第8話 休日

「お嬢様、起きてください」

ニーナの声に、私は唸り声をあげる。

「今日は訓練も授業もないんでしょ?もう少し寝かせて」

布団の中から篭った声を上げると、ニーナは勢いよく布団を剥がす。

「ダメです。今日はデビュタントのドレスを選ぶ日です。もう少ししたら商団の方々がいらっしゃいます。早く準備をなさらないと」

「・・・・まじですか・・・」

「お嬢様?今、なんとおっしゃいましたか?」

私のぼやきを聞き漏らさず尋ねるニーナに、慌てて何でもないと言い、起き上がる。

危ない、危ない。元の世界の言葉遣いが抜けないのよね・・・ルシアはお嬢様・・・言葉使い、大事・・・そう自分に言い聞かせながら、身支度を始める。

「お嬢様、私はお嬢様が幼少の時から世話をしてきましたが、ここ最近のお嬢様はとても輝いて見えます。ですから、もっと自分に自信を持ってくださいね。私が側にいます」

髪を解きながらニーナがポツリと呟く。昨夜の話を言っているのだとわかり、ありがとうと微笑むと、ニーナも微笑み返してくれた。


準備が終わり、応接間へと急ぐとそこには母親と双子達が待ち構えていた。

「お姉様!」

声を揃えて駆け寄ってくる双子に、おはようと言いながら頭を撫でてやる。

ふと母親に視線をやれば、眉を顰め私を見つめていた。

「昨日の件、お父様が了承を出したわ。だけど、宿舎に入るまではこれまで通りに授業を受けてもらう事が条件よ」

「わかりました」

短く返事をし、双子達と椅子に腰を下ろすと、すぐに商団がドレスを持って現れた。

ずらりと並ぶドレスに目がチカチカするが、真面目な顔を作り、目を凝らす。

「そう言えば、貴方のエスコートはガウェンがするそうよ」

母親の言葉に驚き、顔を向けると母親は扇子を口元に当て言葉を続ける。

「本人からの志願だそうよ。誰にしようか悩んでいたからちょうどいいわ」

そう言われ、私も顔を背け、わかりましたと返事をする。

昨日の事で気を利かせてくれたのだろうかと思いながらドレスに目をやると、胸元が空いた白地に薄いグリーン布が重ね合わせたドレスが目に留まる。

胸元には白い小花、後ろの裾にはヒラヒラが付いていて、少し丸みを帯びている。

ルシアの目の色に似てる・・・とても素敵なドレス・・・・

一目惚れにも似た感情が込み上げてきて、すぐに指差しこれがいいと伝えると、商団の1人が笑みを浮かべ、ドレスを着た人形を目の前に運ぶ。

その後、別の商団が靴と宝石を持ってくる。

目の前の宝石があまりにも派手過ぎてドン引きするが、なるべく地味な物を探すとチョーカーのような作りにチェーンが付いており、そのチェーンの先に小ぶりの宝石が付いているのを見つける。

「これにします。靴は・・・これで」

躊躇なく選んでいく私を母親が黙ったまま見つめると、ボソリと地味すぎだわと呟いたのが聞こえた。

地味で結構。なるべく目立たずに終えるつもりだもの。

ルシアは美人だ。いつも訓練の為に髪も一括りにして、ろくに化粧もしていないが、素肌もきめ細かく整った顔をしている。

周りからはあまり評価されないが、どう見たってヒロインに負け劣らず綺麗な顔をしている。

そんなルシアが、万が一にでも別の男性に見初められたりした日には、この母親はここぞとばかりに縁談を持ちかけてくるはずだ。

自由に生きると決めた私の中に、結婚と言う文字はまだ存在しない。

それに、私の中にはルシアがいる。

この先、王子と出会った時、きっとルシアは反応するはずだ。

私の中では避けたいが、この体はルシアの物でもある。

一緒に幸せになると決めたのなら、ルシアの気持ちも大事にしたい。

私は自分の胸元をぎゅっと握りしめ、中にいるルシアに大丈夫と声をかけた。


「お姉様、今日は何も無い日ですよね?」

ユリアが膝にのしかかる様に身を乗り出し訪ねてくる。

「えぇ。ドレスも選び終わったから、もう何もやる事はないわ」

「じゃあ、お姉様とお出かけしたい!」

「ぼ、僕も行きたいです」

目をキラキラさせ懇願する2人に、可愛くて顔が緩む。

「お母様が許してくだされば構わないわよ」

そう答えると、2人は一斉に母親に顔を向け、目をキラキラさせる。

最初は危ないからダメだと反対していた母親も、双子のおねだりに根負けし、護衛をつけてなら出かけても構わないと承諾する。

それから、2人は慌てて着替えに向かい、私も部屋に戻った。

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