28話 Once Upon a Time
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事の始まりは、核大戦による終焉を迎えるよりも三十年ほど前。
四つの大国から秘密裏に集まった裏の世界の権力者たちは、超高性能AI・
その目的は、一言で言ってしまえば世界の掌握だ。マスター・ブレインは世界中のあらゆるデータを基盤に、完璧に近い未来予測を実現させる。『教団』はその力を使い、いや、その力に従い、四大国の世界における優位性を保ち続けるのだ。AIは人間のように欲に囚われた愚かな判断をしない。『教団』の人々はAIの未来予測を受け、AIの指示通りに動くことによって迫り来る問題に対処する。『教団』は無欲なる世界調和を大義名分とし、世界の裏側での存在感はみるみる内に大きなものとなり、すぐに世の中を動かすのに充分な力を持つようになった。
やがて『教団』は、その構成員を権力者たちのみに留めなくなった。四大国の国民たちで下部組織が結成され、人々はマスター・ブレインによる使命を待っては、AIの言葉に忠実に従う駒となった。まさに
そして数年後のある日。マスター・ブレインは普段と同じように未来予測を行い、文字通り機械的に淡々と終焉の到来を告げたの。もちろん『教団』の人々は驚いた。その偉大なる教祖を、初めて疑う者も現れた。当時はまだ核大戦という呼び名は存在しなかったが、AIは核による大戦争が人類を滅ぼすということを明言したのである。
未来予測はかつてない程に具体的だった。その日からきっかり三年後に最初の核が使用され、大戦は二年間に亘って継続され、あとは人手と物資の不足により戦争も出来なくなるという。人類という種は根絶されないにせよ、現人類の文明は確実に終わりを遂げる。それは既に決定された物事の流れであり、回避することは誰にもできない。
大戦の原因は、四大国にしか利益をもたらさない『教団』によるマスター・ブレインの独占状態にあった。進歩がめざましい四大国と発展途上国との格差は、『教団』が結成される以前と比べて巨大な溝のように広がる一方だった。最初の核を発射した国がマスター・ブレインの名前を出す訳ではないが、広がっていく格差の元を
無欲なる叡智を独占した——すなわち、独占欲を働かせたことによる破滅。
そして、マスター・ブレインは終焉の到来を告げると同時に、その問題に講じ得る唯一の手段を提案した。曰く、大戦の回避は不可能なことであるから、新しく始まる文明の為に希望の種を撒け、と。
その提案は大きく分けて二つ。一つは、人工冬眠技術による人類の保存だった。
AIによると、大戦の影響で地表の多くは被爆汚染地域となり、地下シェルターに逃げ込んだとしても、その出入り口の位置する場所が安全である可能性は限りなく低いとのことだった。そして汚染された地域が自然浄化されるには、少なくとも二百年という歳月が必要になる。地下シェルターで二年間の戦争を耐えたとしても、そこから安全に出ていける可能性は少なく、二百年の浄化期間を待つのに地下シェルターは適切でない。そこで、人工冬眠によって二百年の歳月を耐え忍ぶのだ。提案当時の『教団』の持つ技術力なら人工冬眠は決して絵空事などではなかった。
そしてもう一つの提案は、人工冬眠中の人間に人工の夢を見せるというものだった。
たとえ無事に二百年をやり過ごして、地上に戻った人類が新しい文明を作り始めたとしても、何もしなければ同じような破滅の最後を迎えかねない。AIは、争いも欲もない
『教団』はこの二つの提案を受け入れ、実行した。核大戦が始まるまでの三年間で、人工冬眠カプセルとそれを収容する地下シェルターを用意し、マスター・ブレインを地下へと移動させた。AIが管理しながら二百年も人工冬眠させるには、最大でも七人までという計算がなされた。その中に入る人間は、年齢や性別などを考慮し、核大戦が始まるまでに『教団』内からAIが選別し決めるという。この計画は新文明への希望の種を撒くという目的と、人工冬眠カプセルの形状から『希望の箱計画』と名付けられた。
「そして和葉さんは計画に選ばれ、人工冬眠カプセルの中で眠っていました。まず思い出してほしいのは、あなたが経験した十九年間分の出来事は、その全てが夢だったということ。あなたはマスター・ブレインの創り出した夢の世界を体験していたのであって、そのほとんどのものが現実には存在しません。カザーニィという国や、そこに住む人々なども夢の世界だけのものですね。そして次に思い出してほしいのは、その夢を現実にするという使命があること。これから『教団』はあなた達を、神から指名を受けた者として、天使の名になぞらえて呼びます。あなたはウリエルです」
長い説明の一区切りとして女性は、和葉——これまではカズハまたは〝戦乙女〟、そしてこれからはウリエルと呼ばれる——へ、そのように告げた。
「あなたが経験した十九年間分の出来事は、その全てが夢だったということ」
抑揚のない声、説明の一環としての女性の言葉が、二百年を眠った少女に重くのしかかった。
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