私にミステリは簡単すぎる

しう

第0話 自殺

『犯人はこの中にいる』


 そう口にする担任の先生。

 10歳の僕でもその言葉は理解出来る。

 静まり返る教室。


 いじめ犯はこの教室にいる。


 人を死なせた──殺した犯人が。


「昨日、いじめにより本校から山名愛さんが転校しました」


 先生はこう言うが、実際、山名愛は自殺し死亡したのは子供の親でも噂になっているし、それが子供に伝わっているので知っている。

 山名愛と僕は幼なじみなので、その情報が伝わるのは早く、事件は今日の10月20日の10日前、『10月10日』に起きたことを知っている。


 学校の屋上からの飛び降り自殺。


 自殺の原因はいじめ。


 犯人は未だ不明。


 しかし、先生曰くこの教室にいじめをした犯人はいるらしい。

 まさかこんな日に今は亡き山名愛としていた『探偵ごっこ』の成果を出すことになるなんて。と思った。

 だけど、犯人を見つけ出す必要は無かった。


 もう分かっているから。


 僕は何故か分からないけど、人より『直感』だけは優れているらしい。

 他人のテストの点数を下1桁まで当てれるし、他人の好きな人、好きな物、色んなことを『直感』を頼りに当てることが出来る。

 しかもそれは、


 だがしかし、「何故」と訊かれれば「無論」と答えるしか僕にはないのだ。


 だって『直感』だから。


『過程』がなければ、『結果』を信じることなんて出来ない。

 それは至って普通の事だ。

 しかし、山名愛──彼女はとても『過程』を『創り上げる』のが上手だった。

 僕にはめっきり真似出来ないような技だった。

『真実』とは違っていたけど、信用を取るには十分すぎるほどだった。

 多分その『創り上げられた過程』で充分だったし、人は

 そんな彼女と僕は街で『探偵ごっこ』をしていた。


 僕たちは犬を探すこととかは出来ない。

 でも浮気相手を当てることはできる。


 ──僕たちは最強だった。


 彼女は居ないからもうそうじゃない。



 彼女は死んだ。

『答え』が分かっている。

 それでも、その『答え』も『過程』がなければ意味をなさない。


 口に出したところで『過程』が無ければプラスに作用することは無い。


 ただ、数ある終着点の1つを示すことしか出来ない。


 そこに繋がる『線』を描くことが出来ない。


 彼女の『線』は楽しかった。

 真っ直ぐ行くこともあるし、尋常じゃないほど遠回りをすることもある。いきなり円を描いたりすることもあった。


 それでも、僕の終着点には必ず行き着く。


 でも僕の描く線は必ず途中で終わる。

 終着点に急ごうという気持ちが強いからか、僕の『過程』はどこかで必ず行き詰まる。



 ──それでも僕は、犯人を許せない。



 ──それでも僕は、僕の知る『結果』に『線』を引かなければならない。



『真実』を語る。

 探偵は本来このやり方があっているのだろう。

 というか今の僕にはその方法しかできない。

 今も何食わぬ顔をしている犯人に虫唾が走る。

 先生は「ここで名乗り出れないか。なら、目を伏せて犯人は手を上げろ」と言う。


 これが最後のチャンスだ。


 皆が伏せる前に僕は真っ直ぐと手を挙げた。


「なんだ、つむぐが犯人だったか」


 先生は僕の方を見てそう口にする。

 僕は窓際の最後列の席を立つ。


「いいえ違います」


「ほう、じゃあなんだい。言ってみなさい」


 犯人を見るかのように見ていた先生の目は優しさの含む目へと変わり、僕に話すよう促す。


「僕は犯人が分かります」


 僕の言葉に静まり返っていた教室に緊張が走ったような気がした。

 僕を見る者も下を向くものも先生を見続けている者も窓を向く者も眠たそうに欠伸をしている者も、全員に緊張が走ったような気がした。


 5秒くらいの沈黙の後、先に口を開いたのは先生だった。


「ほう……言ってみなさい」


 僕の脳みそは回る。

 ひとつの「答え」のために。

 10歳の脳みその許容がどんなか分からないが、とうにそんなもの超えているかもしれない。

 しかし、伊達に『探偵ごっこ』をやっていた訳では無い。

 彼女との『探偵ごっこ』で学んだことも、得たものも沢山ある。


 もみあげから滴る汗が顎を伝う。

 背中も脇ももう緊張で汗だくだ。

 この沈黙の中で喋るなんてパニックを起こしそうにもなる。

 それでも──どこかの誰かが言っていたか──『たったひとつの真実』へ導くために、喋らなくてはならない。



 僕は目を閉じ大きく深呼吸をし、もみあげの髪を耳にかける。

 足を肩幅に開き、堂々とした姿勢を取る。


 彼女が『過程』を語る時のルーティンだ。


 これをすると何故だか彼女になれたような気がした。

 僕は彼女の口調を真似するように脳みそに浮かぶ文字を連ね、喋り始める。


「まず彼女は『昨日転校した』訳では無く。『10日前に亡くなった』が正しいです。恐らく、先生の口にした『昨日転校した』は学校の立場上しょうがなかったんだと思います」


