第15話 デビュタント

「お久しぶりです。アレクサンド王子」

ガウェンが丁寧に挨拶をする。駆け寄ってきた王子はガウェンの肩に手を置き、久しぶりだなと答えた。

「アレク、この方と知り合いか?」

「クラウド、知らないのか?モルディ騎士団の副団長だ」

「えっ!?貴方が最年少で副団長になったというガウェン・マックール様ですか!?」

「なんだ?あんなにモルディ騎士団を敬愛しているくせに、ガウェン殿の顔を知らなかったのか?まぁ、無理はない。ガウェン殿はほとんど社交界に顔を出さんからな」

隣で楽しそうに談笑している声がするが、激しく打ち鳴らす動機と赤らんで来る熱で顔を上げれずにいた。

あぁ・・・ルシア、落ち着いてちょうだい。

今はとにかく挨拶しないと・・・私もルシアもこれが初対面なのよ。

胸に手を当てたまま、ルシアに声をかける。そして、悟られない様に浅く深呼吸をすると、王子に向かい、カーテシーをする。

「王子にご挨拶申し上げます。ルシア・モルディです」

震える声を精一杯抑えながら挨拶をすると、王子が体の向きを変える。

「君があのルシア・モルディか」

名前を呼ばれた瞬間、今度は体が勝手に震え出す。

どうしたの?ルシア・・・この震えは何?嬉しくて震えてるの?

そう問いかけながらゆっくりと顔を上げると、綺麗なブルーの目と目が合う。

その瞬間、言い様のない不安が体を駆け巡る。

・・・違う。これは嬉しいんじゃない。恐怖心だ・・・。

自覚すると変な汗まで出始める。すぐにでもどこかへ行ってしまいたいのに、体が動かない。

「ルシア公女?」

怯え切った私に王子が心配そうな顔で声をかけてくるが、息が詰まって返事をする事ができない。すると、ガウェンが耳元で囁く。

「お嬢様、ここは私が相手しますので、バルコニーで風に当たって来て下さい。私も後から行きます」

ガウェンのその囁きに、ほんの少し体の力が抜け、声を出す事ができた。

「王子、クラウド公子、大変失礼ですが、少し人酔いした様なので席を外させて頂きます」

「そうか。それは気付かずにすまなかった。すぐそこのバルコニーに行って、幕を引けば誰にも邪魔されずに休めるはずだ」

王子の言葉にお礼を言うと、体の向きを変え、足早にその場を離れる。

その足でバルコニーに入ると、言われた通り幕を引く。

外の空気に触れ、一気に緊張が取れた私は近くにあった椅子に座り込んだ。

鼓動が落ち着き、体の火照りが冷めた頃、ポツリと胸の中のルシアに話しかける。

「ルシア、あなたやっぱりこの先の最期を知っているのね・・・」

その問いに答える様に小さく鼓動が跳ねる。私はため息を吐きながら、また声をかけた。

「今でも王子が好きなのね。でも、最期を知っているからその時の恐怖が蘇ってくる・・・ねぇ、ルシア?あなたはどうしたい?私は誰かを好きになった事が無いからわからないけど、人を想う気持ちは自由だと思うわ。もし、今度はその恋を実らせたいなら私も努力してみる。でも、怖い方が打ち勝つなら、王子とは距離を取るわ」

トクントクンと緩やかに打つ鼓動は、不安と期待が入り混じっていた。

そうね、ルシアもどうしたらいいか、わからないよね。

この気持ちばかりはどうしようもないものね・・・

「ねぇ、ルシア。明日には騎士団に入る。きっとこれから頻繁に王子に会うわ。まずは恐怖心をどうにかしなくちゃね。それからの事は成り行きに任せましょ。

もしかしたら今世は綺麗に諦められるかもしれないし、逆に先を知っているから前より仲良くなってもっと好きになるかもしれない。

でも、私は先に騎士団にルシアと私の居場所を作るつもりよ。友達も作るつもり。そしたら、もしかしたら別の恋に出会えるかもしれないわ」

ルシアに言い聞かせる様に語りかける。

私の思いに同調するかのように、心が穏やかになっていく。

夜風が髪を撫で、少しひんやりとした冷たさが心地よい。

「お嬢様・・・」

バルコニーのドアを開け、ガウェンが入ってくる。

「気分はどうですか?」

「心配かけてごめんさい。だいぶ、良くなったわ」

「そうですか・・・今日はもう帰宅しますか?」

「いいえ。今帰ったらお母様に叱られるわ。きっと社交界もまともにこなせないって怒鳴られるのが目に見えてるもの」

「・・・・・」

諦めにも似たため息混じりの声に、ガウェンは黙り込む。

ガウェンの表情を読み取り、私は思わず苦笑いをする。

ふっと明るい会場に目をやれば、中からは最初の曲の終わり頃のリズムが聞こえる。

「ガウェン様・・・」

「何でしょうか?」

「私の最初で最後のダンスの相手をしてくれますか?」

微笑みながら問いかけると、ガウェンは何も言わず手を差し伸べる。

私はその手を取り席を立つと、広場の方に戻った。

私をリードするガウェンのダンスはとても素晴らしいものだった。

練習の成果もあり、息のあった私達のダンスは周りから褒め称える声が聞こえた。

「ガウェン様、今までありがとうございました。私、頑張ってみます。でも、もし辛い時には会いに行ってもいいですか?」

「・・・・私はいつでも側にいます。だから、1人で抱え込まないで下さい」

ガウェンの言葉に違和感を覚えたが、心配してくれている事が伝わり、ありがとうと微笑んだ。


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