第16話 最初の一歩

「これで全部ね」

荷物を積み終わった馬車を見つめ、笑顔で呟く。

荷物と言っても訓練服が数枚とパンツスタイルの普段着、あとは数冊の書物位だ。

しばらくは社交界に出る事もない。

くるりと体の向きを変えると、目の前にはニーナが寂しそうな顔で見つめていた。

私はニーナの手を取り、優しく微笑む。

「ニーナ、元気でいるのよ。あの約束、忘れないでね」

ニーナは掴まれた手をギュッと握り返し、目を潤ませながら頷く。

「私の心はいつでもお嬢様といます。お暇ができた時は・・・いえ、何かあった時は必ず私をお呼び下さい」

ニーナの言葉に私も目を潤ませる。そして、ポケットからハンカチを取り出すと、間に挟んでいた数本の編み紐の内、茶色の紐を取り出し、ニーナの手の平に乗せる。

「これはね、ミサンガっていうの。願い事を込めながら手首か足首に結ぶの。それで、この紐が切れたら願い事は叶うって言われてるのよ」

前に街で糸を買って密かに編んでいた。

ニーナの目を盗んでの作業は、なかなか難しくて時間がかかってしまったが、ミサンガは私が入院していた時によく作っていたから、お手の物だった。

ニーナはミサンガを見つめながら、お礼を言う。

「お嬢様の願いが叶う様に祈りを込めますね」

そう微笑むニーナをそっと抱きしめる。

「それから、双子達にも編んだの。もし、いらないって言われたら、誰かにあげて・・・」

2人が選んだピンクと青の紐、お揃いの柄でまとめたミサンガをニーナに託す。

「こんなに綺麗な網紐ですもの。きっとユリア様達も喜んでくれます」

「そうだといいけど・・・」

私は顔を上げ、モルディ邸を見つめる。見送りにすら出てこない家族・・・。

期待はしていなかったが、胸の奥のルシアが寂しそうに胸を鳴らす。

きっと最初の内は休暇とかに帰ってはくるだろうが、時を重ねるごとに私はここへは帰らない。

そうやって距離を置いて、騎士の地位を上げていずれは旅立つ。

今日はその計画の最初の一歩だ。

「お嬢様、そろそろ出発なさいませんと・・・」

馬車の方から声をかけられ、私は振り返り頷く。

そして、ニーナにまたねと最後に声をかけ、乗り込んだ。

馬の蹄がゆっくりとリズムを立てながら馬車が動き出す。

笑顔で手を振りニーナに別れを告げると、姿が見えなくなった頃にポケットからまたハンカチを取り出した。中には最後の一本、グレー色のミサンガが挟まれている。

「ガウェン・・・見送りに来てくれると思っていたのに・・・・」

ミサンガを撫でながら呟く。

昨日のあの言葉を思い出しながら、きっとまたすぐに会えると自分に言い聞かせる。私の最初の仲間・・・上司で、師匠で、仲間で、私を理解してくれる人・・・いろんな名前が当てはまる大事な人・・・ニーナとはまた違う寂しさが胸の中に湧き出た。

開いたハンカチを閉じ、ポケットに戻すと窓からぼんやりと外を眺める。

ガウェンに泣き付き懇願した翌日からガウェンは本当に色々教えてくれた。

そのおかげか緊張はするものの、不思議と不安に襲われる事は無くなった。

ルシア、これからよ。

これから貴方の人生を私と一緒に生きるの。

私が力になるから、ルシアも私に力をちょうだい。

そうやって2人で生きていきましょう。

大丈夫、2人ならきっと幸せに生きていけるわ。

そうでしょ?ルシア・・・・

私の最後の言葉に返事するように、小さくトクンっと鼓動がなった。


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