第3話『負けイベントなんていらない!』

 私のすべき事が見えてきた。

嫌々ながらも見えてきた。チートもいらないと思ったし、ヒーローは本当にいらないと思った。

だけれどチートについては必要だ。何故ならこの世界の人間達は当たり前に痛みを感じるし、時に不条理に死ぬからだ。ゲームだと思えば仕方が無い。けれど限りなくゲームに似ているとしても、これが彼らの現実だと思えば仕方が無いわけがない。


 だから私がすべき事は、単純で明快な事。

「選ばれたなら、やるよ。分かったよ、カサ」

「助かるよ、チートも使う気になったみたいだね」

「いらないのは本当だけど、魔物がはびこっている以上はね、さっさと終わらせたい理由が違うけれど、私も少し急ぎたいから」

 言いながら私は目覚めの泉の奥、日の当たらない暗い森の中に足を踏み入れた。

「剣なんていらなくない?」

「話すと長いけれど、この世界には多分公式チートってのがあってね……、完全結界って言うんだけれど……、それの為に出来るだけ強い剣は持っときたいんだ」

 

 身も蓋も無い話ではあるが『ワールズスワロー』は王道も王道。

勇者とヒロインが旅に出て、皮肉屋の男魔法使いと出会い、おっとりとした女僧侶に出会い、ツンデレの刀使いに出会い、敵だった賢者が仲間になる。ちなみに皮肉屋の男魔法使いは女僧侶をかばって死ぬ。その後の男魔法使いについてはクリア後の世界にて。

 諸所省けど、倒すべき魔王については、一旦地上にある城に攻め込んで四天王を倒した後、魔王との戦いに一回敗北する必要がある。その時の戦いが公式チートというか、倒せない設計になっているのだ。

その後、魔王城は浮上し、その乗り込む手段を得るために赤と青のオーブを集めて巨大なツバメを召喚しなければならない。そのツバメの背に乗り、魔王の城へと乗り込むという話だ。ちなみに魔王の城もそのツバメの突撃で無ければ入れないような結界が張ってある。ツバメは死ぬが、それについては無料DLCにて。


 本来はそこまでしてやっと魔王を倒してハッピーエンドなのだけれど、時短を考えるならば浮上前に魔王を倒したい。

「いくら私がチート級の能力を持っていたとしても"そういう風"になっていたらどうしようもないんだよねぇ……」

 ポテポテと歩いていると、曰く血と魔力を吸い上げた結果、物凄く太く成長した邪悪な木々が生い茂るこの森で、大げさに倒れている倒木が見えたので、私はそこから宝剣を探し出して引き抜いた。

「馬鹿力みたいでいやだな」

「実際そうだからなー」

「実際は! 違うの! 筋トレ三日坊主を舐めるな!」

 そんな事を言いながら、私は周りに忍び寄っているつもりの木々の蔦を宝剣で切り裂く。本来は一個体ずつ破壊していく所なので、あまりにも数が多く、とりあえず両手両足を掴まれ、体重こそ軽いので宙に持ち上げられた。

「ありゃー、あられもない姿」

「キャー! なんて事があるか!」

 私はその蔦を力だけで引きちぎり、指をパチンと鳴らす。

「ヒバシラァ!」

 こうして魔の森は焼け焦げた荒れ地へと変貌した。

おそらく魔の森を守っているという魔獣についても、燃えただろう。


 鬱憤と目的を済ませた私は、とりあえず最短ルートで魔王の城まで浮かぶ。

歩くと中々に、というより相当長い旅路ではあるけれど、ゲームでは『ドン、ドン』と一生腰を打ち付けていられるような山のオブジェクトについても、この世界ではリアルに登れるただの山だ。海は凍らせて渡れば良い。

「なんか思い出すな」

 海を凍らせて渡る事で異世界に来る前の私を思い出すのは少し嫌だったが、何となくそれがきっかけで私がいた世界の事を考えてしまう。

「ねぇカサ、私は魔王を倒したとして、その後どうしたらいいんだろう」

 家族にも悪い、人生を壊したおじさんにも申し訳ない、アイスだって食べていない。戻せるなら戻して欲しい。だけれど都合が良すぎる。あの瞬間に戻るという事は死ぬ時に戻るという事だ。

