Hard Trip

@hinoreimei

Hard Trip


「別れなんて慣れたくないね」

彼女は数時間続いた沈黙をその一言で破った。

部屋を刺す朝日がエンドロールを迎えた僕たちを照らしていく。

僕が彼女を見ていなかったからか、この部屋に明かりが点いていなかったからかはわからないが、僕はその時初めて彼女の頬が光っている事に気づいた。


彼女とは付き合って別れてを繰り返している、お互い懲りずに4度も。

付き合っては別れそしてまた付き合って、「やっぱり」とか「間違いない」とかいうことを言い合う。

付き合いなおす度に相手に没頭していっていた。

いや、僕に限っては彼女の事を思いすぎて没入していた、というほうが正しいか。


いまさっき、彼女が発した言葉はそんな僕達にとっては特別な意味を持っていた。

だからこそ僕は、彼女の言葉に対して何も言えないでいた。

蟻の巣を掘り返すように、思い返せば後悔なんてものはいくらでも出てくる。

なにより僕を締め付けるのは、それを見ていながら見て見ぬフリをし、いつか解決するとどこかに埋めてきた過去の自分の行動だ。


「私ね、いつもは別れても平気だったの。」


やめてくれ


「他の男の人を見ても心が寂しくなるばかりで、ヘンな感じ」


やめろ


「でももう寂しくなさそう」

「やめろ!!!」


彼女が発する言葉一つ一つが抉っていき、僕の過去の行動を掘り返していく。

そうやって埋めて隠していたタイムカプセルを掘り起こしてしまった。

僕を縛っていた後悔や罪悪感を叫ぶことで振り払おうとした、それが体を強く打って痣ができるように、じんわりと情けなさに変わっていく。


「ごめん、最後までこんなので」


どうにか落ち着かないといけないといつの間にか速くなっていた自分の鼓動に集中する。

そんな張り詰めた集中の糸が彼女の一言で音を立てて切れた。


「最後まで貴方らしくて安心。そろそろ行くね、私」

「あっ、送るよ」


半ば反射的に発した言葉に驚き、また鼓動が速まる。

なんとも言えない間が空き、彼女は僕を背にして立ち上がって消え入るような声で発した。


「うん、駅までお願い」


ここから駅までは歩いて十分ある、少ないけどまだ十分話せる。


──ほんと最後まで自分勝手だよね


思い出したくない言葉が不意にフラッシュバックする。

自分勝手なわけがない、僕は彼女を思って行動していた。

そうやって思い返せば思い返すほど記憶の中にいる彼女の顔は暗くなっていく。


彼女は慣れた手つきでテーブルを片付け、荷物をまとめ始めた。

この光景ももう二度と見ることがないのかも知れないと思い目が離せない。

うつろに見つめる僕を横目に彼女は私物をまとめ終えた。


「忘れ物あったら捨てるか貰っといて、ないと思うけど」

「あ、うん。りょーかい」


そうして家をでて駅に向かう、いつもより重い扉に戸惑ったが気のせいだと押し通した。


この家から駅は近いほうだが今はすごく遠く感じる、この気まずい空気を埋めるためにいつもの会話をもちかける。


「コンビニよってかない?腹減ってるでしょ」

「うーん、あんまりすいてないけどいいよ」


いつも通りだ。と一瞬安心したがどうしてもこれからのことを考えてしまう。

何でもかんでもそう考えるのも女々しいから今の事に集中する。

だいぶ日が上がってきているがまだ肌寒い。

僕はこのなんとも言えない朝の空気感が好きだ。

そうやってぼけーっといつものように550mlのお茶と明太子おにぎりを買って外にでた。


脳の中はぐちゃぐちゃだけどいつも通りだ。明るく能天気な僕が復活すれば彼女はまた笑ってくれる。

今だけは無理してでもそうしよう。


「おまたせ、ごめんちょっと一息ついていい?」

「え…あ、おっけ!」


彼女の手にはやめたはずのタバコが握られていたので動揺してしまった。

もともと僕と付き合う前まではタバコを吸っていたらしい。

別れていた期間でも怒られるからという理由でずっと吸わなかった彼女が今、そのタバコを吸おうとしている。


「タバコ…やめたんじゃなかったの?」

「んー、もう我慢しなくていいのかなって思って」


その一言でまた胸が締め付けられた。

僕が彼女を縛っていたという事、ただの僕のエゴで彼女のよりどころを奪ってしまった事。

僕は彼女のためだと思って注意していた、それが彼女にとってどんなものだったのか僕にはわからない。

だけどいい思いはしなかったんだと思う。


タバコの煙が顔を通る、朝日を浴びやや色づいて見えるその煙は、やはりいい匂いとは言い難い。

だけど、懐かしく安心する匂いだ。

そうやって嗅いでいると付き合う前の彼女を思い出した。


出会いは中学二年生の修学旅行の二日目、東京観光をしていた日のことだった。

お互い班からはぐれてさまよっていた時に、同じ制服だと見つけたのがきっかけだった。

今でも不思議だけど人見知りの僕が自然と話せた初めての人だった。

それぐらい気が合って、趣味が合って、聞く音楽もアーティストも同じだった。

自分の鏡のような人だったからかもしれない。

自分の鏡のような人だったから自分の理想を押し付けてしまっていたのかもしれない。


皮肉にも思い返せば思い返すほど楽しい思い出しか出てこない、腹立つ思い出がいくつかあれば嫌いになれるのに。

嫌いになってしまえばきっと別れなんて辛くないのに。


色んな事を考えているとタバコの煙がなくなっていたことに気づいた。

そして、彼女がまた涙を流していたことも。


彼女も僕と同じことを考えていたのかな、なんてまた女々しいことを考えている自分に腹が立ってくる。

そんな勢いに任せて駅に向かうことにした。


「よしっ!ほら、駅行くよ」

「うん」


彼女の返事を聞いて泣きそうになるがこぶしを握り締めこらえる。

駅まであと徒歩1分もない、それまでに気持ちを整理させないときっと笑顔で見送れない。


彼女はなんて考えているんだろう、僕の事をどう思っているんだろうなんてことを考えて歩いているとあっという間に駅に着いてしまった。


「これまでほんとにありがとね、いろいろごめんなさい」

「今生の別れみたいな雰囲気だすなよ!またどっかで会えるよ」

「そうだね、また逢えたらいいね」

「ん、またね」


僕は何も考えず彼女を改札で見送った。

彼女が改札を通ってからは視界がピンボケしたように濁ってなにも見えなかった。

しゃっくりに近い感覚を抑えながら駅を出る。


やっぱり、最後に笑顔をみたい。

諦めが悪くて、情けなくて、女々しくてもなんだっていい。

最後に大好きだって言いたかった。

僕もありがとうって笑顔で言いたかった。

そんな後悔は僕を改札口へと走らせた。


すれ違う人や周りの景色、駅のホームに鳴り響く笛の音と轟音を気にも留めないほどに。


そうして改札口についたあたりで異変に気付いた。

朝の通勤ラッシュはわかるがここは田舎だから降りてくる人は基本的に多くはない。

だけど折り返してくる人の海を眺め、ついさっきの轟音を思い出し意識が現実に引き戻される。


そして左後方のスピーカーから聞こえるアナウンスで頭が真っ白になった。




[申し訳ございません。只今、人身事故が発生しました]

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