赤い春②

 授業が終わり休み時間に入った教室。クラスメイトからの質問攻めを受け流し、相良達は伸びた五味の近くに集まっていた。


「す、すごい先生だったね。あーしあんな叱り方見たことないよ。マジックかなんかかな?」

「五味くん! 起きてよ五味くん!」

「小田もそんなのほっときなって、あーしも見ててスッキリしたし」

「で、でも………」


 小田は口ごもる。前日の件を含め、かなり不味い流れだ。とその焦りに身を任せ、慌てて揺さぶると「う、うぁ」と五味は情けない声を出し、その意識を取り戻した。


「痛ってぇ、あのハゲいったい何しやがった……」

「あ、大丈夫!?」

「クソっ、おい小田!! てめぇ昼休みに例の場所に来い!! あの先公ぶっ殺すぞ!!」

「こ、殺す!?」


 他生徒の存在などかえりみず、五味は立ち上がり凄むように小田の胸ぐらを掴んだ。


「当たり前だ。このままやられっぱなしでたまるかよ。手伝え」


 その穏やかではない口調に相良も眉をひそめた。情報を引き出すために黙って傍観するつもりだったが、さすがに看過できない。と口を開いた。


「おうおう、兄ちゃん。今どきの高校生とは思えんほどイキっとんな」

「あ? なんだよ? 文句あんのか転校生?」


 相良のこめかみに血管が浮き出る。その様子を見ていた夏目がやれやれ、と肩をすくめた。


「また文句やあらへんけどさ、やっぱりお前みたいなんが弟の学校にいんのは兄として心配なんよ」

「は? 弟? お前もしかして───」

「やかましい、口臭いからしばらく寝とけや」


 次の瞬間、五味の顎には途方も無い衝撃が加わり脳がプリンのように揺れた。そしてガクン、と膝の力が抜け落ち、そのまま崩れるように倒れた。


 それから保健室に五味を運び込み、事なきを得た一同はそのまま平然と授業を受け、思い思いの時間を過ごした。


 そして昼休みのチャイムが鳴る。小田がぶるぶると恐怖で震える中、相良、金本、夏目・朝陽の四人は机を合わせて麻雀を打っていた。


「で、なんで兄ちゃん達が学校おるん?」

「仕事や」

「どんな仕事やねん」

「教育委員会の調査とかそんな感じっすか?」

「ん、そうそう。教育なんちゃらだよー」

「夏姉ぇは相変わらず適当やなぁ」


 呑気な会話が続く、打牌で巡目が周っていく中、近くで俯いていた小田が四人に恐る恐る話しかけた。


「あ、あのー」

「小田くん、見て分からんか? ワイらは今、ジュースを賭けた麻雀をしてんねん。しょーもない話なら後にしてくれへんか?」

「年上とは思えへん態度やな兄ちゃん。小田くん、無視してええよ。話はウチが聞いたるさかい」

「あ、出来れば夏目さんかお兄さんが良くて……」

「ぷぎゃ〜朝陽振られてやんの! ぷぎゃ〜!」


 煽りに睨みを利かせる弟、殺意を向けられ顔を背ける兄。その様子にまあまあと嗜める金本。夏目はその様子にしょうがないなーと耳を傾けた。


「それじゃあ代わりに拙が聞いてあげる。昨夜貰った分、特別だぜ〜?」

「あの、アレは渡した訳ではなくうば………」

「ん? 耳が聞こないな。警察でも呼んで聴取を頼もうかな?」

「夏目さんにあげました」


 その答えに「でしょ?」と笑う夏目対して怯える小田。横で見ていた金本と朝陽は口を開けて「おーっ」と素直に感心していた。


「す、すごい会話だ……」

「金本、夏目の話をまともに聞いたらアカンで。やり方が半グレやら詐欺師のソレやねん」

「酷いなぁ、拙は純粋な女の子だよ? まあいいや、それで話って何?」


 内容が逸れ始めたので軌道修正し話を振る。少し戸惑いながらも、小田はぼそぼそと語り始めた。


 小田は数ヶ月前にとある女性に一目惚れした。はじめの内は遠巻きに見ているだけで満足していたが、次第に彼女に対する恋慕は募り、行動はエスカレートしていった。そして某日、小田は遂に職員室から彼女の住所を手に入れた。


 そして即日、小田は叶わぬ恋と分かっていながら「この思いを彼女に伝えよう」と家に訪れた。が、そこに待ち構えていたのは五味だった。


 前々から恋人である彼女から相談されていた五味は小田を待ち伏せしていた。見つかってしまった小田は非力な身体で抵抗虚しく現行犯でその身柄を取り押さえられ、容赦なく暴行を加えられた。


 そしてその事件を切っ掛けに目をつけられた小田は様々な事を要求され始め──────


「ってことでして、散々な目に合いましたよ」と小田がやれやれ、と話を終える。すると四人の牌を打つ手がピタリと止まった。

 そしてそれぞれが小田に対して顔を向け、語気を強めて言った。


「「「それはお前が悪い」」」

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