第7話 忠誠

部屋に戻った後、ニーナが心配して果実を持ってきてくれたので、それを頬張りながらダイニングでの会話を思い出し、腹ただしさに眉を顰める。

「ルシアお嬢様、少し宜しいでしょうか?」

ドアの向こうからノック音と低い声が聞こえる。

イライラしていた気持ちを押し込め、ドアを開けるとそこにはガウェンが立っていた。

「ガウェン様、どうしたのですか?」

相変わらず無表情で視線だけを寄こすガウェンに、部屋に入る様伝えるが首を横に振る。

「遅い時間に女性の部屋には入れませんので、ここで少しお話ししても良いでしょうか?」

ガウェンの返事に私は首を傾げる。それから、ここは自分がいた世界とは違う事を思い出す。

確かに15といえ、もうすぐ成人を迎える歳だし、未婚のレディーの部屋に招き入れるのは良くないかも・・・でも、ニーナもいるし・・・

「ガウェン様、私、今少し機嫌がよろしくないの。ですから、良かったら中で話しましょう。ほら、ニーナも居ますし・・・」

そう言って部屋を大きく開け、ニーナの姿を見せる。

ニーナも察してか、軽くお辞儀をする。

「・・・・では、少しだけ」

軽くお辞儀を返し、ガウェンは部屋に入ると長椅子の端に立つ。

私が座るのを待っているのかと思い、慌てて椅子に腰を下ろすが一向に座る気配がない。

「あ、あの・・ガウェン様?いつまで立ってるんですか?」

「いえ、このままで」

「・・・・・ガウェン様、私、今日走り過ぎましたでしょ?それに加えて、今日の午後の授業がウォーキングとダンスでしたの。正直、疲れているので、できれば見上げた状態でなく、正面に座ってお話したいのですが・・・」

困ったように見上げてそう言うと、ガウェンはすぐに真向かいに座った。

どこまで真面目な男なんだろうかと感心してしまう。

「それで、お話とは?」

「実は、公爵様より本日の夕食の際にルシアお嬢様に騎士団の話をするから、食後にルシアお嬢様に王宮騎士団の説明などをするようにと仰せつかっておりまして、ダイニングの外で待機していたんです」

「・・・・では、全部聞いていたんですね」

「・・・はい」

ガウェンの返事にため息を溢す。目の前のこの男は父親から何か頼まれたのだろうか?

ほんの少しだけ私の味方でもあると思っていた分、父の命で来たのかも知れないと思うとやるせない。

「それで?騎士団の説明に来たわけじゃ無いですよね?宿舎の件を説得に来たとか?」

少し不機嫌な声で口を開くと、ガウェンは持っていた紙袋をテーブルに置く。

「入団は日取りの都合上、デビュタントの翌日になります。それから、ある程度の説明はこの書類を見ればわかるかと思います。ただ、ここに来たことは私の意思であり、公爵様とは関係ありません」

そう言って少し間を置いてから私の目を真っ直ぐに見つめ、また口を開く。

「私も貴族の端くれなので、特例がない限り、女性が当主になれない事は存じ上げております。ですが、お嬢様の実力であれば、いずれモルディ家の名に恥じない騎士になれると思っています。それでも諦めますか?」

「・・・・・」

「私には先ほどのお話が、ルシアお嬢様が当主だけを諦めるのでなく、騎士である事もモルディ家のお嬢様であることも諦める・・・というように聞こえました。結婚したからと言って、必ずしも剣を捨てる必要はありません。それとも、お嬢様はモルディ家と決別するおつもりですか?」

ガウェンの鋭い指摘に動揺するが、何とか冷静を保つ。

「私は・・・・私にはこの先に待ち構えている事がわかるの」

私の返事にガウェンは眉を顰める。その表情に苦笑いをする。

「そうね、私、変な事を言ってるわね。でもね、詳しい事は言えないけど、わかるの。その道を辿れば、私を待っている先は死だけ」

「お嬢様・・・?」

「私、死にたくないの。だから、これからは自分の為に生きるの。沢山考えて捨てるべき物は捨てて、諦めきれない物だけを掴んで、人生を楽しむつもりよ。ガウェン様は、少なくてもほんのちょっとは私の心配をしてくれる、数少ない味方だと思っているわ。この家にはニーナ以外、誰も私を見てくれる人なんていない。だから、自分の人生を生きる為に家を出たいの」

「・・・・そのあとは、どうされるんですか?」

「そうね・・・色々考えてるけど、まずは友達でも作ろうかしら?」

「友達・・・・」

「仲間と言うべきかしら。ここでは、公爵の娘という印象が強くて、誰も私に近寄ってこないでしょ?」

「それは・・・」

「それに、ここにいる以上、友達が出来ても会ってお茶する時間もないわ。モルディ騎士団で私と話してくれるのは、ガウェン様だけですし・・・。だから、こうして秘密も話せるんです。貴方が父にもこの話をしないとわかっているから」

そう、この男は根っからの騎士気質だ。余計な詮索はせず、忠実に役目を果たす。

忠誠を誓った主人の娘、決して邪険にもしないが深く関わろうとしない。

主人の命あれば生かしも殺しもする。

従順な騎士だ。


「ルシアお嬢様、私は公爵様に忠誠を誓いましたが、モルディ家にも忠誠を誓っております。それは、ルシアお嬢様にも忠誠を誓うという事です。ですから、私は決して貴方の敵にはなりません。例えそれが公爵様の命でも従う事はないでしょう」

ガウェンのその言葉が真っ直ぐに胸に刺さる。

何故、こうも心を見透かすのだろう。そして、私が欲しい言葉を何故知っているのだろう。目を大きく開いた私にガウェンは言葉を足す。

「必要であれば、いつでも私に申し付けて下さい。私がお守りします」

そう言って立ち上がると、お辞儀をして部屋を出ていった。

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