 先生は目を閉じている。

 続けろという合図だろう。

 それに従い、僕は言葉を紡ぐ。


「10月20日金曜日の今日から10日前は10月10日火曜日。その日は──」


 私は一瞬思い出すという動作を挟む。

 誰かに訊くと言う手もあるが、タイミング的に早い気がした。


「体育祭の振替休日後の登校日でした。同時に、三学期の始業式。生徒は通常の3時間授業と同じ時間で早帰りでした。帰りの会、確かに山名愛さんはこの教室にいました。1度確認取りましょう。山名愛さんがこの教室に居たのを見た人は手を挙げてください」


 僕の言葉の後、1人が手を挙げ、それに続くように手が上がり、最終的には生徒の皆が手を上げた。

 それを確認し、「下ろして大丈夫です」と言うと一斉に下ろす。


「クラス全員が手を挙げていましたので、山名愛さんは帰りの会にはまだ生きていたということです。──なら、11日に山名愛さんを見たといい人は手を挙げてください」


 30秒待った。

 しかし、手が上がる気配がない。

 そこで、1人の生徒が声を発した。


「その日あいちゃんは風邪でお休みだったよ」


 山名愛の親友、友山遥香の証言だった。


「そうです。10月11日水曜日、山名愛さんは休み。そして、その後今日までずっとお休みです。おそらく、その期間山名愛さんを見た人は居ないと思います」


 すると1人の男子生徒が声を出した。


「休みだから当たり前じゃね?」


「そうですね。休みだから外には出られません。なら先生に聞いてみましょう」


 先生は目を閉じたまま口を開く。


「そうだね。まず、皆に嘘を言ってすまない。自殺したというのは言ってはならないって言う決まりがあってね。それで、つむぐの言葉を補助するけど、警察の調査により、10月10日に山名愛さんが亡くなったというのは事実だ。親が10月10日の夜に山名愛さんを見ていないし、10月11日の午前6時15分に死体は発見されている」


 先生はそう言うと口を閉じる。


「先生の言う通り、山名愛さんは10月10日の帰りの会以降、10月11日の午前6時15分以前に亡くなっている。しかしです。それはあまり意味をなさない事実になる可能性があるのです。だって今探しているのは『いじめをした犯人』ですから。ね?先生?」


 先生は目を一瞬目を開くが、直ぐに閉じる。


「そうだ」


「しかし、事実は事実です。山名愛さんが自分の意思で──誰の後押しもなく飛び降りるという可能性ですが、それを消し去りたいと思います。」


 私は一瞬頭を落ち着ける時間をもうける。


「まず山名愛さんは友達も多いし、家庭も裕福です。人当たりもいいですし、人の反感を買うような行為をするはずがありません。ましてはいじめをされているような所を見た人だって居ないでしょう。見たことがあるよって人は手を挙げてください」


 もちろん、いるはずがなかった。


「なら、あくまでも警察が自殺と言っているのなら、『自殺させる』という方法があります」


 自殺させる。

 つまり


「つまり、その場でということです」


 そんなのが真実かは分からない。

 でも、真実に繋げなくてはならない。

 どんな遠回りをしてでも、


「方法はこうです。次は肝心の犯人を突き止めるのですが、10日の日、校庭で遊んでいた人は手を挙げてください」


 男の子4人が手を上げる。


「校庭で何をしていましたか?」


「サッカーしてただけだよ。僕達以外にも何人もいたし。僕たちは犯人じゃないよ? 他のクラスにも遊んでた人いるし、その後は駄菓子屋行くために学校すぐ出たし」


「そうです。校庭には人は何人もいました。校庭に人が何人もいるのに、屋上から人を落とすでしょうか? 第一に、屋上から人が落ちたことに気づかないでしょうか?」


 死体で気づく。

 音で気づく。

 そんな浅はかなものじゃない。


「音。死体。などではありません。見回りの先生です。生徒が全員帰宅したあと、先生が見回りをするはずです。しかし、死体が発見されたのは6時15分。先生。朝の見回りは何時ですか?」


