた運命の導きか、ボスがとある惑星で偶然見つけた古代遺跡。そこには古びた文字でこう記されていた」


 遠き星の弱き者、分かたれし術理と獣の血、それらその身に宿す時、三千世界の壁を越え─────『特異天』へと至る。

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