赤い春③

 事の顛末を聞いた相良と夏目の二人は、いじめられっ子の小田と共に廊下を歩いていた。

 向かい先は別棟三階の空き教室。そこは数年前から使われていない形骸化された一室で、五味と小田が昼休みに落ち合う予定の場所でもある。


「お二人とも本当について来るんですか……?」

「安心して、拙達はクラスメイトと遊びたいだけ」

「せや、別にオモロそうだからからこうたろなんて思ってないで。三十円賭けてもええぐらいや」


 階段前の窓から小田の肩に腕を回す相良の姿が見える。教室で麻雀をしている生徒がいる、と聞いた鏑木はすぐさま本校舎の屋上に向かい、別棟内を移動する三人を外から監視していた。


 怪しい。問題児二人が穏便に学園生活を過ごせるとは思っていなかったが、まさかの初日でかよ、と鏑木は頭を抱えていた。


「アイツ等……一般人相手にやる気か?」


 階段を登り、渡り廊下を進む。奥まで歩いて扉の前まで着いた。小田は後ろを振り向く。相良は欠伸をし、夏目は満面の笑みで親指を立てていた。


 小田は諦めにも似たため息を吐き、ノックした。そして三人は部屋の中へと入っていった。

 本館からは壁と扉が死角となり、中の様子は伺えない。鏑木は腰に手を当て、空を眺めた。


「やっぱりこっからだと中までは見えないか。仕方ない、結界を張って空中から周り込む────ッ!!?」

 偶然、その時鏑木が視界に捉えた物は遥か遠くから真っ直ぐに、音速に並ぶような速さで此方こちらに向かっていた。


 一方その頃、空き教室内では五味と小田達が揉めに揉めていた。部屋の扉を開けた瞬間、二人の存在に気がついた五味は小田の胸元を引き寄せ、そして壁に向かって押し付けていた。


「なに部外者連れてきてんだ? 誰にもバラすなって前に言ったよな?」

「だ、だって………」

「正直俺のこと舐めてんだろ? 分かった分かった、先公の前にお前を先に殺してやるよ」

「ひ、ひぃ!!」


 鬼の形相で睨みつけられた小田は体を小さく震わせ、涙と鼻水をダラダラと流した。情けない声で「助けてください」と何度も繰り返していた。

 五味は本気だ。適当な奴に罪を被せてるだけで、主犯はいつもコイツだった。

 小田の人生にとって一番の危機、そんな緊張の瞬間を二人は呑気に観戦していた。


「おーやれやれー。殺し合えー」

「よっしゃ、ワイはヤンキー君に賭けるで」

「えー、拙も不良こっちがいい」

「駄目や、それじゃあ賭けにならんやろ」


 五味は外野の声を聞いて少し黙った後、小田から手を離した。そして低い声で「おい」と呟くとナイフを取り出し、その矛先を相良に向けた。


「さっきからさんざん煽ってっけど、もしかして自分はられないと勘違いしてるか?」

「おー怖っ。ママに反抗期でごめんって謝らなアカンなコレは。ついでに親より先に死ぬんも謝っときや、地獄でな」

「あ? どういう意味だよ?」

「相手は選べっちゅー話や」


 次の瞬間、相良は向けられた手首から刃を奪い、反対の手で顔面を鷲掴みにする。予想だにしない反撃を食らった五味は反応すら出来ず、宙へと持ち上げられてしまった。


「ッング!!!!」

「遺言ぐらいは聞いたるで。塞いだ口で言えるんならな」


 ジタバタと暴れる五味の首元に得物をゆっくりと近づける。死に際に焦った顔を冷たい瞳に写しながら、刃をその皮膚へピタッと当てる。


「あのさー、返り血で拙の服が汚れるから、ここは皆で小田を殴って仲直りしない? ほら天気もいいし、お外でサンドバックにしようよ」

「僕の基本的人権はどこ?」

「ええねん、夏目。このクソガキは痛い目に合わな分からへ……ん……」


 次の瞬間、相良は見開いた。その視線は窓の外、学校を覆うように展開された鏑木の結界。ではなく、その遥か遠くを向いていた。

 面食らった相良は唖然とした表情で掴んだ手を離す。五味は状況を理解出来ずに問いただすが、その答えが返って来ることは無く。


「何のつもりだテメェ!!?」

「せろ───」

「あ?」


 夏目は相良の変化にいち早く気がつき、小田を扉の方へと投げた。

 「ぐぁッ!!」と情けない声を出しながら廊下へ突き飛ばされた小田は、廊下の床に激突する直前、それを目撃した。


「全員伏せろ!!!」


 上空から真っ直ぐに何か飛んでくる。それは当時、米国によって開発された最強の軍事兵器。

 赤外線探知から隠密行動し、尚且つ音速に並ぶ速度で移動する鉄の塊が三機。


 『F22』と呼ばれるが、相良の咆哮と同時に学校へ激突した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る