第1話『雑なチートなんていらない!』
カササギは七夕に天の川を繋ぐ鳥だ。鳥に詳しくなくても物語の世界が好きならば巡り合せの一節に出会う事もあるんだろうと思う。
私は決して読書家ではないけれど月に一冊も読まないわけでもない。
だからきっと月に一冊の積み重ねの中にそんな巡り合せがあったのだ。
好奇心旺盛なのは自覚していたから、調べて外見も知っていた。というよりも好きな鳥だったのだ。黒く見えるのに光を帯びると翠や蒼に見えるその羽根が不思議で綺麗に思えた。
――私の、好きな色だったしね。
そう思って自分が着ていたはずの薄緑のシャツを見るとやけに質素な所謂ローブのような物に変わっていた。
なんと可愛げのない事か。ワンポイントのリボンくらいあっても良いだろうに、黄色くてダランとした。何だか、良く知っている服装。
「ようこそヨウちゃん、異世界No.7467479へ」
「いや、何だって?」
肩に止まるカササギの言う事が私の妄想だとしたら凄く嫌だ。
だからもう一度私は『異世界』と言う言葉を聞き返す。
「だから異世界No.17……」
「じゃなくって!!!」
馬鹿なのだろうかこの鳥は、でも鳥頭とも言うし、いやそもそも聞きたかったのはそれじゃない。という事は意思疎通が取れていない時点で。
「異世界って!!」
「そう、山程ある異世界の内の一個へようこそ。この世界は名前を入力するタイプみたいだけれど、そのままで良いよね」
確かに私ならヨウという名前を入力するだろうけれども、話はそういう事じゃない。
「なんっで!」
「いや、だってヨウちゃんこの世界好きそうだったじゃない。キミのいるとこではなんて言ったっけ、此処と物凄く似てるヤツ。なんとかスワロー」
それは『ワールズスワロー』の事を言っているのだろうか。
私が大好きで何度もやり込んだロールプレイングゲームだ。そう言われてしまえばこの場所の既視感や、自分の着ている服にもピンと来る、来てしまう事に腹が立つけれど、理由がわからない。正味な話、まだ夢だと思っている。
「だからって何で転生するの……」
「死んだの見てたんだ。面白いなーって思って、選んじゃった」
だけれどもこんな芸当が出来るならば現実で生きていたかった。
「ちなみに、現実で生き返らせたりだとか……」
「出来たよ、これでも神だし」
――じゃあ……してくれ!!
「でも異世界の数って本当に膨大だからさ、神様連中の手に負えないっていうか……。だからポンポン転生させて手伝って貰ってちゃっちゃと片付けていってる最中なのね。だから見込みある人はどんどん転生させるんだよ。ほら、チートもあげるし」
勝手に理由を捲し立てられた挙げ句、
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
「うるっさい! なにこれ!」
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッパッパッパー!
鳴り終わるまで、けたたましすぎるその『パ』というか、息継ぎが間に合わなさそうな『パ』のけたたましい音が頭に響き渡る。
おそらくレベルアップの音だ。能力の限界値に達するくらい鳴ったのだろう。この適当具合だと多少多そうな気さえする。ただ、確かに身体に力が漲るどころの話では無い。それでやっと、少し現実味を帯びてきた……わけがない。
「事情は分かった、分かったけれど……。
納得出来ない、信用出来ない、出来ない出来ないって。
というかワールドスワローでしょ?! スワローってツバメ! 貴方はカササギ! せめてツバメで出てくるのが道理でしょうよ! いやカササギも好きだけれども!」
「何だよもー、めんどい子だなぁ。とりあえずちゃっちゃとクリアしてよ。僕も含めてさ、厳密には少し違うけれどほぼキミの知ってる『ワールズスワロー?』だから、それにほら。餞別、持ってみなよ」
地面が光り輝いて出たるは最終装備どころか、隠し武器の『宝剣オスカー』だった。重厚そうな見た目と、目を惹きつけて止まない輝く柄の両方に一つずつ付けられたルビーとサファイア、おそらくは持ち手の下には
それを
そうして、一度目の溜息が出た。
――こんな重そうな物、持ったことが無いし、持てるはずもないのに。
ただ、チートをこの身に受けたのだ。それでもショックはショックだった。この剣の要求ステータスはいくつだっただろうか。
