第11話 不安

「気付いていると思いますが、私はルシアであって本当のルシアではないのです」

そう言い放つと、少し間を置いてガウェンがそうですかと呟く。

「何があったのかわからないのですが、本物のルシアはちゃんと心の中に存在しています。ですが、表に出る事ができないでいます。私はルシアの体を借りただけの別人です」

「・・・・・」

「私は別の世界で病気で亡くなりました。その時、魂だけがこの体に入ったのです。でも、私はルシアを知っています。そこは詳しくは話せませんが、ルシアの事もこの世界の事も知っています。この先、迎えるルシアの未来も・・・」

「それは、この前おっしゃっていた死と関係あるのですか?」

「はい。恐らく中にいるルシアもその事を知っています。きっとその事で、深く傷付き、そのせいで表に出て来れないのかも知れません・・・・私は、ルシアと幸せに生きたいと思っていたのですが、先日の暴漢に会った時、怖くてたまらなかったのです」

私は胸元をギュッと握り締め俯く。それを、ガウェンはじっと私を見つめたまま耳を傾ける。

「騎士として家を出て、ある程度、名を挙げてお金を貯めたら逃げるつもりでした。私には元の世界での知識もあったから、平民としても暮らせる自信がありました。でも、暴漢如きで怖がっている私が王宮の騎士になれるのでしょうか?本物のルシアなら、きっと耐える方法を知っているはずですが、私に答えてくれません。それに・・・」

「・・・・それに?」

「この先、ルシアは遠征に行く事もわかっています。そこで争いがあった場合、私は人を切る事ができるのかわかりません。私の世界では戦争もありませんでしたし、人を殺めたりとは無縁でした。何より私は幼少から病気と闘って、闘って、生きたかったのに死んでしまった。だからこそ、命の尊さも知っているのです。そんな私が人を殺められるのか心配なのです」

不安をぶちまける様に吐き出すと、いつの間にか涙が零れ落ちる。

「・・・ですが、ルシアが生き残る為には騎士としての力を蓄えなくてはいけないのです。この家に生まれたからには騎士になる事は避けれません。剣を捨てたとして、母親の言うがまま安易に嫁いで家を出るのも嫌なんです。ガウェン様、私はどうしたら強くなれますか?」

溢れ落ちる涙を拭う事もせず、必死にガウェンに教えを乞う。

嗚咽を漏らし始めた私に、ガウェンが優しく声をかける。

「お嬢様、誰しも人を殺めるのは怖いものです。私も何度かその場面に立ち会う事がありましたが、初めて殺めた時は何度も思い出し寝れない日もありました。その後も慣れる事はありません。ですが、殺めなければ自分は死に、本来守れたはずの命も失うのです。人の命を軽く見て、剣を振り回す愚か者とは違います。あなたの剣も私の剣も誰かを守る為にあります。それでも、どうしても辛いのであれば、逃げてもいいのです。少なくとも私はお嬢様を責めたりしません」

「私は・・・私は逃げたくないのです。ルシアは今までずっと耐えてきました。この家の為に、両親に認められる為にずっと耐えてきたのです。その努力を無駄にしたくないのです」

「お嬢様・・・・」

「私の中にちゃんとルシアがいるのです。ガウェン様に褒めれて泣いたのはルシアです。ルシアが嬉しいと鼓動を鳴らすのです。両親に罵られるとズキズキと痛むのです。私の親でもないのに、認められないのが悲しくて痛むんです」

私はガウェンに深々と頭を下げると、ガウェンは慌てて席を立つ。

それでも頭を上げる事ができなかった。

「お願いです。ガウェン様、騎士団に入るまで時間がありません。私に強くなる術を、耐える力を教えて下さい。私は元の世界で16で死にました。このままだとルシアも21で死にます。私は生きたいのです。ルシアと共に生きていたいんです。だから、どうかお願いします」

嗚咽混じりの声を必死に耐えながらガウェンに頼み込む。

その声と一緒に、鼓動がトクトクと慌ただしく鳴り始めた。

ルシア・・・ルシアも力を貸してちょうだい。

一緒に強くなろう。私がずっと側にいるから、一緒に生きよう。

私の呼びかけに答えるように、慌ただしい鼓動は緩やかになっていく。

気がつくとガウェンが隣に膝を着き、握り締めた私の片手を取ると、自分の額をそっと付ける。

「私はこれよりルシア・モルディに忠誠を誓います。公爵様とも誓いを交わしましたが、今日から私はルシア様の騎士となります。私が側で支えます。力を授けます。どうか、私の誓いを受け取って下さい」

ガウェンの力強い声がまっすぐに届く。その事が嬉しくて涙が止まらなくなる。

私は添えられたガウェンの手に、もう一つの手を添えるとありがとうと何度も呟きながら涙を流した。


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