第6話 準備と決意

「ダメだ・・・眠すぎる・・・」

倒れ込むようにベットに寝そべると、重い瞼と格闘しながら新たな事実と向き合う。

あれから迎えに来たニーナに急かされ、急いでお風呂に入り、昼食も簡単に済ませ午後の授業へと挑んだのだが、15になったばかりだと思っていたルシアは10月には16となり、毎年秋に開催されるデビュタントに参加が決まっていた。

そのためのマナーやダンスが、主な授業内容となっていた。

今は8月・・・思っていたより時間が足りないとため息が出る。

近い内に父親から入団の話が出るだろうな。

だって、ルシアの入団ってデビュタントが終わった次の日だもん。

それまでに、双子と仲良くできるのかな?

最初に決めた計画が、すぐに壊れそうな雰囲気に不安が募る。

あれこれと考えている内に重い瞼が閉じてしまったが、そのままにして思考を続ける・・・・つもりだったが、そのまま寝入ってしまった。


夕食の時間になり、ニーナが呼びに来るまで着替えもせずに爆睡していた私は、ニーナの呆れたような、心配している様な微妙な表情に苦笑いするしかなかった。

きっと午前中に走りすぎたのと、ダンスやウォーキング、挨拶の仕方などと更に体を使った為に、疲れが一気に来てしまったのだ。

ニーナに手伝ってもらいながら身支度をして、急いでダイニングへ向かうと、私以外の家族はすでに席についていた。

最初は気まずいなと思いながら部屋に入ったが、テーブルの光景にスッと無表情になる自分がいた。

上座に父親、向かいには母親と双子、私の為に用意された席の隣には誰もいない。

これじゃあ、家族団欒どころか、1人で食べているようなものね。

遅くなった事を詫びながら席に着くと、父親が顔を向ける事なく言葉を発した。

「ルシア、デビュタントが終わり次第、王宮の騎士団に入れ」

その言葉に今ですかと心の中で呟きながら、作り笑いをする。

「わかりました。ですがお父様、一つだけお願いがございます」

「言ってみろ」

わたくし、入団と共に騎士の宿舎へ入りたいのです。その為に、淑女としての授業も辞め、騎士としての訓練に集中したいのです」

「ルシア、何を言ってるの?」

「もちろん、今まで教わった事は忘れずに、淑女としての気品を保ちながら訓練をする事を肝に命じます。ですが、今は王宮の騎士団に入った時に、モルディ家の名前に傷が付かないように心身共に鍛えたいのです。もちろん、入団後も鍛錬を怠りません。その為にも宿舎へ入りたいのです」

「ダメよ。たださえ、貴方は淑女とはかけ離れた外見をしているの。いずれはこの公爵家の娘として格式あるご子息と婚姻を結ばないといけないのよ。その時に品格が問われるの」

捲し立てる母親を私は冷たい目で見つめる。

幼少から公爵家の為に動かされ、成人しても公爵家の為に政略結婚をする。

ルシアの人生は何の為にあるのだろう・・・。

「いずれ・・・いずれこの公爵家はユリウスが継ぎます。ユリウスが体が弱い分、公爵家を継いで後継者を授かるまで、私が公爵家の騎士として努めます。私の結婚はその後でも構いません。先にユリアを嫁がせてもいいです。私は公爵家の足しになる最低限の格式で構わないです」

それまでに、準備して逃げてやる。心の中でそう言葉を付け足すと笑みを浮かべた。

「お前は・・・お前は本当にそれでいいのか?」

突然口を開く父親に内心ドキリとするが、冷静に表情を変えずに顔を向ける。

「私は女です。後を継げないのは承知しております。今はユリウスがいますし、元々私の役目は後継者が生まれるまでの繋ぎでしたから」

「ルシア!」

声を荒げる母親に見向きもせず、隣で不安そうな顔をしている双子に顔を向けて微笑む。

「ユリア、ユリウス。私は心から貴方達を可愛いと思っているし、愛しているわ。これは本心よ。だから、私はこれまで通り公爵家の繋ぎとして、貴方達を支えるつもりよ。貴方達に頼ってもらえる強い姉になるわ」

この子達も言えば、この貴族社会に、公爵家に生まれたが故に自分の意がままに生きられない犠牲者だ。

私の敵はこの子達ではない。目の前にいる両親でもない。だってもうこの人達に認めてもらいたいなんて思ってない。

私の敵はこれから来る運命とモルディ公爵家の名だ。

ルシアの為にも私の為にも、この人生は自分の為だけに生きる。

騎士として名を上げれば、それなりに地位もお金も入る。

何よりもこの家にいるのは危険だ。

この空間はいずれ私を飲み込むかも知れない。

それは、本にあったように憎悪の闇に堕ち、待ち受ける先は死のみ。

私は絶対死なない。死んでたまるもんですか。

「申し訳ありません。今日はとても疲れてしまったので、部屋に戻らせていただきます」

席を立ち、軽くお辞儀をすると家族へ背を向け、部屋を後にした。

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