第5話『さよならなんていらない!』
魔王が姿を変えた暗黒竜。そのブレス、爪撃、尾撃、魔力を帯びた咆哮、そして全てを喰らい尽くすその鋭利な牙での噛みつき。
そのどれもが強力な物だという事は分かりきっていた。
だけれど、ここで負けちゃいけない事くらい、ハッキリと分かる。
きっとユーシャ達はどのような形であってもこの場所に辿り着くかもしれない。けれど私は結果として魔王の力を余計に引き出した。
「……責任、取らなきゃねー」
「随分と軽いけど、イケそうなの? 魔王、物凄い声出してるよ?」
頭上からカサが心配そうな声を出している、これでも神だろうに。この世界についての理解が深いかどうかはきっと別なのだろう。なんせ山程あると聞いた異世界の中の一つなのだから。彼らにとっての神は、意外と私達で言うところのごく普通の職業なのかもしれない。
「イケるよ、覚えているから」
ブレスは魔法職がバリアで防ぐ。
爪撃は振り上げと共に躱せば良い。
尾撃は思ったよりも早いから距離を意識する。
咆哮はチャンス、魔法職の皆でその魔力を抑え込んだいる間に、物理職の皆が一斉攻撃する。
噛みつきが一番のチャンス、諸刃の剣にはなるけれど、暗黒竜に一番近づける。
勿論イレギュラーは存在するけれど、今はそんな事を気にする必要がない。
だってこれら全てを私一人でやるのだから。
――対等にやろう。これは私からの餞別だよ。
闇のブレス、直撃したらひとたまりも無いはずだ。
命を取り止める事は出来たとしても、その暗黒の力による能力低下は免れない。
それでも私は胸一杯に空気を吸い込み、私は手を筒のように丸め、権限させた光を誕生日の蝋燭百本分をかき消すくらいの勢いで吹き込む。人が放つ事も出来るブレスなんて、このくらいしかとっさに思いつかなかった。
白と黒のコントラストが、お互いを打ち消し合い徐々に消えていく。
爪を一本ずつ潰すのは骨が折れた。
けれど、私もまた傷を負いながら、その鋭い爪を叩き割っていく。
「ねぇ……、ヨウ。本当に……」
「大丈夫だってば!」
意固地になっていたのかもしれない。
元の世界に戻れないならばいっそ、私を殺してくれるのは魔王だけだと、そんな事すら思っていたのかもしれない。
それでも、私は彼を倒さなければいけない事に変わりはない。
尾は簡単に斬り伏せる事が出来た。おそらく魔王自身も大して意識していない攻撃だったのだろう。その巨躯から繰り出される尾撃は対多数に於いては驚異となるが、誰の事も気にしなくていいならば跳躍するだけで済む。尻尾が宝剣の斬撃により落ち、暗黒竜は痛みに悶え咆哮する。耳を劈く魔力を帯びた咆哮から伝わってくる、暗黒魔法の気配。普通の人間、ユーシャ達にはただの毒になるだろう。だけれど私は村で禁呪を使ったのだ。暗黒魔法の源、魔王が放つ魔力もまたその身体に流れている。
バリアを打ち破るような直接的な魔法ではないからこそ、それらは私の力に変換する事が出来た。
だから、彼は闇より顕現した魔の王でありながら、より強い闇の力で、永遠の眠りに付く事になる。
噛みつこうとした暗黒竜に、渾身の力で宝剣を放り投げる。
もう、私には必要無い。持ち手の裏のツバメの刻印が、まるで勢い良く飛んで行くようで、綺麗だった。
私が思ったよりもノーコンだったからか、放り投げた宝剣は暗黒竜の口では無く喉に当ててしまった。だからか咆哮ももう聞こえない。
一般人とカササギと、暗黒竜だけが静かに終わりの時を待っている。
「闇の速さに追いつくように、光もまた寄り添い続ける物だから」
スラスラと口から溢れた、鎮魂の言葉。
「貴方の世界に、最大限の祝福を」
これは詠唱なんかではない。