「前も話したけれど、キミがいた世界に戻ったとして、単純にすぐ死ぬね。だからまぁ、あの時の話は生き返らせる事が出来なかったってのが正しいか」

「だよねぇ、戻れるわけ無いよなぁ……」


 ごめんなさいと、小さく呟いた後、私はその思いを振り切るように自身に速度倍加の補助魔法のとんでも無い威力の物をつけて、海を走った。


――凍らせなくても渡れるじゃんか……。


 そうして辿り着いた魔王の居城を眼前に、立派なもんだなぁと思う。

魔物、もとい魔族にも建築士がいるのか。それとも魔法で何とかなるのか。

「おじゃましまーす」

 この時の私はもう、ハッキリ言ってヤケになっていた。

魔王城の扉を蹴り飛ばし、四天王の一人のセリフが終わる前に遠距離攻撃でハメ倒し、死に際の台詞を無理しながら面倒なギミック扉を粉砕していった。


『戻れない』

 分かりきってはいたけれど、その言葉が私の中の希望みたいな物を打ち崩したのかもしれない。この世界で生きていくには、きっと不便だ。

魔王を倒しても魔物は一定数存在する。もっと言えば魔王に変わる何かが現れるかもしれない。私はきっとそれを見過ごせないのだ。そんな人生は嫌でも、見過ごせない。


――嫌々ながらも戦い続けるなんて、呪いでしか無い。


 振るう、振るう、放つ、放つ。

魔物を殺すという行為についての嫌悪感は、自分の精神に軽い混乱をかけて誤魔化した。その内に必要無くなっていたが、カサがその様子を見てカシャシャと笑っていた。


「誰なんだキサマ! 魔王様に楯突くのならば容赦はしッ!」

「だーいじょうぶ、何にせよ楯突くのが来たんだ。時間の問題なんだよ」

 四天王の二人目が大剣を落とす。本来はその剣が魔王城到達時点の最高装備なのだが、私はそれに目もくれずに次の部屋へと歩を進めた。


 流石に異常に気づいたのだろう。大広間には見渡す限りに魔物がはびこっている。

「まもののむれがあらわれた!」

「ヨウ、なんかはしゃいでない?」

「ないない。もうね、ちょっぴりうんざりなんだ。試したいのはもう少し先だから」

 身の程を知らずに襲いかかってくる震えが来そうな程豪快な見た目の魔物達、その爪に、その牙に、その見た目に、私の心臓は跳ねる。

当たり前だ。私がどれだけ強かろうと、そんな生物を生身で見たことが無いのだ。頭を混乱させてでもいないと精神が持たなかった。

 けれど結局、どの攻撃にも私には届かない。

「バリア構築、みんなぶっ飛べ!」

 自身を中心に構築された防御魔法、本来なら身を守るそれを吹き飛ばす。その威力の強さに広間全体の壁は赤く染まった。

「全力なんだ……」

 カサすら少し引いている。けれど群れにはこれが一番手っ取り早いと気づいた。こんな室内なら、全力で撃てば大体の魔物は圧死する。ただし、壁が崩れ落ちる可能性を考慮していなかった。

「だって、臓器とかあんまり見たくないしさ……。でもちょっと疲れてるかも、此処が魔王城じゃなきゃ倒壊しててもおかしくない」

 だけれど、傷一つ無い魔王城の壁を見て私は少しだけ嫌な予感が的中シた気がして、顔を顰めた。

「あー、完全結界、ついてるかもなぁ」

「壊せそう?」

「壁で試すよりかは、モノホンで試すよ。もうちょっとだ」


 四天王とは言うものの、結局のところはレベルを上げて殴るだけで済む話だ。

魔法使いに剣士、召喚士にドラゴン。

色々いたわけだけれど、結局の所、今の私には適うわけがない。

「あーあ、ほんと、興がないよね……」

 本来ならこの時点で私が乗っ取ってしまったヒロインは綺麗なローブを着て、魔法の簪で髪を止め、回復や補助、時には攻撃魔法を使って戦いをサポートしているはずだ。

「仕方ないさ、でも喜ぶ人のが多いんだよ?」

 その事実に決して驚きはしないけれど、それでも私はやっぱり元の世界で生きたかった。

人は簡単に死ぬ、それが分かってしまったからこそ、私は剣を振るっている。

元々黄色かったローブは真っ赤に染まり、少しだけ自慢だった黒髪は邪魔だったから魔王城に入ってすぐにバッサリと切ってしまった。混乱していたのだなと今なら分かる。


「それで、何用だ。小娘」

 見るからに強そうな屈強な肉体、角が二本。

魔王の間でふんぞり返っている魔王第一形態が偉そうに話しかけてくる。

ゲームでは熱いシーンだけれど、もはや感動も何も無い。

「お仕事? というかお試し?」

「何を言っておる、殺されたいか?」

 圧が凄い、物凄い。流石魔王と言った所だ。

だけれども、私がこの場所に辿り着いたという事は魔王も分かっているはず。

「とりあえず、やってみましょ!」

 座したまま余裕ぶっているあたり、どうせ駄目だろうと思いながらも、私は出来るだけの補助魔法を自分にかけていく。

「エンチャント、ぜーんぶ!」

 言いながら私は宝剣を手に魔王へと斬りかかる。

大げさな音を立てながら、私の一撃は魔王を包んでいる黄色がかったオーラに阻まれる。

「だーーーから言ったじゃん! 公式チートなんていらない!」

 だが、ほんの少しだけ、手応えを感じた。

ただ、それ以上に、魔王の眼に困惑の色が見えたのだ。

「ん? もしかして、行ける?」

「だね……、流石というかなんというか」

 カサすら苦笑していた。私は立ち上がる魔王から距離を取り、バリアを張る。

「小娘……ッ! 貴様!」

 なんという、なんという三流台詞なのだろうか。恐ろしくも尊厳に溢れていた魔王を返して欲しい。明らかにこちらを警戒している。

よく見ると球体のオーラにヒビが入っていた。ならば、斬れるのだろう。

「うん、じゃあ斬ろう」

 私は『ワールズスワロー』に於けるあらゆる魔王対策の魔法と攻撃手段を頭の中で作り上げていく。魔王の攻撃はバリアが防いでいた。その度に漏れる情けない声なんて聞きたくなかったなぁと思いながら、私は宝剣を振り上げた。

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