これを主人公に持たせたいが為にどれだけレベル上げをしただろうか。そもそも隠し武器なのだから取得にどれ程時間を費やしただろうか。
思い出が踏みにじられていくような、切ない感覚。
そこでふと気づくが、そもそも私は主人公ではない。この剣を持つべき人間ですらないのだ。
「ってあれ? この場所って、目覚めの泉……だ。うわぁ……」
良く見ると近くにある泉に『目覚めの泉』と言う文字が浮かんでいる。そりゃゲームじゃ浮かんでいたけれど、現実味がなさ過ぎて思わず引いてしまった。
「それにほら、そろそろキミも馴染んで来たし、水面を見てご覧よ」
カササギがカシャッと笑って言う、カシャシャと言う鳥に似つかわしく無い声だが、これはおそらく彼? なりの善意の現れなのだろうという事は分かってきた。
「みなも……?」
だが、善意が全て裏返っている。今私から出た声を聞いた瞬間に、何となく意味が分かった。確かに人によっては嬉しくて仕方ないのかもしれない。けれど水面に映った綺麗な顔、ヒロインの顔を見て、私は二度目の溜息を付く。
――私はこんな綺麗な顔でも声でもなかったのに。
「頼んでないよ……」
「サービスだよ」
鈴を転がしたような声、あのヒロインはこんな事を言わない。
おしとやかで、見ているだけで幸せになるような可愛らしい子だ。
私は私のままで良かった。こんな綺麗な人間になるなんて、ズルでしかない。
「直せない?」
「駄目だね、破綻する。キミは今からユーシャ様と旅に出るんだから。大好きだったろ? 彼の事」
一瞬洗脳でもされるのかと思い身構えるが、そもそも身構えた所で洗脳に抗う術を知らなかった。だが姿形や声を変えられても精神に干渉をする気は無いらしい。
「好きだったのはあの子、私はキャラクターとして好きだったのよ。あの子も、ユーシャ君もね」
「ふーん、そういうもんかな。そうだ、魔力もたっぷりなんだからさ。一応試しときなよ。平和の為平和の為、間違って街を壊すのは駄目だからね」
カササギに言われるがままに何かする度に溜息が増える気がする。
けれど言う事は尤もだ、順応したつもりはなくても、困惑したままだとしても、半信半疑でも、今此処に精神がある限りやるべき事はある。
「……ヒノコ」
炎属性の最下級魔法、単純な格で言えばヒノコ、ヒバラマ、ヒドリと続く。ヒドリは炎状のツバメが科学忍法かのように突撃していく圧巻の魔法だった。だがそんな物をこんな場所で使う馬鹿などいるわけがない。目覚めの泉どころか今いる森ごと消えてしまう可能性がある。
だが、私は舐めていたのだ。ヒノコと、それを扱う私の力を。
ポワンと私の人差し指の先に熱を感じて、球体になったそれを木々に燃え移らないように目覚めの泉へと放つ。
結果、三度目の溜息が出た。
私が放ったヒノコが水面に触れた瞬間爆発が起こり、辺り一面に泉の水が跳ね上がる、と同時に瞬時に蒸発していき、目覚めの泉は焼け焦げた荒れ地と化した。
――後半の素敵なイベントシーンの舞台だったのに。
「やりすぎだよ! こんなんじゃチートなんていらない!」
「でもほら、パパッとやれるからいいじゃないの。取り消しは出来ないけど、使うかは自由だしさー」
「そういう問題じゃ……!!!」
神の前でも怒りは三度までらしい、声を荒らげた瞬間に、後ろから聞き慣れた声が届いた。その瞬間カササギは私の肩から飛び出っていく。
主人公はヒロインを目覚めの泉に迎えに行く所から始まる。この森が所謂チュートリアルだ。雑魚モンスター達を倒してきたんだろう。
だが現状はもう既に『ワールズスワロー』を逸脱している。
何故ヒロインが焼け焦げた荒れ地で豪華な剣を持っているのか。その点からもう、滅茶苦茶なのだ。というか焼け焦げて泉は跡形も無いのに宙には未だに『目覚めの泉』と出ている。馬鹿にされているのか、夢であってほしい。
私を呼ぶ声に、少しだけ心がときめいたが、CVの事は忘れる事にした。それは自分についてもそうだ。ただ、陽の光を浴びて宙を舞うカササギを見ながら大きな溜息と共に私は一人悪態を付く。
「異世界転生なんて、したくなかったなぁ……でもとりあえず、目標はクリアかなぁ」
私はとりあえずユーシャ君に見られる前に宝剣オスカーを強力な魔獣がいて誰も近づかないという設定の森の奥へと思いきり放り投げ、なるべく温和な顔立ちをしたまま『元目覚めの泉』であるところの焼け焦げた荒れ地についての言い訳を考えていた。
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