第6話『アイスなんていらない! けど!』

 白昼夢を見ていた気がする。

それくらいに暑い夏の日の事。

私は、壮大な妄想をしていた気がする。


 車に轢かれて異世界に転生して、嫌々ながらもチートを貰って魔王と戦って、そんな白昼夢。

「現実だったよね、いや夢?」

「まさか、現実だったよ」

 私の肩に、喋るカササギがいた。

驚きはしない、だってそれは私が異世界転生をしてきた証拠だったから。

「来たんだ。そりゃ来れるか。此処もまたカサ達にとっては異世界だもんね」

「それもそうだし、あの世界での彼女の安否を気にするかなって思ってさ」

 噛み合わない一人と一羽ではあったけれど、気が利く一羽であった事は間違い無い。

「確かに、それはそうだ。あんな雑なチート、気をつけた方が良いよ。即死魔法にしたって確かに怖かった。魔力の出力の加減は生還の魔法を強めにしていたから大丈夫な筈だけれど……」

「うん、そこらへんは流石だったね。少し心配していたけれど大丈夫だった。能力も性格も記憶も元に戻ったヨウって名前の子が、ちゃんとユーシャに迎えに来てもらっていたよ」

 その言葉に、不意に涙が出そうになった。


――本当に、良かった。


 母も、父も、友達もいる。変わらない日常が待っている。

私を轢き殺してしまったおじさんもまた、私とは一切関係の無い日常がある。私の罪を言うならば、魔物と魔王の殺戮くらいだ。

「良かった。良かったよね?」

「ん、魔王からも言伝があるよ。イッパンジンとの勝負は、長い生の中で一番楽しかったって。今頃は、何処かで魔法使いとして生まれているかな」

 思わず笑ってしまった、イッパンジンよりも、名前を覚えて欲しかったものだ。ただ、梨木洋という名前は、この世界での私の名前だ唯一無二の、この世界での名前。だから『ワールズスワロー』のヨウでもいいし。小娘でもイッパンジンでも、構わない。


 ただ、そう思ってくれた事だけが嬉しかった。


 私にとって刺激なんてのは、この世界にあるもので充分だ。

恋もまだあまり知らないし、愛なんてもっと知らない。可愛げもそう無いけれど、それはこれからの私に期待をしよう。


 喋るカササギも、ほんの少し……いやかなり常軌を逸したこの経験も、その内に思い出になる。そうして大事に大事にこの命を生きた後、もう一度虹の橋を渡れたら、きっと私の人生は最高に幸せだ。

「改めて、ありがとね、カサ」

「呼んだのは僕だしね、君に会えて良かった」

 通行人が奇妙な目で見ているが、私は気にせずに笑った。

「じゃあ、僕は行くね。神様ってのは、ほんとに大変でさ」

「あはは、私が死んだら手伝いに行ってあげるかも。その時はちゃんと、生まれから丁寧にやってよね?」

「覚えとく、それにしても君がそんな事言うなんてなぁ」

「雑な転生はいらないの! でも素敵な転生には憧れてもいいの!」

 暑さも限界に達して来ていた。歩みは既に自宅の方へと向かっている。

私の肩からバサリと飛んだカササギの羽根が、一枚だけ眼の前に落ちた。

その落ちた場所が車道で無い事を確認して、私はそっとその羽根をポケットに仕舞う。


――その時に、ビニール袋の存在に気づいた。


「あーー!! アイス、溶けてるじゃんか!!」

 結局、アイスクリームにはありつけなかったけれど、袋から取り出すのは辞めておいた。私には明日があるのだから、もう一度買えばいいだけだ。アイスクリーム以上に大事な事が、私の中にはあるのだから。


 実際後日、私はもう一度そのアイスを買って、足早に家に帰って一人で小さく叫んだ。

「だぁあもう! すっぱ! アイスなんていらない!」

 味の好みはそれぞれではある。

 ただ、私にこのアイスクリームは少し、酸っぱすぎた。


 というよりも、酸っぱすぎる。


 このアイスの為に私は一度死んだのかと思うと、何ともいえない。

 車道になんて二度と近づくものかと、心から誓った。


 それと同時に、やっぱりやりすぎはよくないよなぁと、今頃誰かの肩にでも止まっているであろう口うるさい神様の事を考える。

 

パッケージを改めて見ると、この酸っぱさが、何だか身体に良いなんて、そんな文言が書かれていた。

 この酸っぱさは、いらない。

 だけれど私はそれに耐えながら、ガリガリとアイスを噛み砕いて、一度はいらないと思った物を、ゴクリと、飲み込んだ。

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