魔王という立場として生まれた彼へのほんの僅かな哀れみだ。私は、一人の悪を殺す。
「この魔法に名前はいらない。じゃあ、もし可能性の先にキミが行けるのなら、何処か素敵な世界にでも、転生出来ると良いね」
右手に光、左手に闇。それらを弓のように引き合わせ、暗黒竜へと放つ。
一瞬世界がモノクロに包まれ、この世界の魔王は、私の手によりこの世界を去った。暗黒竜がいた場所には、カランと言う音と共に宝剣だけが残っていた。私はそれを思い切りその場に突き刺し、彼の墓標とした。
――次は幸せになれたらいいね。
私が殺した癖に、傲慢だと思いながらも、そう願わずにはいられなかった。
残った仕事はおそらくもう無い。
魔王城にいた魔物は大体始末しているはずだ。それに魔王が消えた事をおそらく本能的に理解している。だってそういう物だって知っているから。
「ねぇカサ、アイツが転生するってこと、あるのかな」
私は魔王の椅子に腰掛け、やや放心したままカサに話しかける。
「僕がさせてもいい。選ぶ権利はいくらでも、ただまぁそれを彼が喜ぶかは別だけれどね」
「私が喜ばなかったみたいに?」
そう言って一人と一羽が笑い合う。
こういうのも、結局の所悪くない。たった一日や二日の、ズルい冒険譚。
これからの事は分からなくても、分からなくても?
「ねぇ、カサ……」
「ん? 改まってどうした? ヨウ」
魔王はこの世界で死んだ、そうしてカサはそれを転生させられると言っていた。
――そうであるならば、私もまた、この世界に生きている。
「異世界ってさ、私の世界から見た異世界なんだよね? つまりはこの世界から見た私の世界は、異世界わけだ」
「そういう言い方もあるね、キミのいた世界のように、剣も魔法も無い平和な異世界も山程ある。僕らは状況的に問題がある異世界の処置をしているだけだから、キミがいた世界みたいなのは凄く楽でいいよ」
私の言いたい事が伝わらないのは元々だから良いとしても、カサが言っている事をまとめるならば、つまり、私は元の世界に戻る事は出来ない。
――だけれど、転生する事は出来る。
「魔王討伐、頑張ったよね?」
「そうだね、だいぶ早くて助かったよ。ユーシャくん達を連れて行くのかと思っていたからね」
「だったら、ご褒美くらい貰ってもいいと思わない?」
「僕に出来る事ならまぁ……、世界には戻せないからね! 本当に、戻った瞬間死んじゃうならいいけれど……」
確かにそうだ、あの瞬間に戻ったならば私は死ぬ。
だが、私はこの世界に於ける目覚めの泉で目覚めているのだ。
ゲームとしての始まりであったとしても、この世界が一つの現実である以上、多くの時間軸からその場面を選んだ事になる。
「私、死ぬから、私の世界に転生させてくんないかな。死ぬ少し前の時間に、出来るでしょ?」
「……キミ、やっぱり他の転生者とは違うな。どうかしてるよ。でもそうだね、盲点だった。可能だ、たしかに可能だよ。やった転生者はきっと一人もいないけど」
魔力よりも強い希望が身体を駆け巡る気がした。
「でも、キミが死ぬって事は、ヒロインが死ぬって事になるよ? それは、僕が見ていた限りキミが尤も嫌う事に思える」
「うーん……」
噛み合わないけれど、それはそれで心地よくも思えてくる。
「でしょ? キミが死ねばユーシャも悲しむ。この世界でのキミの親だってキミが救っているんだよ?」
「違う違う、私に与えた力の内容も把握出来ないくらい大変な職場なんだなーって、ちょっと同情してた」
そう言って私は、自分自身に生還の魔法をかける。一度きりの復活。私達のような勇者パーティーにだけ通用する。だいぶ上級の回復魔法の一つだ。
「これで私が死んで、生き返るまでの間に転生をしてくれたら、この子も戻ってくる。ハッピーエンドだと思わない?」