 先生は目を閉じたままだ。


「朝の見回りは6時10分だ」


「6時10分。つまり、死体発見の5分前。朝の見回りで死体は発見されたと見るべきでしょう。なら夜の見回りの時点では、死体は発見されていないと見るべきでしょう。あるいは、


 窓を向いていた生徒が席を立ち上がる。


「なら、このクラスに犯人がいるわけないじゃん。夜の見回りの時点であいさんが生きてるんならこのクラスに犯人はいないよ。夜の見回り以降なら生徒は見回りに見つかるはずでしょう?」


 的を得た意見だ。


「そうですね。その通りです。しかし、なら山名愛さんは夜の見回りをかいくぐったということになります。それはどう思いますか?」


「それは……」


 黙り込む。

 当然だ。


「大丈夫です。そろそろ核心をつきましょう。まず、山名愛さんは見回りをかいくぐった訳ではありません。むしろ、です」


 そろそろ繋がる。

 線が点に届く。


「しかしその前に、まず動機についてです」


 動機。

 信用を得るには大切な材料だ。


「僕と山名愛さんの2人で探偵ごっこをしているのはみなさんご存知ですね?」


 生徒達は顔を見合せ、1人の生徒が口を開く。


じゃなくて立派なしてると思うけど、うちのおばあちゃんの落し物見つけてくれたし」


 落し物。

 ただ交番で、『直感』でおばあちゃんの落し物を選び、彼女に見つけた『過程』を『創り上げて』貰っただけだ。


「ご存知ですね。なら話は早いです。僕と山名愛さんはある人の浮気相手を突き止めました。その時ある人の反感を買ったんでしょう」


「じゃあそのが犯人?」


「そうです。だんだん分かってきましたね。話を戻しましょう」


 浮気相手を突き止め、反感を買う。

 よくある事だ。

 しかし殺されるまでなるとは思わなかった。


 ──まあ


 そろそろクライマックスだ。



「そうですねえ。小学生の浮気も捨て難いと思いますが、事件は夜の見回りです。山名愛さんは何か用事があったのでしょう。日が暮れるまで学校に残っていました。屋上でまた『探偵ごっこ』の何かの証拠でも集めていたんでしょう。そこに見回りの人がやってきました。その見回りの人は彼女に浮気相手を当てられたです。もうと呼びましょう」


 もう終わり。

 達成感と共に虚無感も覚える。

 この行為が意味を成すのか。

 そんな無駄な考えすらできるほど、脳に余裕が出来たということだ。


「犯人は山名愛さんを屋上から何らかの方法で落とします。しかし、警察いわくということなので、何か言葉を巧みに使ったのでしょう。精神的に追い込まれた山名愛さんは飛び降りるしか無かった



 ──ですね。僕と山名愛さんに浮気相手を見抜かれた、10月10日火曜日、夜の見回り担当長谷川翼先生」


 先生の目は既に開いていた。

 それでも、言葉を口にする気配は無い。


「そうですね……先生は悪い人です。みんなの目を閉じさせ、誰も見えない状態で『犯人は見つかった』と言えば、自分が犯人では無いということになるのですから」


 終わりだ。

 全部終わり。

 犯人は先生。

 夜の見回りで彼女を見つけ、浮気相手を見つけ出されたという恨みで彼女を殺した。

 それで僕たちに今濡れ衣を着せようといる。


「先生、何か言うことは──」


「──つむぐ」


 先生は僕の目を真っ直ぐと見つめた。


「君の言葉を借りるなら──つむぐ、君が犯人だ」





 は?





 ことばがでない。






 あんなにまわっていたのうみそがまわらない。





「山名愛は君に失恋をして屋上から自殺したんだ。彼女は事件当日の10月10日に君に告白しただろう。それで君は彼女を振った。警察から渡された遺書に書いてあったんだ。間違いなく彼女の字体だ。見たければ後で職員室に来い見せてやる。


 私の浮気相手を当てたというのが動機らしいが、今は嫁さんと仲良くやっているし、動機としては薄すぎる。


 夜の見回りに関してだが、見回りが見回るのは学校内だ。学校の外は通常見回らない。巡回したとして、ライトがあっても視界は悪い。死体を見つけられない可能性だってある。



 ──そして、君の『直感』に関してだが、教師としてひとつ教えてやる。





『直感』は『直感』。感覚の一つだ。環境、調子が崩れれば外れることもある。今まで外したことがないなら今回は外したんだ。今までの環境で、隣に居たのが誰かを考えろ」




 僕は『直感』を外したんだ。

『直感』を外したのはこれが、最初で最後。



 犯人は僕だった。

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