18話 エデン①
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長い旅を続けた先で、カズハたちはエデンの町へと足を踏み入れた。
武器を捨てて門を抜けると、カザーニィとほぼ変わらないくらいの大きさの町に、石造りの建物がちらほらと並んでいた。町の気候は寒くもなく暑すぎることもなく、時折り爽やかな風が吹いては、街ゆく人の髪を揺らしている。人々はみんな同じ白いレースの着物を身に付け、子どもから老人までが同じ格好で出歩き、誰もが同様に穏やかに微笑んでいる。小さな子どもくらいが無邪気に声を上げて駆け回っていたが、大人たちを見ていると彼らも遠くない将来は同じように微笑みだすのかもしれない。頭上には視界を遮る影が存在しない為に青空が広々と見えた。崖を登る前には夜になりかけていたのに、時間を尋ねると昼の十二時だと言う。「何だか、夢みたいな場所だ」とエドワードは小さく呟いた。
一行は町長の元へと案内されることになった。門番の男が言うには、外からの旅人が訪れたのは生まれて初めてらしい。門と門番の存在は何の為に必要なのかわからなかったが、こういう時の為なのかと今日を持って理解したと言う。
「武器は持ち込ませてはならないと言われていましたが、武器とはどういうものなのか知らなかったのです。そこで書物を読んでいろいろと学びましたら、あなた達が似たような物をお持ちだったのですぐにわかりましたよ。あんな危ない物を本当に所持しておられるとは。私たちとは住む世界が違うようですね。まあ、それも今日を境に変わるかもしれません。争いなんてなくても人は生きていけるのですよ」
男の語気はのんびりとしていた。彼に限ったことではないが、この町の人々はみんな隙だらけで
やがて一行は赤い煉瓦が目立つ喫茶店の前で歩みを止めた。門番の男によるとここに町長が住んでいるらしい。カズハはてっきり町で一番大きな建物を想像していたので、街の一部に紛れたような喫茶店には少々面食らった。町や村や国と呼び名が変わろうとも、この時代のコミュニティは大小にさほどの差がなく、それはコミュニティの長にも共通して言えるはずだった。この町は他と比べると何もかもが異質である。しかしその分、争いのない平和の町というのが真実味を増してくるようでもある。
「いらっしゃい」
門番の男を先頭に店の扉をくぐると、白髪に丸眼鏡の老人が声を掛けた。読んでいた本を置き、客を迎え入れる為にカウンターから出てきてくれる。他には人の姿がなく、この男性が喫茶店の店員兼マスターであるらしく、そしてエデンの町長だった。
「おや、珍しい人たちが来ましたね。エースさん、お客さんですか」
門番の男はエースという名前を呼ばれ、肯定の意味の返事をした。町長は嬉しそうに二回ほど頷くと、カズハたちの疲れを慮って店の椅子をすすめてくれた。いくら足がくたくたであろうとも、カズハは先に自己紹介と旅の目的などを述べ、町長が一通りの事情を理解してくれたところでようやく腰を下ろした。カズハ、ダンゴ、エドワードがカウンターの席に座り、残りは皆テーブル席に着いた。町長はカウンターの中の自分の椅子に戻った。
「私の名前はオオサワです。この町に一番長く住んでいるので町長をやっています。みんなからはこの店の店長としてマスターと呼ばれていますが、どう呼んでもらっても構いません。それより、あなた方のカザーニィで亡くなったというその男性、二週間ほど前にいなくなったタクマというこの町の人間に違いありません。後で弔いの儀が執り行われるでしょうから、よければ参加してあげてください」
すると町長は忘れてたと言うようにコーヒーの準備を始めた。一人で十六人分ものコーヒーを用意するのは骨が折れるだろうと何人かが手伝おうとしたが、店の裏の方に店員が隠れていたらしく、まだ幼い男の子が出てきて準備に加わった。門番のエースもその場に残ってコーヒーを運んでくれた。男の子の名前はネズと言い、名前の通りねずみ色の髪の毛が特徴的だった。一同に歓迎の一杯が用意され、カズハは代表してお礼を述べた。
「ありがとうございます、マスター」
「いえいえ、当然のもてなしです。それでは私は町の皆さんにあなた達のことを伝えにいきましょう。タクマさんの弔いが終われば、そのまま町人総出で歓迎の会を始めます。私たちの町は外と比べると厳かで質素ですが、相応の心を持ってお迎えさせていただくつもりですので、どうか楽しみにしていてください。つもるお話はその後にいたしましょう。では」
そう言うと町長は後片付けなどをネズに託し、町の人々へ話をしに店を出ていった。門番のエースも後に続いて外へ行き、残ったネズは店の裏側へと下がっていった。どこの誰とも知らない旅人たちに対しては不用心だし、少しばかり素っ気ないような印象もある。カザーニィ随一の大酒飲み・ヒロキは、エイ国の時の宴のような歓迎を受けられると思っていたのか、物足りないような様子でコーヒーを一気に
「何だか、平和の町と言うだけあって、平和すぎて静かな感じっすな。歓迎の会も厳かで質素だと言ってやしたが、酒の一口くらいは飲ませてもらいたいもんだ」
「まあ、落ち着いていていいじゃない。私は好きよ、こういうの。それよりみんなは疲れてる?気のせいかもしれないけど、あれだけ山を駆け巡った割には全然きつくないの」
カズハは仲間たちに聞くと、言われてみればと誰もが己の身体の様子に気付いたようである。広大で難解な山をこれだけ登った割には、洞窟内で最後に走った時くらいの疲労しか感じられなかった。この土地、ないしは崖に近付いた時から常識外の出来事ばかりである。もしかして気付かぬ内に天国まで来てしまったのではないかと言ってダンゴはみんなを笑わせた。
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