修羅場②

 師人様の朝は早い。そして起きてからしばらくすると、それは始まる。

 イヴ様に貸していただいた宇宙道具アーティファクト。棺の中の者を強制的に肉片へと変える不思議なアイテム。それを使って師人様は毎朝、"自殺"を繰り返している。


 休日や体調の良い日など場合によって様々だが、自殺と自己転生を平均12回ほど実施している。


 これは自死そのものが目的では無く、変異者が第二能力を持つための条件として"死"に近づくことが必要だから、と聞いている。


 主人の阿鼻叫喚を聞きながら朝食を作る。愛しい御方が頑張っている姿はとても素敵だが、お身体を壊さないか心配だ。

 せめて体調管理だけでも私がしっかりしなければ、と奥村は皿の上に調理した食材をテキパキと盛り付けていた。 


 そして料理をテーブルの上に置き終わると奥村は棺のもとへと駆け寄り、その表面をトントン、と軽く叩いた。


「師人様、朝食のご用意が出来ました」

「…………ぐはぁ!!!」


 血だらけの身体で棺から起き上がる師人。痛みと苦しみを落ち着かせるため、深呼吸を繰り返し息を整える。


「ささ、早くシャワーを浴びてくださいまし。せっかくの料理が冷めてしまいます」

「……分かった」


 返事と同時、師人は死んだ複製体を解除して付着していた血を消滅させる。そして、棺から身体を起こし、重い足取りで浴室へと向かって行った。


 原作オリジナル、師人の本体は土に埋まっており虫や微生物の餌となって既に分解されている。

 そのため一回目の転生以降、師人の魂は常に複製体コピーに入っている状態であり、その維持費として変異力を常に消費している。


 つまり、残基が無くなり変異力が尽きた時こそが師人にとっての本当の"死"であり、ラジオ体操代わりに自殺を毎朝行っているのは、低燃費かつ効率の良い能力の運用方法を掴むため、という側面も含まれていた。



 そんなある日の昼下がり、師人・奥村・清水の三人は"修羅場"を迎えていた。


「………………」

 家の中、清水と奥村は睨み合う。そのあいだを取り持つように師人は「まぁまぁ」と割って入っていた。 


「師人様、この女は危険です。初めてあった時から何かあるとは思ってましたが……今確信いたしました。この雌豹めひょう、可愛いらしい見た目とは裏腹に狩人のような本性を隠しています」

「はぁ!? 意味分かんないっす!! 会ったそばからなんすかその態度!? ちょっと料理が上手いからって調子に乗るな!!」

「二人共、落ち着け。けなしてるのか褒めてるのか分からないから」


 諭す師人にやれやれと奥村は肩をすくめる。


「いいですか師人様、このアバズレクソビッチをこのまま放おっておけば、いつか師人様は襲われかねません。どうせなら私が襲いたいです」

「メンヘラストーカーに言われたくないっすねぇ。聞いたっすよ? 先輩の家に不法侵入して返り討ちにされたって。そんなんで先輩の伴侶が務まりますかね〜?」

 またいがみ合いにらみ続ける二人。呆れ半分に師人は本題に入ろうと話題を切り替える。


「終わったか? それじゃあコレを見てくれ」


 宗教勧誘のチラシを出す。そこには『一般信徒では入れない特別な場所へご招待』と近隣地域に住む惑星人が言っていた連中の支部施設、その見学に必要な応募要項が書かれていた。


 奥村が留守番をしている時に貰った用紙チラシを見た師人は、渡りに船と教団に対する調査の一環として潜入することに決めた。


「抽選で当たった人だけ行けるっぽいっすね」

「書いてるだけで実質フリーパス。自分は選ばれた人間なんだ、って思わせるよくある手口だ。まあ念の為に応募は複数しておく」


 その説明を聞くと喜々として奥村は両の手を差し出す。その様子に師人が用紙を渡すと、ニヤニヤと奥村は自慢げな表情を清水に見せた。


「承知いたしました。それでは三人分送っておきます。あー、貴方のお名前は何でしたっけ? 染みの数さん?」

「なるほどね、分かりました。そんなにしたいんすね? 正妻を賭けた戦争」

「頼む、近所迷惑になるから他所よそでやってくれ」


 その後、清水と奥村は郊外近辺にある大きな公園を舞台として、血で血を洗う激闘を繰り広げた。

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