「つくづく……、いや、恐ろしいくらいの理解度で、僕からはもう何も言えない。じゃあどうする? 今からやる?」
「んーん、最初の村に戻って説明する」
「律儀だねぇ……」
「そういう性格なの!」
転移魔法ですっ飛んで戻った私の説明を聞いた村人達は、私の血に塗れた姿を見て最初は怯えつつ半信半疑だったけれど、おじいさんの腰の痛みだとか、生まれついて持って生まれた子供の病を癒やしてあげるとすぐに信用してくれた。
「チョロいね」と笑うとユーシャは溜息を付いていた。
「キミもこれから頑張ってね、魔王は倒しても、魔物は消えないからさ。この子を守ってあげてね」
――そうして、いずれ幸せに。
「じゃあ! これからの私にこんな力は無いし、普通の女の子になるから、そういう事で! 一旦死んで来るね!」
「ちょっと待て、僕が見守る」
流石ユーシャだと思った。だからこそ安心して私を返せる。
私が目を覚まして最初に見た人が、彼であるならばきっと幸せだ。
「そだね、一緒に行こっか。場所は、目覚めの泉かな」
カサは私の肩に留まったまま黙っていた。この期に及んで話すカササギの説明もしていられない。だからなるべく面倒事を起こさないように気をつけるスタイルは、嫌いじゃなかった。魔王との戦闘も自由にやらせてくれた。
「実はアレさ、私がやったんだよねー」
「魔の森が焼け落ちたのを見れば、流石に気づくさ」
察しが良くて助かる。流石に誘導されてやった事なので私が全部悪いとは思わないけれど。
「直しとく、綺麗な場所だったしね。だからユーシャは此処まででいいよ。少ししたら迎えに行ってあげて。私は、少し準備があるから」
「ああ、分かったよ」
「しーっかし、キミもおひとよしだね。顔が同じだからって、そんなに簡単に信用していいもんかなぁ?」
ユーシャは困ったように頬を掻いてから、真剣な顔で私の目を見た。
「貴方もまたおひとよしだからお互い様だろ? 理由は全部飲み込めなくても、この世界を、ありがとう。」
顔を見て『いやだ格好良い~』なんて思っていたら、本当に格好良い台詞を言われてしまって、少し困る。
「嫌々だったから、別にいーの。それに、少し楽しかったしね?」
そう言ってカサを見るとカサは目を逸した。ユーシャは不思議そうにこちらを見ている。
「じゃ、行くね。頑張って~」
「ありがとう……さよなら、もう一人のヨウ」
湿っぽい顔をしたユーシャの背中を、ポンと叩く。
「さよならなんていらない! 私達はまたすぐに、出会うんだからね!」
あえて、彼女らしい言葉を残して、私は目覚めの泉へと向かった。
「最後の魔法が、土地の修復とはねぇ」
焼けた荒れ地を泉に戻し、私は自分の心臓に手を当てる。
「準備は良い? 死亡を確認し次第、転生させるよ」
「魔王戦の傷は治したけど、もうなるべくこの子の身体に傷はつけたくないし、即死魔法を自分に撃つよ。そうしたらお願い」
私は大きく息を吸って、二度目の死へと向かう。
「ありがとね、カサ。ツバメが飛び交うこんな世界で、私の大好きなカササギでいてくれて」
「いいよ。こちらこそ助かったさ。魔王の転生も、任せて」
「ん! それじゃ、今度は失敗しないで一杯生きるから、またいつか、機会があったら!」
嫌々だったはずなのに、少しだけ別れを名残惜しく感じている自分がいることに少し驚いてしまった。カサはカシャシャと笑っていた。
そうして私は、もう一度異世界へと渡る。
即死魔法を唱えて、仰向けに草むらに倒れた後、空に虹の橋が見えたような気がした。
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