第4話『言葉なんていらない!』
これは、私が作り上げてしまったイベントだ。
見たくない、知りたくない、聞きたくない、けれど進まなければいけない。速度バフを全力にし、一瞬の内に魔王の上部へと飛び上がり渾身の二撃目を叩き込む。
「不完全結界に鞍替えだね」
完全結界と呼ばれていた物にヒビが入る。ただ、チートという力を以てしても本来は負けイベントであるこのシーンに於ける力は、目を見張る程の物ではない。尤も、魔王の困惑は痛い程伝わってくるので、効いているのは間違いないのだけれど。
「どうして小娘ごときがそのような力を持っているのだ!」
そんな言葉は、ユーシャにかけてあげて欲しかったし、彼に向けられる言葉だったのだ。けれど、そんな事をグダグダと考えるのはもうやめた。
「どうしてかなんて事は『神のみぞ知る』だよ!」
チート能力を与えられているとは言え、果たして魔王を一捻り出来るかと言われると中々に厳しいかもしれない。魔王に圧を与える程の力はあるのだろう。だけれど本来の魔王戦は能力が突出した一人の戦闘では無い。
信頼を深めたパーティーで連携しながら戦って、それでも力が拮抗するような力を持つからこそ、魔王なのだ。
「エンチャントは光だけを全力、痛いのは嫌だしお互い様だからバリアも全開でしょ……、後はまぁ、力でゴリ押してみようか」
「一応魔王だからね、気をつけてよ?」
大して長い付き合いでも無いけれど、さしずめ私のパーティーメンバーはこの肩に乗るカササギという事になる。
「カサのチートは雑だからなぁ」
笑いかけながら、私は魔王へ突進するように宝剣を突き刺そうとする。
その間に魔王が放った暗黒魔法によって、私が張った全力のバリアにもヒビが入っているのが見えた。
「やっぱ雑だ。出力を高めてはいるけれど、世界の限界はあんまし越えられてないよ」
本来、この時点で魔王の攻撃に耐えられる術は無い。
どれだけレベルを挙げたところで強力すぎる暗黒魔法と完全結界によって一度敗北する。それはそれぞれのキャラクターにはレベルを最大にしてもキャラクターに応じたステータスの傾向が存在するからだ。つまり私が今乗っ取っているヒロインはいくらレベルを挙げても宝剣を持てるようなステータスにはならない。
食べると少しだけ能力値が上がる希少な木の実や種をモグモグした所で、たかが知れている。この段階で集めまわって最強の状態になったとしても、完全結界には傷がつかない。何故ならば防御値が最高の状態で設定されているからだ。
だけれど結局の所、完全結界を割るという想定がされていなかっただけなのだ。システムなんて野暮な事は言いたくないけれど、頭に鳴り響いたファンファーレの数が百近かった事は覚えている。それはおそらく、百をわずかに超えていたのだ。
今の私の能力値はこの世界に於けるレベル99以上であり、付随して全ステータスも限界を突破している状態なのだろうと思う。
であればこれはシステム側の不手際というか、イレギュラーだ。チートを使えば倒せる、ゲームでは良く聞く言葉だ。だけれど大抵そんな物は負けイベントの前では何の意味も無い。努力して勝ったとしても、ズルして勝ったとしても、結局いきなりあらぬ所から刀が飛んできて倒されてしまうし、雑に勝利が無かった事にされたりもする。
――だけれど、これは限りなくゲームに近い、現実だ。
だから、絶対に負けイベントというゲームとして正しき不条理にはならないし、させない。
完全結界が持つ高すぎる防御力より私の攻撃力はわずかでも勝っていて、暗黒魔法の攻撃力を私のバリアは耐えうる程の力を持っている。
「うん、やっと楽しくなってきたな」
――完全結界が割れ、私のバリアも砕け散る。
「何故、そんな力を持っている」
「なーいしょ、でも魔王さんの困惑も分かるよ。ただ、小娘でも魔王の前に立ち塞がったんだよ? やろう、本気で」
私の言葉に、彼は魔剣を握りしめて、殺意を解いて笑った。
