36話 Barachiel & Raphael ******

「では次に、バラキエルという名を受け取った女性です。お二人にわかりやすく言いますと、ヒロキさんに声を掛けた女性ですね。率直に申せば彼女は性欲の強い人間でした。ただそこに自らを満足させる快楽を求め続けて、様々な男性と寝ていたようです。しかしその分だけ多くのトラブルを抱え、男性も女性も、関係のあったいろいろな人々と揉めているような毎日を過ごしていました。そんな日々に嫌気を感じていて、でも性欲がなくなるということもなくて気が滅入っていた時、偶然にも彼女は『教団』を知りました。人工知能が教祖であるという非感情的な世界が、当時の彼女には丁度良かったようです。彼女は熱心な信者として周囲の信頼を集め、その中でも男性とは性欲処理の為にお互いの身体を使い合っていました。計画に選ばれた時に彼女は、新しい世界を創る為には多くの子どもが必要だと思い、煩わしい人間関係に囚われないセックスが出来ると考えて積極的に参加してくれました。事実、エデンには前にも話した通りまともな性欲はありません。エデンにも夫婦という関係はありますが、そこには一切の恋愛感情が存在しません。町中の人々が家族みたいなものですから、町民全体に向けた愛情があるだけですね。相手の選び方は、年齢が近いかどうかと、あとはタイミングです。何かで二人きりになるとか、気分的に子どもを授かっても良いなと男女共に思えば結構です。避妊などという概念はないので、誰もが生涯で一人の相手としかしません。二人の間に子どもが出来れば、それから二人は夫婦として過ごします。夫婦というよりは、子どもの両親という感覚で家族となります。これだけ人の少なくなってしまった世界ですから、なるべく多くの子どもを出来るだけ早い内に産んでいこうと思うとバラキエルさんは仰っていました。私から見れば、そこには性欲よりも強い使命感があったように思えました。彼女は隣で目覚めたラファエルさんに声を掛けていましたからね。あのお二人で子どもを作るつもりかもしれません」

 夢の中でヒロキの立ち小便をはしたないと注意した女性が、性欲の為に多くの男性と寝ているような人間だったとは。エデンという場所は生まれ持った人間性を隠してしまうのかもしれない。和葉たちは実直に意外だと思うだけだった。特に善悪があるような話でもない。

「話の流れからすると、次はラファエルさんですね。和葉さんは見かけたことがあるでしょうか。彼はブドウ畑で仕事をしていました。教祖としての立場で言わせてもらえば、彼が最も敬虔な信者だったと思います。彼は小さな田舎の町で生まれました。そこの町長の一人息子であり、町中で最も偉い人間だとして幼い頃から育てられていました。基本的に何をしても失敗することはなく、父親を除く誰よりも立場が強かった為、他人を見下さないという考え方を持ち合わせていなかった。自分よりも偉い父親を尊敬し、その他の人間は全て自分よりも価値が低い人間だと見下す。町長の一人息子らしく派手に遊んでいたようですね。人間の存在には価値や優劣が存在するということが、彼が最初に見出した真理だそうです。それが二十歳頃になって、町中の人々が『教団』に入り始めるようになり、無欲を基礎としたその思想に同調するようになりました。彼は他人に興味がなかったので、何も知らない内に周囲の世界観が変わっていたと感じたようです。彼の父親もいつの間にか『教団』に入り、無欲で平等なAIの考え方を彼は知りました。彼は世界で唯一、父親だけを尊敬していましたから、父親の後を追って『教団』に入り、熱心な信者であった父親を真似て、彼も『教団』の思想を崇拝していました。しかし、エデンで暮らしたことで真の平等という考え方を知ったと言います。そもそも、父親を尊敬しているというのがおかしなことだ、人には上も下もないのだから、自らも含め人間みんなを愛すべきで、誰かを特別に尊敬したりすることもないのだ、そんな風に悟ったと仰っています」

 二人の記憶にラファエルという男性の姿が思い浮かぶ。彼はまだ若く、年相応に背が高く髪が長い。サイドに分けられたその髪と、彫が深い顔立ち。両手を組んで神に祈るような姿勢が似合う、彼は最も天使らしい姿をしていた。特に重たい過去を持つ訳ではないが、エデンという町で暮らしてしまった以上、その価値観を覆すのが最も不可能に近そうなのは彼だ。

「七人の天使の中でも、それぞれに違った過去を持っているのだわ。その分、『教団』に入った理由も計画に参加した理由も、みんな同じではない。当たり前のことだけど、そのことを意識するかしないかでは大きく変わる気がする。マスター、最後の一人の話を聞かせてください。みんなの生い立ちを知った上で私たちが判断を下すことには、確かに特別な意味が生まれてきます」

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