第4話 やるべき事

「ふむ・・・」

机に向かい簡単に書いた今度起きゆる出来事を見ながら、頬に手を当てる。

ニーナに聞いたところによると、今のルシアは15歳。

来年には父親に勧められ王宮の騎士団に入団するはずだ。

あまり多く語られていないルシアの描写から汲み取れる事は、紙の半分も埋まらなかったが、重視するべき点は三つ・・・。

王子との恋、兄弟との確執、そして禁断の術式・・・・

それを上手く回避していけばいい。

「まずは兄弟と仲良くする事だな・・・」

そう呟きながら、私は小さく頷く。

好意を示して仲良くしていれば、少しは状況が変わるかも知れない。

両親・・・とは今更無理だろう。

すでに弟達は10歳。まだまだ可愛い時期だ。全身全霊愛情を注いでいるだろう。

結衣として生きていた頃にも弟と妹がいた。きっとうまくやれる。最初の一歩だ。

「お嬢様、ご主人様がお呼びです」

ニーナの呼びかけに、紙を引き出しにしまうと椅子から立ち上がる。

さっきニーナに手入れしてもらったから身なりには問題ないはずだが、本にもあった厳粛な父と対面するとなると緊張し、姿見を覗きながらチェックをする。

それから大きく深呼吸をすると部屋を出た。


「お呼びでしょうか?」

父の書斎に入ると、頭を下げ挨拶をする。顔を上げると挿絵にあったまんまの顔が目に止まる。

180は超えているであろう背とがっしりとした筋肉質な大きな体、ほりの深い顔つきにシルバーの短髪、眉はひそめられていた。

「いつまで寝込んでいるんだ?今日の訓練はどうした?」

「申し訳ございません。しばらく寝込んでいた為、今日はこれから体ならしをするところです」

「全く・・・怪我なんて不注意、鍛錬が足りんな」

低い怒りの混じった声が、体を萎縮させる。

「すぐにでも始めます」

「今日は走り込みだけしろ。午後の授業には遅れるな。あれがうるさいからな」

あれとは母の事か?と頭の中で解釈しながら、お辞儀をすると書斎を出た。

既に訓練服だった私は、その足で訓練所へと向かう。

本では夫婦仲は悪く無いような事を書いてあったけど、妻をあれ呼ばわりするなんて、本当は仲が良く無いのかな?それともこの世界では当たり前?

考え事をしながら歩いていると、小さな足音が聞こえる。

振り返ると駆け寄ってくる妹の姿が見えた。

その後ろには手を引かれ、嫌そうな顔をしている弟がいた。

「お姉様〜、どこへ行くんですか?」

甘えた声で妹が声をかけてくる。

いや、普通に可愛いんですけど!?これは可愛がるわ・・・そう思いながら、屈んで頭を撫でてやる。

「ユリア、ユリウスをそうやって引っ張ると転んでしまうでしょ?」

「ね、姉様、僕は大丈夫です」

オドオドしながら話すユリウス。どう見ても私を怖がっている。

仕方ないか、今までのルシアは冷たかったから・・・

「お姉様、ユリアと遊んでくれませんか?」

「ごめんね、これから訓練に行かないといけないの」

「そうですか・・・」

がっかりとしたユリアの表情に、私は笑みが溢れる。

私が微笑んだのが珍しかったのか、ユリアは目をキラキラさせ、ユリウスは目を大きく見開く。

「時間ができたら遊ぼう」

「本当ですか!?」

「えぇ。約束よ」

そう言って小指を差し出すと、ユリアは小さな手を伸ばし、指を絡める。

その様子を見てユリウスも指を絡めてくる。

2人の小指が絡まっても余る指先を丸め、指切りをすると2人の頭を撫で立ち上がった。

「何をしてるの?」

その声に振り向けば母親であろう人物が立っていた。

軽く会釈をすると、母親はふんと鼻を鳴らし、2人の側による。

「カサカサの手で触るんじゃないの。この子達の手に傷が付いたらどうするの?」

そう言われ、自分の手を見ると指の付け根には剣だこができていた。

なるべく淑女らしくと手入れをしていたはずだが、剣だこまでは治せない。

だからと言って、剣だこが怪我させる訳もなく、言いがかりもいいとこだと広げた手をぎゅっと握る。

「私は訓練に行くので、これで失礼します」

くるりと背を向けると、ため息が聞こえた。

「午後の授業の前に汗は流してきなさい。手入れもきちんとするように。たださえ傷だらけでみっともないのに、これ以上、先生達にみっともない姿を晒さないで」

後ろから聞こえる声に小さく頷くと、足を前に踏み出した。

キャラクター紹介の欄でたった一言「厳粛な両親に育てられた」と書かれ、物語でも詳しく書かれていなかった。

寝込んでいた間にも顔を見せず、会えば怪我を労る言葉もなく冷たい言葉を投げつける。

想像でしか思い描けなかったルシアの描写を、実際に体感すると自分の考えが浅はかだったと思う。

孤独だったルシア。どれだけ傷つき、寂しい思いをしてきたのだろう。

そんな思いが胸を締め付け、痛みとなって私を苦しめた。

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