第十一話 学徒防衛戦

学徒防衛戦①

 結界を突破し四人の元へと突っ込んできた二機の戦闘機は外壁を破壊し瓦礫を吹き飛ばした。そして屋内に煙が立ち込める中、操縦席がひとりでに開く。


「痛ってぇ、ボスも酷いぜぇ……こんな荒仕事させるなんてよぉ」

「ですが、ダメージは稼げたみたいですよ」

 

 機体から出てきたのは派手な民族衣装と忍者のような格好をした男が二人。煙の隙間から床に伏す五味の死体、膝を突く相良と額から血を流す夏目の姿を見て、「よし」とお互いの拳を合わせた。


「……手練れやな」

「だね、しかも拙達を狙って来てる」

「ドレッド、貴方はあの女を。私は男をやります」

「おーけーマンバン、どっちが早いか勝負だぁ!」


 ドレッドは足早に飛んだ。一瞬、消えたと誤認する程の速さで夏目の顔面を掴み、そしてそのまま壁を破壊して中庭へと突っ込んだ。


「バモス!! お前の血は何色だぁ!!?」


 叫び声が聞こえてから数秒後、相良は立ち上がり首をコキッと鳴らした。そして手元のナイフをくるりと回し、握り直した。


(得物はこんだけ……いつもの刀は生徒指導に没収されてもうたから職員室か)


「そんでアンタら、いったい何者なにもんなん?」

「匿名希望の忍者です」

「……光栄やね。戦国時代から遥々はるばる来られるなんて感動で姿が見えへんわ」


 室内を縦横無尽に飛び交う"影"。相良は人型の残像の答えに肩をすくめた。瞬間、マンバンは空中で何かを蹴り、相良との距離を一気に詰めた。


「前座はここまで。その命、いただきます!」

「───ッ!!」


 苦無くないの横一線。相良は身体を反らし、その攻撃を避けた。がその直後、強烈な痛みが背中に走る。

 斜めの切り裂かれたような傷、血がダラダラと流れ、白い制服が赤く滲んでいく。確実に攻撃は避けたハズ、だが──────


「切られた……?」

「物事の勝敗は始まる前におおよそ決定します。だから準備を終えている私に、貴方は勝てません」


 空中で軌道を変えて移動する。マンバンは飛び回ると同時にピアノ線のような『糸』を部屋中に張り巡らせていた。

 糸の性質を都度つどにゴム状にし、機動力の確保。そしてより強く、より鋭く変化させることよって日本刀にも優る凶器と化していた。

 

 相良はダメージの直後、血に濡れた糸の存在に気が付き、能力の一端をようやく理解する。


「部屋中にワイヤーみたいなもんを張って、それを自在に操っとんのか」

「ほう、気が付きましたか。しかし────」

 挑発するように人影が相良の近くに忍び寄る。そして更に加速し這い寄る。


「分かった所で無駄です。貴方は今、蜘蛛に捕まった蝶に等しい」

「堪忍してや。ワイはたしかにハンサムやけど、さすがに蝶扱いは照れてまうわ」

「……死に際のくせに楽しそうですね」


 足の甲、ふくはぎ、太腿、腕、肩、頬、寸前で致命傷を避けるも、相良の全身に切り傷が増えていく。

 

「どうせ雁字搦がんじがらめの世の中なんや、ほんなら楽しんだ方がお得やと思わんか?」

 

 軽口を叩けど動けない。五味から奪ったナイフに"振動"を付与し糸の切断を試みる。がしかし、刃先と接触の瞬間、糸はまるで亡霊のようにすり抜ける。


「────ッ!!!」

 面食らう。意識が手元に逸れた。マンバンはその機微を見逃さず一気に接近。相良は天性の直感で避けるも、苦無の刃は腹部に掠めた。

 

「私はMではないので理解できませんね」


 その時、相良は灼けるような痛みと共に感じていた。この能力は決して強くない。しかし補って余りある戦闘技術。その研鑽された実力に今、自分は圧倒されているのだと。

 

「さよか、そりゃ残念やな。気ぃ合えば仲間に誘おうと思ったんやが……まあアンタほどの実力者ならさぞ高い給料もろうてるんやろ?」

「……ええ、私達の雇い主バックは巨大な宗教団体。多額の前金の他に、学校ここにいるの命を穫れば成功報酬がいただける予定です」

「ほう、そんなんワイに言ってもええんか?」

「問題ありません。『死人に口なし』ですから」


 皮肉を放ち迫りくるマンバンの姿を捉えながら、相良はナイフを再度構えた。そして先刻の言葉を脳に反芻し、ふと呟いた。


「三人……ね」

 

 場所は変わって本校舎屋上。鏑木は戦闘中の部下達を気にする余裕も無く、目の前の敵に集中していた。

 男物の赤い中華服に黒いズボン、腰には黄金色の布を巻いている。鏑木はその女の立ち姿だけで「コイツはヤバい」と理解した。そしてある意味、自分の所に来てくれて良かった、と安堵していた。


「まさか戦闘機からこんな美人が出てくるとは思わなかったよ」

「ふふ、世辞が上手いネ。苦しまずに死にたくないのカ?」

「おじさん、痛いのは嫌いだけど死ぬのはもっと嫌かな」


 濁った瞳がくすっと笑う。ドス黒く、どこまでも冷たい視線が鏑木に突き刺さる。脂汗がじんわりと首筋から滲み出て身体が強張る。

 女は値踏みするように鏑木を見ると、ふむと合点がいったように頷いた。


「相当の使い手だナ。オマエが大将首カ?」

「……だったら?」

「そうか、ならば名乗レ」

「鏑木修吾、嬢ちゃんは?」

 

 女は質問に対し構えた。膨大な変異力が空気を震わせる。全身に覆う力は美しく、そして静かな流線形を描いている。鏑木はそのお手本のような術理を前に、ほんの少し見惚れてしまった。


ワタシは『凛風リンファ』、ウー凛風リンファ。さあ、鬨は満ちた。鏑木修吾────その名を墓標に刻んでやるヨ」

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