14話 喧騒
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滝つぼでの休憩を終えて、一行は再び山登りを開始した。エイ国から登山口までの移動時間も含め、既に太陽は正午を告げていた。季節のおかげで日照時間は長い方だが、このままのペースでエデン探しに手間取ると、今夜は山の中で野宿することを余儀なくされる。それは少なからずともリスクを背負う選択だが、エデンの存在が不確実である以上は隊員たちも覚悟していたことである。
カズハとエドワードを先頭に、ここまでは迷うこともなくネトエル山を進み続けていた。副隊長としてダンゴが最後尾に付き、通過した木の幹に一定間隔で印を付けていく。迷った時と帰り道に役立つのだ。
「止まれ」
野生の獣のように感覚が研ぎ澄まされている最中のサンダユウが、押し殺しながらも皆に聴こえる声でそう言った。誰もが素直に動きを止め、自然と姿勢を低くして警戒する。サンダユウが音を立てないように指差した先には、一番背の高いユスケの三倍は上背があり、最もがたいの良いダンゴよりも二回りは巨大な大熊がいた。これがネトエル山の魔物と呼ばれていてもおかしくない。誰しもに緊張が走る。
大熊は一行より数百メートルは先にいた。しかし、あの巨体が追いかけてきたら逃げ切ることは不可能だろう。ここは意を決して闘うしか道はないのか。トシは念の為にゆっくりと弓を手に取り、それぞれが自らの武器に手を掛けた。するとカズハは動きで一同を制した。彼女はすぐに動けるような構えを取っているが、まだ武器には手を置いていない。
「相手を刺激するような動きは見せないで。襲ってくるまでは絶対に手を出しちゃ駄目。熊から遠い者からゆっくり後ろへ下がっていくのよ。背中は向けないでね」
エドワードも自分が兵士たちに声を掛けるなら同じことを言っただろうと思い、背後の仲間たちに頷いてみせた。頼れる指揮官が二人もこの場にいることは全ての仲間たちの心の支えとなる。
ダンゴやユウタたちがなるべく静かに動き始め、一人また一人と大熊の進行方向とは逆側に動き出した。未知の森の恐怖とはかくも恐ろしい。対話が通じない相手との戦い方には慣れていない者ばかりだ。それでも冷静に最善の対処を目指すことによって、ようやく先頭のカズハとエドワードも動き出せるようになった。
大熊は一連の動きを微動だにせず見つめていたが、やがて何かを察したかのように背を向けると歩み去って行った。人々は声を出さずに安堵の溜息をつく。特にゲンタの汗のかきようは尋常じゃなかった。それぞれがお互いを茶化すように笑みを交わし合ったが、すぐには声を上げて無事を確認するなど出来なかった。
なんとか窮地を脱し、一行は再び歩き出そうとしたが問題が発生した。今の熊騒ぎで方角を見失ったのである。ダンゴが付けていた印も近くには見当たらない。どうにか太陽を手掛かりに方角を探ろうとしたが、木々が生い茂っていてわかりづらい。身軽なゲンタが木に登って太陽を確認すると提言したが、誰よりも幼いユウタが口を開いた。
「僕、移動した方向と歩数を覚えています」
そう言うとすぐに彼は歩き出した。記憶が怪しくなってくる前に行動すべきと踏んだのだろう。突然の緊迫状態と景色の判別の付かないような山中にも関わらず、ユウタは先の状況を読んだ行動を取ったというのだ。彼はまだ隊員としての戦闘能力は未熟ながらも、十四歳とは思えないような賢さと勇気でこの旅に加えられたのである。
ユウタが歩数を数え、ここだと言った所はぴったり移動する前の地点だった。ダンゴが木に付けた印の後を確認し、進むべき方向が判明したところで歓声が上がった。みんな口々にユウタを褒め讃え、大熊の存在を思い出し慌てて口をつぐんだ。ユウタは無言のまま背中を何度も叩かれ、少年らしく照れ臭そうだった。
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