殺意なんて感じられるんだなぁと私も少し笑った。
「確かに面白い、数千年ぶりに面白いぞ小娘。退屈という物はな……」
「魔王だって殺すんだもんね」
――私はこの言葉を良く知っている。
魔王としても彼の過去も、現在も、未来も知っている。この台詞は、魔王としての永遠とも呼べる生の中で彼が感じた孤独だ。魔王のモノローグでだけ語られた言葉、この魔王は、その永遠に続く退屈を理由に自死を試みた事すらある。
ゲームのプレイヤー以外には誰にも届く事が無かった言葉。
「奇妙な娘だ。だが、血湧き肉躍るとはこの事。存分にやり合おうぞ!!」
その言葉を引き出せた事が、まさか私にとってのほんの小さな救いになるなんて、思いもしなかった。私は、この闘争によって魔王の心の内を開かせてしまった。
もう、魔王から溢れ上がるのは殺意では無い。無邪気とも呼べる程に我武者羅な、戦いを楽しんでいるような姿だった。
「結界などいらぬ! 痛みこそ闘争!」
「いや、私は痛いのは嫌だな!」
魔王の剣戟を受け止めながら、私達は会話を続ける。
「それ程の力の前で、痛みを怖がるか小娘!」
「だってズルだし、ねっ!」
振るう宝剣に光属性の補助魔王を乗せ、魔王が持つ暗黒を纏った魔剣の一撃を受け止め、魔剣の刀身が折れる。
――これは、次のステージの合図だ。
「本気を、出すか。小娘、この闘争の先に何を望む?」
「いやー、そういうのはいいの。此処現実。君人殺す。私それ許さない」
端的すぎる理由。私が嫌々ながらもここまで来て、見たくもない臓物を見て、やりたくもない魔物の殺戮をして、今からこの魔王を打ちのめすのはそれだけの理由だ。
「後の事は、まぁ何とかするよ。だからさ、せめて楽しもう。私もさ、常々パーティーと戦う一人の魔王はちょっと可哀想だなって思ってたんだ」
私の言葉を聞いているのかいないのか、魔王は第二形態へと変化していく。そうなればもう魔王は人語を発さない。
だから最後に魔王が私に告げた言葉が、酷く印象的だった。
「我も思っていた。とはいっても、それら全てを有象無象など全て散らせた。だが、まさか小娘一人にこの姿を見せるとはな。名を、何という」
「私は梨木洋。アイスとお洒落とゲームが好きで、ちょっとだけお人好しの一般人だよ」
笑い声が二つ聞こえた。
「魔王に自己紹介する子、初めて見たよ」
戦いの邪魔にならないよう天井に避難していたカサが笑う。
「アイス、ゲーム、イッパンジン、知らぬ言葉、だ。さぞイッパンジンとは、人の子の高みなのだろうな」
思わずそんな言葉に私すら吹き出してしまった。
「そーだね、この世界に一人しかいない。……最強の存在だよ!」
嘘を吐いた。だけれど、もうそれでも良い。
彼はその嘘によって救われるかもしれない。どうせ死ぬのが運命ならば、私の力がズルであっても、全力を以て戦い合いたい。雑なチートのせいで、どうせ力も拮抗しているだろう事は、少々不安でもあり、面倒でもあるけれど、私はそのくらいでいいのだ。
「一対一、か。確かにな、多数とやり合うのは卑怯ではあるまいかと思っていた」
――たった一人きり、でも最強。良いハンデじゃんね。
「私もさ、楽しいよ。だからもう、此処から先の闘争に言葉なんていらない!」
もう人語を発さなくなった魔王の姿は、巨大なドラゴンと化していた。
道中で倒したドラゴンとは格が違う。暗黒竜と呼ばれた魔王から感じるその圧に震えが来る。けれどもう頭をボヤかせる必要は無い。
握りしめた宝剣の宝石が、キラリと光る。
それは青かっただろうか、赤かっただろうか。
私は彼を、幸福の魔王にしてあげられるだろうか。
そんな事を考えながら、私はバリアを解き、強く、強く咆哮している暗黒竜へと、音も無く空へと浮くように、静かに床を蹴った。
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