第13話 デビュタント
「ねぇ、ニーナ。お腹空いたわ」
髪をすくニーナに向かってため息混じりに呟く。
ニーナは後で果実を持ってくると言ったきり、また無言で手を動かす。
今日はデビュタントの日だ。
朝から慌ただしくメイド達が動き回っていた。早めの昼食を軽く済ませてから風呂場でマッサージ、終わってからもマッサージは続き、そのあとはギュウギュウとコルセットを閉められ、ドレスを着させられる。
デビュタントは夜からだと言うのに、昼から何時間もかけ支度をしている私は、ほとほとうんざりしていた。
あれこれ香油や化粧を塗りたくられた後、ニーナが後は1人でやると他のメイド達を部屋から出す。
慣れた手つきで髪を結い上げているニーナは、どこか少し寂しげだった。
「お嬢様・・・」
小さな声で呼ばれ、視線だけを鏡越しに向け返事をすると、ニーナが話始めた。
「デビュタント、おめでとうございます」
「ありがとう、ニーナ」
「私はお嬢様が5歳の時に来てからずっとお側でお嬢様を見てきました。あんなに小さかったお嬢様が無事に成人を迎えられた事をとても嬉しく思っています」
ニーナの話にふっとルシアとしての記憶が浮かび上がる。
ニーナは双子が生まれたと同時に、ルシアの専属使用人としてここに来た。
手がかかる双子の世話に、邸宅に慣れたメイド達を連れて行かれたからだ。
それからはずっとニーナ1人が私の世話をしてくれた。
どんな時もルシアの側にいて、励まし慰めてくれた唯一の存在だ。
ニーナは出来ましたと小さく呟き、ブラシを置く。
「お嬢様、明日からは離れて暮らしますが、私の心はいつでもお嬢様のお側にいます。辛い時や悲しい時は、1人で抱えず、私を呼びつけてください。必ずお嬢様の元に駆けつけます」
ニーナはそう言って微笑むが、やはりどこか寂しげだった。私は振り返り、ニーナの手を取る。
「ニーナ、今までありがとう。ニーナのおかげでこの家で頑張って暮らせる事ができた。あなたは昔も今も私の大事な人よ。いつか宿舎を出る日が来たら、その時は連絡するから、また私の側にいてくれるかしら?」
ニーナは目を潤ませながら、私の手に自分の手を重ね合わせ、にこりと微笑む。
「お約束します。私はこの先もずっとお嬢様の側にいます」
ニーナの心強い返事に私まで目を潤ませるが、急にニーナが無表情になり、私の努力を無駄にしないでくださいと泣くのを制御された。
私は苦笑いしながらニーナに仕上げのネックレスをつけてもらい、長めの手袋をつける。
さて、行きますか・・・私のこの家での最後の務めに・・・
意気揚々と立ち上がり、ニーナに連れられ玄関まで行くと扉の先には、馬車の前に立つガウェンの姿が見えた。
モルディ騎士団の正装着を付けている。
代々モルディ家に受け継がれるシルバーの髪の色に合わせた衣装をベースに、肩にかけられるマントは紺色、タスキの様にかけられた帯にはモルディ家の紋章が刺繍されている。
胸元には今までの勲章が連なり、その中でも一際目立つ勲章はモルディ騎士団の位が高い者が持つ勲章だった。
ガウェンは頭を下げ挨拶をすると手を私に差し伸べる。
私はその手を取りながらにこりと微笑んだ。
「ガウェン様はやっぱり騎士団の正装がよく似合います」
「ありがとうございます。お嬢様もとても綺麗です」
無表情での褒め言葉にふふッと笑うと、ドレスの裾を上げ馬車に乗り込んだ。
会場に着くなり、ザワザワと周りが騒ぎ、注目を浴びる。
今までルシアはこうして人前に出る事がなかった。訓練と授業に毎日追われていたからだ。
そのせいもあって、お茶会する友達もいない。
緊張の面持ちで歩いていると、ガウェンが大丈夫ですか?と尋ねてきたが、にこりと笑顔で答えると前を向き、背筋を伸ばす。
きっと初めて見るモルディ家の令嬢が珍しいのよと自分に言い聞かせる。
母親はいつもルシアの事を淑女とは程遠い外見だと罵っていたが、ルシアは本当に美人だ。
シルバーに少しウェーブかかった長い髪、外で訓練していた割には日に焼けていない滑らかな白い肌、整った顔、どれをとっても他に引けを取らない。
それは恐らく母親の言い付けできちんと手入れや管理をしてきた成果だ。
元がいいのに、それに輪をかけて手入れの行き届いたドレス姿、素を活かすために念入りにケアをして、ほんのりとだけ乗せた化粧。
パーフェクト以外、何者でもないわ。
心の中でほくそ笑みながら遠巻きに見ている人達を素通りしていく。
そしてチラリと横目でガウェンを見る。
190はあるであろう高身長に、鍛えられたがっしりとした体。
深みのある茶色の短髪に、薄いグレーの瞳。
目鼻立ちも綺麗でサブキャラにしておくのは勿体無いほど魅力的だ。
この注目の原因のひとつである事は間違いない。
美人のルシアをエスコートする魅力的な紳士・・・初めての社交界、出だしは順調だわ。
このまま無事に挨拶とダンスを終えて、早めに引き上げよう・・・・そう決意して、会場内へ入って行く。
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